第六話
「違う。お前じゃない。隣だ」
よく見ると鞘の先は私じゃなく隣の席を指し示していた。
そちらを見るとおかっぱ頭をした女子が俯いて小刻みに震えていた。確かこの子はエリちゃんっていったっけ。
机の上に置かれた刀に目を向けると私は思わず吹き出した。
エリちゃんの刀は全体がピンク色に塗装されていて、鍔は二本の羽を広げたようなデザイン、柄の先端には大きなお星様が付いている。まるで魔法少女とかが持っているステッキのようだった。
鞘やぬいぐるみだけならなんとかなったかも知れないが、これではどうにも誤魔化しようがない。
「刀を持って前に出ろと言ったぞ」
エリちゃんは魔改造された刀を掴むと震えながら前に出た。
「貴様この学園の剣徒でありがなら、その本分たる刀をなんと心得ている。そのおぞましい有様は何だ、剣法を知らんわけではあるまい!」
「……さぃ」
俯きながら小声でエリちゃんが何かを呟く。ごめんなさいと言ったのだろうか。
「なんだ。申し開きがあるのなら聞いてやる」
「……さい」
「聞こえん! はっきり言え」
「うるっさいって言ったのよ!」
エリちゃんが突然キレた。
大人しそうな見た目からは想像出来ないほどの怒声。思わず私はビクッてなった。
「私の刀をバカにすんなっ! 見た目が他とちょっと違うからってなによ。この学園の本分を忘れたわけじゃないわよ!」
いや、全然ちょっとじゃないと思うんだけど。
私は立ったまま席に座るのも忘れて心の中でツッコむ。
「これは『魔法剣士ラディカルエイミー』に出てくる聖剣バーティミアスを模した世界に一本しかない私の刀よ!」
どうやらエリちゃんはオタクだったようだ。
「あんたたち二年や三年の年寄りにはこの刀の良さはぜったいに分かんないんだから! カビの生えたおばあちゃんは引っ込んでなさいよ!」
私はなんだか知らないけれど心の中でエリちゃんの勢いに拍手していた。
カッコいい! なんかカッコいいよエリちゃん!
言う通りだよ、意味不明な校則なんて知るもんか。自分のスタイルを貫くのが本物のJKだよね!
オタクだって何だって、好きな物を好きって言っていいんだ。この世界の方が間違ってるんだ。
しかし十剣鬼は全く意に介した風もない。
「士峰館学園において是とは声の大きさでも道理の正しさでもない。勝った者が正義、強き者が絶対。
意見が対立した時、その是非は剣闘によって決められ、結果を剣裁とする。承知しているな」
「あ、当たり前よ」
え、エリちゃん今ちょっと怯んだ?
「異存なし、でよいな」
「……望むところよ」
二人の間で見えない火花が今まさにバチバチとぶつかり合っている。
「よし。ではこれより剣闘を執り行う!」
十剣鬼の号令とともにガタガタガタとクラス全員が一斉に机を下げて空間を作る。急な展開に私だけがその場に取り残された。
「え、え、え?」
「ミヤッピ、こっち!」
呼ばれて慌てて私は机ごとスズちゃんやゆっこの近くへ移動する。
「ねぇ、何けんとーって。なんかみんなで話し合うの?」
「検討してどうすんだよ。剣闘だ。剣もて闘う、いわゆる決闘と同義だよ」
「じゃあエリちゃんは自分の尊厳を掛けてあの巨女に立ち向かうってわけ? すっごい、主人公じゃん!」
「お前あーしの話聞いてたのかよ。あいつはこの学園で十本の指に入る達人だ。エリのやつ一瞬で三途の川送りにされるよ。負け即刻死、存在の否定だ。『くっそー、次は負けないんだからね』なんて場面は永遠にやってこないんだよ」
「う、嘘だよね」
死ぬわよ。
その言葉の意味がジワジワと重みを増してくる。
でも、そんなことって本当にあるんだろうか。ここへ来ても私はまだどこか信じ切れない。
「あ、バカ。エリの奴っ!」
一気に刀を抜いたエリちゃんが十剣鬼に躍りかかった。不意討ちだ!
「神聖な剣闘を侮辱するか。痴れ者が」
十剣鬼の刀が走った。
ガキンッ!
