第八話
足が、身体が自然と前に出た。加速する。それは十剣鬼も同じ。
『横薙ぎだ』
身体の左側から右へ向けて刀身を走らせる。
口元に余裕の笑みを浮かべた十剣鬼も合わせる形で刀を振るう。
振り抜いた刀が両者の間で激突すると思わせた瞬間、私は大きく踏み込んで膝を曲げた。
上半身が沈み込む。
「ふっ!」
上靴の底を廊下の床で滑らせながら短い呼気とともに手首を返す。
私の頭スレスレを十剣鬼の刀が走り抜けていく。
「かわした!」
後ろで誰かが叫んだ。
『「お前みたいな馬鹿力と刀をぶつけ合うわけないだろ」』
え、これハクが喋ってる? それとも私?
滑り込んだ勢いそのままに身体ごと十剣鬼にぶつかった。
さっきまでの余裕の笑みは驚きの表情へと変わる。
完全にタイミングを外され、体勢が崩れたところへの体当たり。
いくら巨体でもバランスを保ってはいられない。
それでも吹っ飛ばすには至らない。後ろへ一歩、二歩、たたらを踏むだけ。
でも私とハクには十分な隙だった。
『「無眼縦横無尽流……」』
またも無意識に私の口が動く。
これ、絶対ハクが私の身体を動かしてる。
でないと、刀なんか持ったことすらないのに、こんな風に戦えるはずがない。
ただ、無理やり動かされている反動なのか何なのか。
闘いが始まってからまだほんの少ししか経っていないのに、もう疲労感がヤバい。
『いくぞ、美夜日』
それでもなんとか手首を返し、刀を斬り上げる。
『「爆雷……!」』
あ、なんかもうダメ。スイーツとか食べたい。超食べたい。
「あー、超パフェ食べたい」
私の腕から力が抜けた。それを見逃さず十剣鬼の刀が戻る。
『バカ、何やってんだ! クソ、そのまま振り抜け!』
ゴゥッ。
力と力がぶつかり合った。
一瞬全ての音が消える。
残ったのは腕に響く衝撃だけ。
目の前には呆然と私を見下ろしている十剣鬼。
「……馬鹿な」
ハクによって弾き飛ばされた相手の刀は廊下の彼方に回転して落ちた。
二つになって。
「それまで!」
廊下の脇に控えていたスズちゃんが剣闘の終わりを告げる。
「得物の折損を確認。勝者、朝岡美夜日! これにより、一年玻璃組に対する十剣鬼の刀剣検査は誤りとなった。剣裁、了!」
勝った。勝ったの?
『みてーだな』
拍手と喝采が廊下に巻き起こった。
「ミヤッピが勝ったよ! 十剣鬼を倒した!」
「すっごい、朝岡さん! 無眼縦横無尽流って言った?! 語感強くてマジ神! でも画数多過ぎ」
「動画アップ完了! タイトルは『【閲覧必至】一年玻璃組の外部生、入学二日目にして十剣鬼をワンパンしてみた』」
「爆雷超パフェ食べたいって、技名だよね。いいと思う! トレンド入り決定だって!」
騒ぐみんなを他所に名前も知らない十剣鬼の人ががっくりとその場に崩れ落ちた。
「まさか、この私が。……無念」
あ、なんかちょっと哀れ。
『ち、なんだ。爆雷超パフェ食べたいって。お前が最後の最後に力抜くから。名前もクソダサだし、目の前のコイツも斬り損ねるしよ。今ならまだ間に合う、トドメ刺そうぜ』
なんでそう血を見たがるのあんたは。
『刀なんだから仕方ねーだろ』
「『鬼滅』も『るろ剣』も『BLEACH』もお呼びじゃないの! 私は『Seventeen』がいいの!」
「どうした、美夜日。何喚いてんだよ」
近付いてきたスズちゃんが尋ねる。
「いや、その」
「ブリーチって髪染めたいの? 今度いい美容室教えてあげようか」
「そーじゃないのよスズちゃんっ。あー、もうっ」
頭をかきむしりたい衝動に襲われる。それでひとつ気になったことを思い出す。
「あ、そうだ。スズちゃんにちょっと聞きたいんだけど」
「なに?」
「さっき、この人の刀剣検査は誤りとなったって言ってたよね」
「ああ、言った。あんたが不服を唱えたからな」
「えぇっと、私が勝ったってことは、つまりはどういうことになるの?」
「まぁ色々とややこしい部分もあるけど、一番分かりやすいのはあれじゃね」
スズちゃんは親指で私の背後を指し示した。
「ん?」
騒いでいた玻璃組の人垣が左右に割れ、その間をタッタッタとこっちへ駆け寄ってくる人影があった。
「ありがとう、美夜日ちゃーん!」
「ぎえぇええ!」
衝撃に思わず私は叫び声を上げていた。しかし人影はそんなのお構いなしに直前でジャンプすると、思い切り私の首に飛びついた。
それは血だらけで復活したエリちゃんだった。グリグリと血に汚れた顔で私に頬ずりしてくる。
「あ、はは、ははは。よかったねぇ。エリちゃん」
もはや上擦った声しか出ない。やがて全身からふっと力が抜けた。
目覚めてからの幾度とないストレスや剣闘による疲労、最後の最後でエリちゃんのリスポーンが加わり私はその場にぶっ倒れた。
もう、限界……。
「おーい、美夜日ー。大丈夫かー。裾思いっきりはだけてんぞー」
「ちょっとミヤッピ、こんなとこで寝たら風邪ひくよー」
大して心配している風もないスズちゃんとゆっこの声を遠くに聞きながら、私はしばらく天井を見続けたのだった。




