第五十四話
開始と同時にハクは猛チャージをかける。それはらみるちゃんも一緒だった。
お互いに刀を身体に引きつけ溜めを作る。空を裂いて二本の刀が繰り出された。
タイミングは完璧だ。爆雷震はガード不可。このまま刀同士がまともにかち合えば、木南ちゃんの時のようにへし折れるか、《大谷》いくみんの時のように剣気の爆発をまともに喰らうかだ。
行け! 無眼縦横無尽流・爆雷震!
らみるちゃんの刀が直前で消えた。いや、身体ごと刀身がゆらりと揺らぐと、ぶつかり合うかと思われた打点が微妙にずれる。
これ、《小次郎》永久子の水鴎理巌流の動きだ!
こっちの刀身の腹をらみるちゃんの刀身が滑る。
「貰った」
らみるちゃんが確信を得たとでも言いたげに満面の笑みを作る。
しかし、ハクに身体のコントロールを預けている今の私は身体の制御を必要としていないため、思考のリソースを相手へフルに使えている。らみるちゃんの動きは見えていた。
ギンッ。
鍔元で二つの刀がぶつかり合う。そう簡単に入らせはしない。
「思った通りだね。爆雷震の剣気は切っ先から刀身中ほどに集中してる。鍔元ならこうして受け止められる」
「ちっ、やるじゃねぇか」
一旦爆雷震をキャンセル。らみるちゃんを身体ごと思い切り押し返して距離を取った。
「嬉しそうにしてるとこ悪いけど、『貰った』ってどこが。ただ上手く止めただけじゃない」
まさか《小次郎》永久子の技で爆雷震を止められるとは思ってもみなかった。しかし、その驚きを顔に出すわけにはいかない。
「訂正の必要は無いよ。貰ったのはハクロウの無眼縦横無尽流だから」
え?!
「どういうこと」
私のポーカーフェイスは早々に崩れ去った。
「《無形》弐の型の複写能力の話はしたよね。今のは参の型の吸収。見れば使えるっていう便利な技じゃないんだ、《無形》は。相手の剣気と剣技を私自身の刀で必ず一度受ける必要がある。そうして初めて弐の型の複写を使うことが出来る。さっきああ言って煽れば、初手爆雷震で来ると思ったよ」
にやりと嫌らしい笑みを浮かべる。
『ちぃ、やられた。こっちのスタミナ不足を逆手に取られた』
緊張と共に息が上がる。ダメだ。疲れを見せたら一気につけ込まれる。
「体力に不安がある美夜日ちゃんもハクロウも決着を急いでる。焦ってる。だから大技頼りになる。まぁ、この辺りが限界だよね」
私は首を振った。
「どうせまた油断させるためのハッタリなんでしょ。あんな一瞬で複写出来るわけないよ。もしそうなら、昨日の竹林で闘った時にも出来たはずだもんね」
こっちも精一杯のハッタリで余裕の笑顔を作り直す。
「だから《無形》は便利な万能技じゃないんだって。あの時は弐の型で《小次郎》の剣気と剣技を複写して闘っていた。その状態では参の型は流石に使えない。《小次郎》の襲撃だと思わせるって目的があったからね。でもまぁ、すぐに決着はつくよ」
構えを取るらみるちゃん。それはどこか憶えのある形。
まさか、本当にハクの無眼縦横無尽流を……?
『美夜日、恐らくハッタリじゃねぇぞ。剣気の出所を見極めて水鴎理巌流で爆雷震をいなしつつ弐の型を解除、続けて参の型で俺様の剣気と剣技を吸収。口で言うのは簡単だが、神業に近いぞ』
何弱気になってんのよ!
