第五話
「ところで美夜日さ、さっきから気になってたんだけど」
手鏡で髪を直しながらスズちゃんがチラッとこっちを見る。
「その刀の差し方、妙にキマってるけどお母さんにやってもらったん?」
「えっ」
「いや、始めて腰にしたにしちゃあビシっとしてるっていうかさ」
「ああ、これ? これはさっき校門の所で出会った天空寺って先輩に……」
ガタガタ、ガタンッ!
私が最後まで言い終わるのを待たず、クラスのほぼ全員が机や椅子を蹴立てて私をザザザッと一斉に取り囲んだ。
「な、なになになになにっ! どうしたの!」
「天空寺って三年生の天空寺せつなさん?!」
一番前にいた女子が頭突きしそうな勢いで私に顔を近付ける。
「そう名乗ってたけど」
「ちょっとどういうこと。せつな姉上様お手ずから刀を差して頂いたってわけ?!」
「あ、姉上様~??」
「姉君様でも可! ちょっと写真撮らせて」
拒否する間もなく、右から左から正面から私の腰の刀に向かってスマホのシャッター音が鳴り響く。
「眩っ! フラッシュは禁止!」
「これがせつな姉上様のお手によるもの!」
「見て。帯から出てる柄とその角度、そして後ろの鞘との割合。完っ璧」
「すごい、黄金率だよ」
「なんで私じゃないの。意味分かんない!」
何人もの女子たちが私の刀に顔を間近に寄せ、あーだこーだとキャーキャー言い合う。
「ちょっとスズちゃん、こっちも意味分かんない。説明してよ」
「要するに学園のアイドルなんだよ、あの人は。美夜日はなんでかそんな人に目を掛けられたってこと」
ああ、なるほど。
「って、そんなんでこの状況に納得出来るか。行き過ぎだよ明らかに。みんな目がバキバキに血走ってるって。さっきまでマジピとかチャラいこと言ってたくせにさぁ」
『ま、あの女がただもんじゃねぇのは確かだな』
ハクまで。いったい何者なの、あの天空寺って人。
「ねぇ朝岡さん」
「美夜日ちゃん」
「美夜日様」
「ミヤッピ」
ゆっこまで。
「な、なに? みんな」
「ちょっとでいいから刀に触らせて」
「私のと取り替えて」
「売って」
「寄越せ」
四方八方から数十本のクラスメイトの手が、私の刀へと伸びてくる。
「ゾンビか、あんたら!」
『汚ぇ手で俺様に触れさせるなよ。よし、手前の奴の右腕一本ぶった斬れ。血ぃ見せりゃ少しは大人しくなんだろ』
あんたも物騒なこと言うな! そんなのダメに決まってんでしょっ。
逃げようとするが、すぐに取り囲まれてしまう。
ワラワラと蠢くクラスメイトたちの手の包囲網がどんどん狭くなってゆく。
「みんな、一旦落ち着こ。ね、ね?」
誰も聞いちゃいなかった。
「スズちゃーん、なんとかしてよー!」
私は包囲網に参加していなかったスズちゃんに助けを求めた。興味なさそうにネイルのヤスリがけをしている。
「ムリだ。諦めろ」
「冷たっ!」
一本の手がまさに私の刀に届こうとした時だった。
ブォオオオオっと、何かが鳴り響いた。
「ほら、チャイム鳴っ……、チャ、イム? ほ、ら? 法螺?」
今のって法螺貝の音じゃないの。
「刀剣検査である! 皆の者席に着き刀を机の上に出せ!」
続いてさらに大きな声が響き渡った。教室の中にいても誰ひとり聞き逃しようがないほど、よく通る声だった。
瞬時にゾンビ化の状態異常を解かれたクラスメイトたちが一斉に廊下の方を見た。
「やっば、抜き打ち刀剣検査だ!」
とーけん検査? 頭髪じゃなく?
