再開準備 報告
「やあ」
ノックもせずマーリンが部屋に入ってきた。
「ノックぐらいはしてください」
クロックは慌てて顔を手で拭き、水差しの水をコップに入れて飲みながら言う。
「僕にも水ちょうだい。喉からからだよ」
「自分で勝手にどうぞ」
シオンもそっけない態度を取っている。
「ふたりともつれないなぁ」
そう言いながらマーリンは自分でコップに水を入れてそれを一気に飲み干した。
「僕たちの話聞いてました?」
クロックは内心わかっていたが、一応マーリンに聞く。
「ああ、その殺しの依頼の冒険者ってぼくのことだから。良い人と思ってくれてたなんてね。照れるなぁ」
「そういうとこですよ」
クロックは呆れながら、シオンは冷めた目で言う。
「話は変わるけどとりあえず死人は出てないよ」
そう言いながら二杯目の水を飲もうとする。
「それは良かったです」
クロックは安心した。
「でも、騎士団の面目丸潰れじゃないかしら?」
シオンは少し心配そうに言う。
「そりゃそうだね。一部の村人からは白い眼で見られていたよ」
マーリンは笑いながら話す。
「まぁ、あれはないよ。けど……」
クロックは何も笑いながら言うことは無いだろうと思った。
「隊長だけ処分されると思うよ。さすがに見栄えを気にしてあの恰好で森の中に部隊を突撃させたんだもの。あの気の弱そうな子たちはボクがかばうから。他の子は知らないけど」
「こうなること分かってましたか?」
「分かっていたよ。あの子らでさえ重装備の意味が解らないからボクに聞きに来ていたもの」
「なんて答えたんですか」
「とりあえず隊列は崩さずにガードし続けてスキを見て攻撃しろって。そしたら助けに向かいやすくなるからって言ったよ。それで彼らは言いつけを守ったからね。あとのフォローもちゃんとするよ」
「他の宿の子は?」
クロックは、助けに行ってからあの子に会っていない。今更ながら少し心配になっていた。
「新人の子だったからかなりこっちから歩み寄ってたと、ボクは思うんだけど、低ランクの冒険者宿の奴となれ合わないってハッキリ言われたからね。森の中での呼びかけの時にこっちを向いてくれていたら助けに行っていたよ。あっちの宿に借りが作れたし」
「いや、そうじゃなくて……」
クロックは不安が顔に出ているかもしれないと思いながら聞く。
「気を失っているけど、命に別状はないから安心しな」
その顔を不快に思ったのか、マーリンは不機嫌そうに言う。
「それにしても、けっこう打算的なんですね」
クロックはその顔を無視して、話を借りの話に戻す。
「あの子も隊長に気に入られようとしていたからお互い様じゃないかな?」
「それで、今回の依頼はこれで終わりで、あとは帰るだけですの?」
場の空気に耐えきれなくなったのかシオンが割って入ってきた。
「騎士隊に任せて失敗した時は僕が一人で行くことになっているからこれから行くつもりだけど……」
「私も連れて行ってくださらない?」「僕も」
「君たちならそう言うと思ったよ。あのアリスって子も君たちが良いって言うならって言っていたし……。あとは新人君たちも聞いてくるよ」
「あれ、そう言えばアリスは」
とりあえず山場は越えたみたいだから、もうそろそろ帰って来ても良いんじゃないかなとクロックは思った。
「血まみれの子もいたからね。水浴びでもして自分に着いた血を落しているんじゃない?それじゃ、十三時出発で、十八時までには帰ってこれるように頑張ろうか」
「かなり気楽に言いますね」
「シオンちゃんならボクの言いたいことわかるよね」
マーリンはシオンの方へウインクする。
「そうなの?」
「この人私たちの宿の稼ぎ頭よ」
「あれ稼ぎ頭って女性四人パーティーじゃ」
あまり人に興味がな方クロックでさえ4人全員の名前を言える。ただその中にマーリンなんて言う名前は無かった。それに容姿も全然違う。
「姿を変えているわ。どっちが本当の姿かは知らないけれど」
「ハハ、さーてね。ボクはそろそろお暇するよ」
マーリンはそのまま部屋を出て行った。
「中性的な顔立ちとは思ってたけど?」
クロックは男が使っていたコップを手に取り淵を見る。しかし口紅のようなものは何もついていなかった。
「これから冒険に出るというのに、化粧はしないと思いますわ」
シオンがジトーとした目でクロックの方を見ていた。
「それもそうだね」