『俺様は事実を言ったまでだ。だが恐らく同じ事は二度は出来ねえだろう。開始前の誘導と合わせて張ったヤマが当たったみてぇなもんだ。ギリギリなのは向こうも同じだ』
要するに気合い入れろってことね。
『そういうこった』
ぎゅっと脇を締めてまっすぐに刀を構えた。スズちゃんとゆっこが掛けてくれた襷が、背筋を伸ばしてくれている気がした。
またも私たちは同時に出た。
斬り下ろし。あっちは斬り上げだ。
刀は空中でぶつかることなく素通りし、お互いへと迫る。
ここで身体を反転。躱すと、今度はこっちが斬り上げ。向こうは斬り下ろし。
二刀が空中でぶつかり合う。と、即座に大股で一歩間合いを詰める。縦に構え直した刀を身体全体で目の前に押し込む。
ギンッ。
全く同じ体勢、同じ動きでらみるちゃんも刀を押し込んで来た。
体格も似たようなもの。だけど恐らく鍛えていたらみるちゃんの方が筋力は上だ。全力で踏ん張っていないと吹き飛ばされそうだった。
「なるほど、無眼縦横無尽流とはよく言ったものだね。目に頼らず前後左右天地、攻防一体となって空間全方位に隙がない、いわば柔の剣。派手な爆雷震だけなら剛の剣に見えるけれどね。それすらも表裏陰陽ひとつなわけか」
ほんのわずか弐の型の複写で扱かっただけで、無眼縦横無尽流の特性を理解するなんて。
「さすがは士峰館学園教頭の娘ってとこか」
「褒めてくれてありがとうハクロウ。でも、手加減なんかしない。勝つのは私」
力を抜くと、一歩下がって間合いを作る。そのタイミングも同時。一撃、二撃。刀が宙で閃き弾き合う。
技のキレも冴えもほぼ互角。違うのはそれを扱う私のスタミナと筋力。
徐々に押し込まれる。息が大きく上がり始める。このままじゃまずい。なんとかしないと。
「待ってよ、らみるちゃん!」
「もう遅いよ。素直にハクロウを渡して姉上様って呼んでればよかったね」
「だから待ってって。全部教えるって言ってたじゃんか! まだ聞きたいことあるの!」
らみるちゃんの剣を受け止め私は叫ぶ。
「……なに、早くして」
あ、ちょっと圧が弱まった。斬り合いの最中なのに根は真面目だ。この隙に少しでも回復してやる。
「ハクはずっとらみるちゃんのとこ――つまり一ノ瀬家にあったんだよね。なのにこれまでハクを鍵として使ったり、無眼縦横無尽流を複写してみようとはしなかったの。それこそ世界の改変なんていつでも出来たんじゃないの。自分達の手元にあったんだから」
らみるちゃんは苦い表情を作った。
「その刀が世界の鍵であることと、ハクロウという剣豪が宿っていることは母さんから聞いてた。だけど、私は一度も声を聞いたこともなければ、無眼縦横無尽流を見たこともなかった。何度も何度も呼び掛けたよね、ハクロウ! なのにあなたは何も応えてくれなかった!」
私は手元のハクに目を向けた。
「……悪い、寝てたわ」
待ち合わせにやって来ない友達に連絡した時みたいな返答をするハク。らみるちゃんの眉が吊り上がる。
「だから元の持ち主である朝岡美菜萌に学園敷地内でハクロウを渡し、目覚めさせて鍵としての力を発動させる必要があった。娘の美夜日ちゃんがカトリアーデに入学するのが分かった時、私とお母さんは喜びに震えたよ。いつか再びこの世界に戻る日が来る、そう信じて鍛錬を続けていたからね。そうして場を整えた後、かつての人間が作った世界を、更なる強い力と想いで上書きする。そうすることで」
「自分の理想とする世界へと移行出来る。そういうこと?」
なら、お母さんを倒してこの世界に回帰させたらみるちゃんを、今度は私が倒せば……。
青春キラキラJKライフが手に入る!
「あはっ」
「なに笑ってんの。結局思い通りの世界を再構築し切れなかった私がそんなにおかしい?」
「違うよ。超やる気出て来た!」
腕に、掌に力を込める。
「ヘラヘラしてんじゃない!」
らみるちゃんが怒りを籠めて叫んだ。
縦に、横に、斜めに互いの無眼縦横無尽流が斬り結ぶ。
走り、斬り、払い、跳ねる。
二振りの刀が火花を散らし、金属音を校舎裏に響かせ合う。
額から汗が飛ぶ。四月だというのに辺りの気温は大分高くなっていた。斬り合う私たちなどお構いなしに春は麗らかな陽光を降り注ぐ。
何合目かの打ち込みの後、身体を入れ替えて、距離を取る。息が続かない。でも、それは慣れない剣技を扱っているらみるちゃんも同様だった。
ふぅと大きく私たちは息をつく。
そこで、私はふと思った。
「ねぇ、そういやさ、らみるちゃんの願いっていったい何なの」
「はぁ、だから言ってるでしょ。私はこの世界で一番を……」
「違うよ。士峰館学園の世界線に戻して一番になるっていうのは元々は教頭先生、らみるちゃんのお母さんの願いじゃん。娘に自分の夢を託すってスポーツの世界なら美談だけど、これはそんな話じゃないじゃん。小さい時からそう言い聞かせられて来たから、それが自分の願いだって勘違いしてない? 私が言ってるのはらみるちゃん本人の願いのことだよ」
「何を……。私は」
「あるんじゃないの、本当は。らみるちゃんが七番だったのって、そうことなんじゃないの。結局はお母さんの願いで、自分の本心からの願いじゃなかったから、一番になれなかったんじゃないの」
「黙れ! 知った風な口を利かないで!」
らみるちゃんが出た。刀を振り被る。
ハクは受け止めるために切っ先を上げ、刀身を前で構える。
ダメ、ハク! 爆雷震だ!
