第七話
「おい、美夜日」
「どしたの、ミヤッピ」
気付けばエリちゃんの死体を床に下ろし、私は立ち上がっていた。机に置いていたハクを掴む。
『ククク、ついにやる気になったな。力を貸すぜ。俺様の実力、とくと拝ませてやる』
その言葉に何かが私の中で爆発した。
机を元通りにしているクラスメイトの間を駆け抜け、教室を飛び出す。
「美夜日!」
「どこ行くの、ミヤッピ!」
廊下を走り、肩で風を切って歩く大きな背中に追いつく。
心が思うままに私は叫んだ。
「待ちなさいよ、デカブツ!」
十剣鬼の歩みがピタリと止まり、ゆっくりと私の方へと振り返った。
「私に言ったのか」
「他に誰がいんのよオタンコナス! よくもエリちゃんをやってくれたわね!」
「剣裁に不服を唱えるか」
完全にこちらに向き直り、正面から対峙する。
うあ、威圧感が半端ない。
『呑まれんな。腹に力入れろ、踏ん張れ』
言われた通りお腹と足にグッと力を込めて声を張り上げた。
「不服も不服、大不服よっ。何が剣武会よ、十剣鬼よ。ここは『少年ジャンプ』の世界かってのよ。私が求めてんのは『Seventeen』なの。まさか同じ集英社だからいいだろとか思ってんじゃないでしょうね!」
その時バタバタと背後から足音が聞こえ、左右から私の肩が強引に引っ張られた。
見ると右にスズちゃん、左にゆっこ。その後ろには玻璃組のみんながゾロゾロと駆けつけていた。
「バカ、何やってんのっ」
「ごめんなさーい。ミヤッピには私たちが言って聞かせますぅ~」
グイグイと教室の方へ私を引っ張ろうとする二人。
私はそんな二人を無視して持っていたハクを一直線に十剣鬼へと向けた。
もう一度思うまま、心のままを口にする。
「剣闘よ!」
バカっというスズちゃんの小さな叫びが、続けて起こったクラスメイトたちの雄叫びによって掻き消された。
ウォォオオオ~!!
スマホのシャッター音が鳴り響き、フラッシュが点滅する。他クラスまでも廊下側の窓を開け、何事が起こったかと次々に首を突き出した。
「ヤバい。朝岡さんが十剣鬼に正面から噛みついた! #拡散希望!」
「エリの敵討ちに立ち上がる朝岡美夜日! スマホの動画フルHDで回せ!」
「誰かライブ配信!」
「朝岡、ちょい右! 画角悪い!」
なんなのこの盛り上がり、エリちゃんの時とはまるで違うじゃない。
そんな私にスズちゃんがポンと肩に手を置く。
「戸惑ってるな。エリの時は刀剣検査の流れからあいつが不意討ちで斬りかかったからな。本来剣闘は神聖なもの。体裁があるんだよ」
「体裁? これが?」
叫びを上げるクラスメイトたちを見回す。
「あー、これはうちらのクラス独特。便乗して盛り上がってるだけ。そうじゃなくて、美夜日」
スズちゃんの目が不意にきつくなる。
「一度剣闘を宣言した以上もう引き返せないからね」
「大丈夫。引き返す気ないから。私、朝起きてから大概この世界に腹立ってるの」
「よく分かんないけど、エリを見たよね。相手は十剣鬼、並の人間が勝てる相手じゃないよ」
「勝てる勝てないじゃない。やるかやらないかなんだ」
そう、ここで引き下がったら今後この世界で十剣鬼に怯えて下を向いて歩き、毎朝刃こぼれがないか、柄紐は緩んでいないかチェックしながら登校することになる。
もしそうなったら元の世界に戻れたとしても、もう二度と私は自分が思い描く理想のキラキラJKとして生活出来ない気がした。
でも十剣鬼に挑めるのは、はっきり言って死への恐怖を感じていないからだ。
でなきゃ、こんな真似は絶対にムリだっただろう。
「分かった、覚悟が決まってるなら仕方ない。私が体裁を整えてあげるよ。さっきも言ったように本来剣闘は神聖なもので、ちゃんとした形式があるんだ。私が今から二人の剣闘の立会人を務める」
「立会人?」
『いいから、ここは鈴蘭に任せておけ』
「構いませんね」
スズちゃんが十剣鬼に許可を取る。
「よかろう」
それを合図に私と十剣鬼とスズちゃんの三人を残して、人垣がザザザザッと引いてスペースを作った。
スズちゃんが私たちの間に立ち、腰の刀を抜いて、天井へ向かって真っ直ぐに構える。
「これより、士峰館学園十七条の剣法第九条に基づき、剣闘を執り行う! 立会人は私、一年玻璃組・道山鈴蘭が務める!」
喝采が上がった。何に対する喝采か、私には分からない。
「うわっ、『#美夜日VS十剣鬼』、閲覧数スゴいよ」
「コメントも乱れ飛んでるよ~」
「『入学早々除籍決定!』、『この子外部生っしょ、判官贔屓でミヤビ推しww』だって」
「『十剣鬼に勝てるわけないじゃん』、『朝から二体も処理すんのマジダルいby処理班』、『みやっちビジュ強すぎwww』、みんな言いたい放題」
キャアキャアとあちこちで悲鳴に似た声が上がり、動画コメントが読み上げられる。
『こいつらにとっちゃ斬り合いも生死も形さえ整えば面白コンテンツに早変わりだ。それに乗っかった上であいつをぶっ潰す。こんな極上のエンターテイメントはねぇぞ』
やってやろうよ、ハク。
『言うじゃねえか。鞘を腰に差して柄に手を掛けろ』
言われた通り柄に手を置きグッと握りしめた。
スズちゃんの声が続く。
「剣闘は得物の折損、あるいは敗北の諾をもって決着し、これを剣裁とする!」
どゆことハク?
『つまり刀を折るか折られるか、敗北の諾は戦闘不能や死、降参ってところか。それらで白黒つける』
「両者異存はないな!」
スズちゃんの問いかけに十剣鬼が応じるように刀を抜いた。
「我が命は剣に」
その途端さっきまで騒いでいたギャラリーが一斉に静まる。
スズちゃんがこっちを見る。
「抜け美夜日。そして私に続いて言え。我が剣は理に」
ハクを抜き放ち、同じ言葉を口にする。
「我が剣は理に」
小さく頷いたスズちゃんは笑ったように見えた。
「――剣閃抜刀、不退転!」
スズちゃんの刀が空間を割るように振り下ろされた。