バーティミアスが剛剣によって跳ね上げられた。
後から打ち込んだにも関わらず、エリちゃんより圧倒的に速く、なにより強い。
『二撃目が来るぞ』
胴ががら空きだった。
「くっ!」
跳ね上げられた刀を再び振り下ろそうと、エリちゃんは手首を返そうとしたが、ポロリと手からバーティミアスが転がり落ちる。
十剣鬼の打ち込みの衝撃で手首をやられてしまっていたのだ。
危ない!」
そしてエリちゃんのがら空きの胴に向かって、十剣鬼の刀が真横に薙がれた。
「ぬぅんっ」
ザンッ!
とんでもない腕力によって、斬ると同時にエリちゃんは吹っ飛ばされ教室の床に激突、勢いで私の机の真ん前まで滑って来た。
床に一本の真っ赤な線が出来る。
「エリちゃん!」
私は席から立ち上がり、芋虫のように丸くなっているエリちゃんのすぐそばに膝を突く。
彼女の身体をゴロリと仰向けた。
斬られた腹部は真っ赤な鮮血に染まっている。
「……うぅ、くっ、朝岡さん」
「喋っちゃダメだよ、今救急車呼ぶからっ!」
叫ぶ私を遮るようにエリちゃんは血を吐きながら言葉を続ける。
「よく、聞いて、私の最期の言葉だから」
「最期なんて、そんな」
「ごめんね、来週のラディカルエイミー、いっしょに見れなくなっちゃ……がくっ」
「え、なに、そんな約束してないんだけど!? しかも最後自分でがくって言ってなかった?! ちょっと、エリちゃん? エリちゃーーーーん!!」
ピンポンパンポーン。
校内放送を告げる間抜けな音が鳴り、無機質な声がスピーカーから響く。
ーー片山恵里が死亡しました。これにより士峰館学園女子高等部から除籍の扱いとなります。処理班及び周囲の人間は速やかに後片付けを行い、授業の準備をして下さい。繰り返します……。
私はまだ温かい血を流し続けるエリちゃんの死体を見下ろす。ピクリとも動かない。
本当に死んでるの?
そう思うくらい現実味がない。
黒板の前に立つ十剣鬼は刀をひと振りして鞘に収めると、身を翻した。
「よもや他に改造刀剣を所持している者はおるまいな?」
全員が下を向く。
スズちゃんやゆっこの奥歯を噛みしめる音が聞こえる気がした。
デコ鞘やマジピでバカ騒ぎしていた雰囲気はもうどこにもない。
「結構。これにて剣裁と相成った。改造刀剣の所持は死罪。以上だ!」
十剣鬼が悠然と廊下へと出て行く。
みんながガタガタと机を元の位置に戻し始めたが、私だけはエリちゃんを抱いたまま動けずにいた。
「あーあ、エリ死んじゃったねー」
「荷物どうする?」
「誰かエリの鞘とか刀欲しい人いるー?」
少し雰囲気は暗いものの、それは目の前でクラスメイトが惨殺された女子高生たちの会話ではなかった。
いなくなってしまった仲間のひとりに寂しさは感じていても、人が殺されたことに対して恐怖や嫌悪はまるで感じていない。
士峰館学園の生徒――いや、剣徒たちにとってクラスメイトや在校生の死は日常なのだ。
狂ってる。
そう思った。
だけど、私自身も手元のエリちゃんの死体に対して、不思議とそういった感情が沸かないのだった。
恐怖も嫌悪も悲しみも。
「おい美夜日、立てる?」
横にやって来たスズちゃんが私の肩に手を置く。
「ズーラン、ミヤッピは外部生だよ。入学二日目でさすがに面食らったんじゃないかな」
「ああそっか。でもま、とにかくあとは処理班がやってくれるから」
「なんなの、放送でも言ってた処理班って?」
顔を上げてスズちゃんを振り返る。
「エリの死体をこのまま置いとくわけにもいかないだろ。だから剣武会所属の処理班がやってきてエリを……」
後の話は聞いていなかった。聞きたくなかった。
死体となったエリちゃんはあとは事務的に処理されるだけなのか。
それもまるでゴミのように。
エリちゃんを斬った十剣鬼。あれはきっと見せしめだ。
玻璃組のみんなの前で派手にぶった斬って脅しておけば、他の違反者たちは今後大人しくなる。
斬るのは誰でもよかったのだ。エリちゃんじゃなくても。例えば最初に立ち上がった私でも。
エリちゃんの死そのものには恐怖も嫌悪もない。
でもその代わりに身体の奥底からふつふつと湧き上がって来る怒りがあった。
エリちゃんを斬った十剣鬼に。わけの分かんない狂ったこの世界に。