クロックはその目を無視してコップを机に置く。マーリン相手でも一応そういうことは気にしろということかとクロックは面倒くさく思った。
「少し時間もありますし、怪我人の様子でも見に行きましょう」
「そうだね。それに、なんか外の方も騒がしいし」
怪我人の救助も終え一息ついたのか、外からにぎやかな声が聞こえてくる。
二人は朝と同じように廊下に出て階段を下りていく。
「あら、あんたたちマーリンさんについて行くんだって、今度こそ勉強さしてもらいなさいな」
ちょうど女将さんも救護を終え、今度は宿屋の仕事に取り掛かろうとしていたところのようだ。厨房のほうへ食材を運んでいく途中だった。
「手伝いますよ」
クロックとシオンは武器を近くの机の上に置いて手伝おうとした。
「ああ、もうこれ運んだらあとは調理の下ごしらえだから大丈夫だよ。晩御飯は期待しといておくれよ」
女将はそのまま厨房の奥に引っ込んでいく。
「期待ってなんだろう?」
「たぶんあれですわね」
シオンは何か心当たりがあるのか得意げな顔をする。
「あれって?」
「今、外で解体作業でもしているから騒がしいのだと思いますわ」
シオンは一足先に外へ出る。クロックは外したナイフ入れをベルトに付け直してからシオンの後を追いかける。
「これですわ」
クロックがシオンに追いつくと村の真ん中の広場では先ほどの猪を男たちが解体していた。
「え、食べるの」
クロックは思わず尻込みした。先ほどまで戦っていて騎士隊の人達など食べられそうになっていたのだ。それを食べようとは、クロックはあまり思わなかった。
「幸いにも、この猪達に食べられた人はいませんからね。それにこの子たちも魔素の影響で人を襲ってしまったのですから、殺したままで終わらせるのはあまりに忍びないじゃありませんこと?」
「それもそうだね」
「ですけど、もし人を食べていたらどうするつもりだったのでしょうね」
「肉骨粉にして肥料とか牛とか鳥の飼料にするんじゃないの?」
「その場合はさすがに神官さんに頼んで供養かなぁ」
近くにいた村人が話に入ってきた。
「やっぱりそうですよね」
「君たちも食べるんだろ。晩御飯までには無事に帰って来てくれよ」
「あの人が触れ回ってるんですか?」
マーリンは今出て行ったばかりだ。それなのになぜこの人は知っているのだろうとクロックは思った。宿の女将はまだわかる。宿を出る時に嫌でもあうようなところにいたのだろう。ただこの人は、服の様子から今まで解体作業をしていたはずだ。それなのになぜ知ってるのだろうか。
「ああ。一時間くらい前にそう言いまわってたよ。あの人根回しが上手なんだね。村長とか女将さんには昨日のうちから騎士隊はあてにならないからって話があの人からあったみたいなんだ。だから救助もすぐに行えたんだと」
村人は感心したように言っていた。
「さっき見せてもらったんだけど。冒険者カードの依頼達成数がかなりの数だったんだ。そんな人が君たちのこと触れ回ってるからちょっと色目で見る人もいると思うぞ」
「色目って?」
「君たち隊長より猪倒したんだって?」
「たぶん」
クロックは全体を把握していたわけではないので確かなことは言えなかった。
「そこらへんを結構大きな声で言ってたからね」
「さすがに騎士隊に喧嘩売りすぎじゃ」
クロックは心配になってきた。
「よっぽど腹に据えかねてたんじゃない?君たちが来る前からあの人村にいたけど毎日のように隊長と言い争いの喧嘩……。いやマーリンさんが怒鳴って隊長が相手にしてなかったって印象だな」
「意外ですね。あまり怒鳴る印象はないんですが……」
「あれ、そうなの? 割と怒鳴る印象があったんだけど。酒場で殴り合いのけんかがあった時に、いの一番に飛んできて両方殴っておとなしくさせてたし。新人の子たちだから優しかったんじゃない? ああ今行く」
村人は他の村人に血抜きに行くぞと呼ばれたので、そのまま手でクロックたちに挨拶して駆けて行った。
「たぶん、使い分けてますわね」
「どういうこと?」
「村人たちにわざと聞こえるように怒鳴って、自分は騎士隊とは違うってことをアピールしたかったのでしょうね。不自然にならないように村人の前では熱血キャラを造っていたのでしょう」
「まぁ。それは置いといて……」
クロックはシオンと顔を合わせる。
「頑張ります」
二人は青年にそう返事をして、中央の様子を横目に仮テントが立てられた救護所の方へ向かった。




