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クロック、シオンに胸の内を明かす

「それで、何であんなことをしたの?」

 

 クロックは治療を終え宿の部屋にシオンに言われた通りまっすぐ帰っていた。


 宿屋の女将さんは男の救援依頼を受けとってすぐに大量の布きれと清潔な水の用意をしていた。そのため魔法を使わなくても大丈夫な軽度の傷の者への対処は早かった。というより軽度の者というのがクロックたち意外に居なかった。

 

 アリスはクロックを見張っていた神官と一緒に回復魔法を使って隊員たちを治療しに廻っている。


「なんでって言われても……。体が勝手に――」


「嘘を聞く気は無いわ」


 クロックの言葉を遮るようにシオンは言葉をかぶせる。


「あなたが走り出して助けるより、スリングショットを拾って撃ったほうが速いわ」


 あとから冷静になって考えれば、シオンの言うとおりであり、今までならその場で判断できていた。あの新人の子の周りには一体だけでクロックなら、一撃で仕留められるだろうし、仕留めそこなっても二撃目を放つ時間稼ぎにはなった。射線もきれいに開いていたのでそれも言い訳にはならない。


「そんなの後からなら何とでも言えるでしょ」


「いえ、あの時のあなたならこんな判断はしなかったはずよ」


 あの時とは、あの以来の時の事だろう。確かにあの時の自分ならこんな判断はしない。そもそも……。


「そもそも、何で助けに行ったの? 今日初めて会った、それもそんなに関わりのなかった人を」


「だから、体が勝手に……」


「わたくしの眼を見て答えなさい」


 シオンはクロックのこめかみあたりを両手で両方から掴み、そっぽを向いていたクロックを自身の方へと向ける。そして顔を近づけ本当の事を言えと迫る。


―眼を見て―


 なぜかこんなときにクロックは、姉の顔が頭に浮かんだ気がした。しかしクロックはそれを気のせいだと思った。


「……僕にも分からないよ」


 苦しまぎれにこんなことを言っているが、クロック自身分かっていた。殿を務めた時と違い今回は自身の身を無意味に危険にさらした。それでもしょうがないじゃないかとクロックは心の中で思った。


「……何も泣かなくてもいいわよ」


 そう言われてクロックはシオンに頭を抱きしめられた。その時に自信が泣いていたことに初めて気づいた。


「ごめん」


 クロックはシオンの胸に顔をうずめたまま謝る。


「落ち着いたようね」


 シオンはクロックの頭を二度ポンポンとして抱きしめるのを止める。


「私の昔話を聞いてくれるかしら」


 シオンは黒くの机の真向かいの椅子に腰を掛け水差しの水をコップに入れクロックに差し出す。


「うん」


「先に謝らせてもらうわ。ごめんなさい。あなたの姉の事は知っていたわ」


「別にいいよ」


 クロックも薄々気づいていたことなので気にしない。


「ありがとう。それで話を戻すけれど私にも兄と慕っていた人がいたの」


「ごめん。その話、僕も知ってる」


 クロックは気まずそうに謝る。


「あら、そう。ならこれでおあいこね」


 シオンはすまし顔でそう言う。ただ内心どのように思っているかクロックには分からなかった。


「その人も冒険者をしていてね。たまたま私が外を散歩していて輩に絡まれていた時に、近所の人の所に依頼を受けに来ていたその人が助けてくれたの」


「それで、冒険者を目指したの?」


「いいえ、その時はまだよ。七歳の時だったから絵本で呼んだお姫様とハインリヒ様を自分と彼に重ねていたわ。その時はそれっきりで終わったけれどね」


 シオンはコップを口に持って行く。


「そうなんだ」


 クロックもそれを見て水を飲む。


「それで十一歳の時まで週に一度家庭教師として家に招いてもらったの。庶民の生活や情勢を知るのも勉強になるって理由でね」


「十一歳まで?」


 なぜそんな中途半端な時期までなのだろうとクロックは思った。


「コカトリスって知ってる?」


「視線とかくちばしに石化の呪いがある鶏を大きくしたみたいなやつ?」


 コカトリスの視線とくちばしには石化の能力が備わっている。


 この二つは最終的な効果は一緒でも進行速度などが変わってくる。視線なら体の表面が即、石化するが治す魔法が確立されているので一時間以内なら生存率が90%ある。それにその魔法自体も街の魔術師で中級クラスの人なら知っていて失敗無く使えるといった具合に普及している。それに比べてくちばしのほうは石化の進行が遅いが、視線と違い解除魔法が確立されていないため一年後の生存率が5%と言った具合だ。


「彼、そいつのくちばしで傷を負ってしまったの。幸い、かすり傷のうえに、そいつがまだ幼体だったから、石化のスピードはかなり遅いレベルだったの。高位の治療師ならお金を払えば進行は止められるし、賢者クラスなら直せられるレベルだったわ」