『なにっ』
爆雷心はガード不可。
ハクにも私にも《小次郎》永久子のような流水の動きは出来ない。つまり、回避一択。
大きく後ろに飛び退る。
らみるちゃんの刀がさっきまで私が立っていた場所に叩きつけられた。剣気が地面を抉り取り、爆散させる。衝撃波が校舎の窓ガラスにぶち当たり次々に破砕する。
私は吹き飛ばされ、地面を二回転がった。
「くそったれ!」
ハクが地面に刀を突き刺して勢いを殺す。ローファーの底がガリガリと地面を削ったが、木や校舎の壁に激突することなく、何とか止まる。
らみるちゃんは……。
怒りに任せて、至近距離で爆雷震の剣気を爆発させたらみるちゃんは、土まみれ砂まみれ、大小様々の石礫に打たれてボロボロだった。
「あっちゃあ。さっきの屋上での私見てるみたい。そんなとこまで真似しなくってもいいのに」
「おい、美夜日よ。そういや野良犬みてぇに薄汚れてるなと思っちゃいたが、お前も似たようなことやったんかよ」
「……うん、まぁ。屋上のコンクリートの床に爆雷震ぶちかました」
「お前もらみるもアホとしか言いようがねぇな」
砂塵舞う中をらみるちゃんが私にゆらりと向き直り構えを取る。ツーサイドアップだった髪はバサバサに乱れ、その奥から右目だけが私を睨む。口元がもごもごと動き、砂まみれの唾をべっと吐き出した。
「剣気の練り込みに合わせて、爆雷震の威力はもう少し上げられそうだね」
ゆらりと上半身を起こすらみるちゃん。
「はんっ。ボロボロのくせに余裕ぶってるとこ悪いけど、撃てるのはあと一回が限度じゃない?」
「一回あれば十分。それに《小次郎》戦で消耗している美夜日ちゃんも、使えるのはあと一回くらいのもんでしょ。今度はもっと上手くやってみせる」
どちらが先に爆雷震を決めるか。至近距離の勝負になる。
掌に汗が滲む。
ハク、私も全力でサポートするからね。
「……気に入らねぇ」
ハク?
「お前ら、この程度で俺様の無眼縦横無尽流を本気で分かった気でいやがるのか」
「もしかして自分の得意技をあっさり複写されたのがそんなに気に障ったの? 大丈夫、美夜日ちゃんが死んだら私がもっと上手く使ってあげるから」
らみるちゃんが爆雷震のための剣気を練る。
「さぁ、そろそろ終わりにしようよ」
らみるちゃんが私に向けて駆け出した。
「お前は練り上げ高めた剣気を直接刀身で叩きつける爆雷震を、剛の剣だと言ったな。表裏陰陽ひとつだと」
ハク、いったい何を。らみるちゃんが来るよ?!
「なら裏の、柔の爆雷震もあるとは考えねぇのか」
ハクの言葉に走り込んで来るらみるちゃんの瞳が驚愕に見開かれる。たぶん、私も同じ顔をしている。
柔の爆雷震?
「無眼縦横無尽流……」
地面に突き刺したままの刀の柄を右の逆手で持ち、柄頭に左手を添える。
『よく憶えとけ美夜日。地面へ剣気をぶつけるってのはな、こうやんだよ』
ふっと鋭く短い自分の呼気が響いた。
「迅雷轟」
距離のあるらみるちゃん目がけて、ハクが刀を一気に上へと振り抜く。
その瞬間、轟音と共に地面がバカッと割れた。まるで土の下を見えない大蛇が走るかのように、割れ目は砂埃と土塊を巻き上げ一直線に走る。
ハクの隠し技に完全に意表を突かれたらみるちゃんに剣気が迫る。
「舐めるな!」
咄嗟に躱せないと悟ったのか、らみるちゃんは右片手一本の構えに変えると、ありったけの剣気を乗せた爆雷震で地面を走る大蛇へ向けて突き刺した。
二人の剣気、迅雷轟と爆雷震がぶつかり合う。
ドンッ!
お腹に響く重低音に続いて光が弾けた。爆風が一瞬視界を奪い、袴スカートの裾を猛烈に煽る。
「やった!」
「まだだ、美夜日! 走るぞ!」
ハクは目の前にもうもうと立ちこめる砂煙を示す。
「え、ちょっと、走れったってさ」
さっきの迅雷轟だとかいうので、なけなしのスタミナは完全に持ってかれて空っぽだ。足が動くのを拒否している。
「俺様とお前の二人がかりでならなんとか動くだろ」
「んなこと言ったって」
膝ガクガクなんだけど。
「いいから走れ、スカタン!」
私の意志と無関係に右足が出た。慌ててそれを追いかけるように左足を出す。逆手に持っていた刀を両手に構え直す。
右、左、右、左。
身体ひとつの不格好な二人三脚。
私は目の前の砂煙に飛び込んだ。
『振り絞れ! 男が度胸なら女はド根性だ!』
え、ちょ……。
ハクが何を考えているのか手に取るように分かった。
無理だって。足動かすだけで精一杯なんだよ。ここからさらにもう一撃だなんて。
『爆……』
ねぇ、ちょっと聞いてんのホントに!
限界まで握り混んだ柄紐が手の中でギリギリと悲鳴を上げる。
『雷……』
あーもう、このポンコツヤクザ棒Fe(鉄)。ここまで来たらヤケクソだ。付き合ってあげるよ。なるようになれ! 私はもう知らないからね!
『「震!」』
土煙の向こうに見えたシルエット目がけ、私は刀を振り下ろした。