「二日目だよ。ありえなくない?!」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ。早く鞘取り替えるんだよっ」
「ズーラン!」
「言いたいことは分かってる。とにかくゆっこも急げ。私もこんな時期に刀剣検査だなんて聞いたことないよ」
みんな信じられないほど素早くデコ鞘やデコ鍔を換装したり隠蔽したりしていく。まるでどうやってるのか分かんない。
「あーん、下緒につけてるスティッチが結び目きつくて取れないんだけど!」
「手ぇどけて! 私が斬ったげる!」
「斬っちゃダメだよ! 縁起悪いから!」
「ちょっとあんた、さすがに柄紐結び直してる時間ないよ!」
「そーだけどっ!」
ドタバタと叫びながら走り回るみんな。
「スズちゃん、いったいなんなの抜き打ち刀剣検査って」
「ああ、お前の考える通りだ。抜き打ちの部分は居合いや抜刀術に掛けて命名されてる」
厳しい目つきで廊下の方を睨むスズちゃん。なんだかまずいことが起きそうってのは分かる。
……でもね。
「そんなとこにはひとっつも引っかかってないよ私は!」
「時間がないから手短に言うよ。この学園の絶対権力組織のひとつ剣武会には十人の達人たちがいる。そいつらは十剣鬼って呼ばれ、学園内の風紀と秩序を定めてるんだ。三剣存立と、十七条の剣法のもとにね」
……うん、なるほど。
さっぱり分からん!
この世界でしか通用しない固有名詞詰め込み過ぎでしょっ!
『要するに強ぇ奴らが、学園のルールを生徒たちに守らせてるってこったろ。そんな奴らがいなけりゃここは今頃無法地帯だ』
ハク、あんた分かりやすいっ。
「今廊下で叫んでたのはその『十剣鬼』のひとりだ。十七条の剣法――いわゆる校則から逸脱したと判定されたら最悪」
「……どうなるの」
「死ぬね」
サーッと血の気が引いた。お母さんの言っていた話とここでようやく繋がった。
不帯刀や遅刻、校則違反は斬られても仕方ないってこと?
いや、でも本当にそんな話あんの?
冷静になって考えてみよう。いくらおかしな学校だからって、神聖な学び舎で刃傷沙汰だなんてあるわけないって。
『クク、面白え。ようやく俺様の出番のようだな。腕が鳴るぜ』
ちょっとハクは黙ってて、腕なんかないくせに。
『比喩表現てものを知らんのか。哀れな奴だ。まぁお前アホそうだしな』
ほっとけ。今はそれどころじゃないの。
慌てふためくクラスメイトたち。
廊下に響く足音はまっすぐこの教室に向かって来ている。それがとんでもない威圧感を発しているのが私にも分かった。
が、この世界一日目でまだ馴染めていない私は、みんなほど切迫感がないのもまた事実。現実味がなく、どこか絵空事のように感じる。
「特に一年玻璃組、このクラスが乱れきっているとの通告があった!」
「ちっ、もう来たよ」
「誰よ、密告した奴!」
「きっと他クラスの奴だよ。マジムカつく。てか、チンコロって言葉お下品」
「あんただって言ってんじゃない。今それどころじゃないでしょ!」
ねぇ、ハク。うちのクラスはり組っていうんだって。
『お前、考えてみようとか言ってたくせして、キャパ一杯でもうメンドくなってんだろ』
うるさいなぁ。
「おい美夜日、ぼーっとしてないでさっさと自分の席に戻れ。そんで刀を鞘ごと机の上に出せ。来るぞ」
「あ、うん」
ガラッ。
私が席に着いて刀を出すのと、教室の戸が引き開けられるのとはほぼ同時だった。
なんとそこには百八十センチはありそうな長身の女子がいた。
とんでもなく筋肉が発達しているのが離れていてもよく分かる。短く刈り込んだ髪に鋭い目つき。地獄に番人が本当にいるのなら、きっと彼女のことではないだろうか。
そんな見た目をしている。めちゃ恐そう。
その十剣鬼がザッと一年玻璃組の教室に踏み込んで来た。制服の上に着ている白い羽織りの裾が揺れる。
あれが剣武会の、または十剣鬼を示すシンボルなのだろうか。
黒板の前に立ち、私たちを鋭い眼光で見渡す。知らず知らずの内にピシッと背が伸びる。
「おい、そこの貴様!」
ひぃっ、と声が出そうになった。
持っていた刀でこっちを指し示した。刃は鞘に収められているはずなのに、それだけでも斬り裂かれるような迫力がある。
「刀を持って前に出ろ」
バクバクと心臓が脈打つ。
どうしよう、どうしたらいいんだろう。
『俺様に任せとけ。悪いようにはしねぇ』
ここはもうハクを信じるしかない。私は震えそうになる膝に力を入れて立ち上がった。