 シオンはコップに水を注ぎ足し、また口に持って行く。


「それで、エバンス先生のところで診てもらってたんだ」


 エバンスはクロックの見立てではかなりの医師だった。それにオネエの冒険者が言うには、昔は貴族相手に商売をしていたらしいので納得した。


「ええ、体で払ってね」


 シオンは無表情のままそう言う。


「それは噂話じゃ?」


「その噂話は本当よ。お金がなかったからあの人は体で払っていたわ」


「そう……なんだ」


 この状況でシオンが嘘をつくとは思えない。クロックは少しショックだった。


「別にそれだけであの医師を憎んだりしないわ。彼だって慈善事業で医師をしていたわけではないでしょうし。商人の娘だからわかりますわ。タダで何かしてもらおうなんて虫が良すぎるって」

 その言葉を聞いてクロックは胸が半分くらい軽くなった。いや、軽くなどなっていない。今まで天秤の両側にいらない分銅が半々で乗っていたのが、片側に全部乗っただけのようだ。

 

 彼女はそれだけでと言った。と言うことは今もエバンスの事を憎んでいるのだ。それがクロックにとってショックだった。


「私がお父様に頼んで、もっと高位の医者を紹介するって言っても彼聞いてくれなくて……。自分でやらなくちゃ意味がないって断られたわ」


 緊張しているのか、シオンは二杯目のコップをもう空にしてしまった。


「そこからかしらね。私が自分の力でって言葉に敏感になってしまったのわ」


 クロックはそれを見てシオンのコップに水を注ぎたす。


「私があなたとパーティーを組みたいって思ったのはそういうことよ。周りの話からあなたが病気の姉のために冒険者になったって知っていたわ。それでわたしとあなたは境遇が似ていると思って興味がわいたの」


 シオンはそれを見てクロックのコップに水を注ぎたす。クロックはもうそろそろこちらに手番が回って来るのかと、緊張してきた。


「それと他にも謝っておくことがあるわ。彼が死んだ理由があなたが慕っていた医師のミスが原因なのは知っているわね」


「うん」


 クロックは小さな声で返事をしてシオンの眼をみないように顔を立てに振る。


「本気でかわざとかはこの際言わないでおくわ。その時、私は彼が所属していた冒険者ギルドに行って一人の冒険者に聞いたの“あの医師を殺すのにはいくら必要なの?”って」


 クロックは体が少しビクッとした。


「その時は、……その冒険者が良い人だったから親に告げ口されたわ」


「もしかして冒険者になったのって」


「いいえ違うわ。冒険者になったのは違う理由だわ。あの時、私自身が稼いだお金なら受け取ってもらえたの?って思うようになったからだわ」


「つらいことを話させてゴメン」


「いいえ、私もいつかは話さなくてわと思っていましたもの」


 クロックの顔を見てシオンは優しい顔つきでそう言った。


「死ぬなとは言いませんわ。でもこれだけは言わせてもらいますわ。死ぬのなら誰かに理由を求めるのではなく自分が納得できる死に方をしなさいって」


「ごめん」


「もし言いつけを破って私の前で死のうとしたら凍りつかせてでも邪魔しますわ」


 シオンは三杯目の水を飲み干す。クロックは注ごうとしたがシオンに手で制された。これはそういうことなのだろうとクロックは思った。


「僕の昔話も聞いてくれる?」


「ええ、良いわよ」


 クロックは自分の胸の内を話始めた。


 先月、持病の姉を亡くし自殺も考えたこと。けれどしようとすると姉の最期の時の事を思い出してあと一歩が踏み出せずにいたこと。自分で死ねないなら人のためと自分に言い聞かせて、先ほどみたいに、人のために死のうとして冒険者を続けようとしていたこと。


「ここ最近は毎晩寝るたびにこのまま朝が来なければと思っていたよ」


 それでも迎えたくない朝は来てしまう。顔を洗う際、鏡の前で自身の首にナイフを突きつけて死ぬ覚悟をしても、笑顔で「まだ死にたくないなぁ」と弱弱しい声で冗談ぽく言って死んだ姉の最期を思い出ししてしまう。それも最初の内でここ最近はそもそも自分が本当に死にたいのか分からなくなっていた。


 もしかしたら……。


「もし、僕が死んだらこのクイーンと一緒に燃やしてくれないか」


 このクイーンの駒はクロックが姉の為に作ったチェスの駒の一部だ。姉は頭がよく、孤児院にいた時も頭を使うボードゲームなどが好きだった。


 その中でもチェスが好きで、孤児院を出て二人で暮らすことになった時にクロックがプレゼントしたものだ。だが、それも今ではこのクイーンとベルトのバックルに付けたナイトの駒しかない。他は姉を火葬するときに一緒に燃やした。


「……死にたがって、わざと死ななかったらね」


 シオンはまだ言いたいことがあるのだろうが、今はここまでかしら、とおそらくわざと口に出してからそう言った。


「ありがとう」


 クロックはそれを聞こえなかったフリをして礼を言う。彼女の言うとおり今の自分はこれが限界のようだとクロックは感じていた。

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