第五十一話
抜刀。
私は全力で目の前の性悪に向かって斬りつけた。
応じるようにらみるちゃんも抜刀し、私の刀を防ぐ。二つの刀がぶつかり鍔迫り合う。
刀が重い。
これがハクだったら羽のように軽いのに。お母さんの刀はただただ重い鉄の負荷を私の手首にかける。それでも、私は怒りを力に変えて全力で刀を押し込んだ。
「ねぇ美夜日ちゃん、なんでこんな風に私がベラベラ喋ったか分かる?」
「なにを……」
「もういいかなって」
もういい?
「その刀、《小次郎》との剣闘でも思ったけど、使いこなせてないよね」
らみるちゃんから笑みが消えていた。
息を飲む。見破られていた。
「せっかく最高の舞台を整えて上げたのに、役者がヘボだったんでがっかりだよ。渡会さんの介入は予想外だったけど」
「なにが言いたいの」
「だから予定を変更する。その刀は私が頂くね」
刀を後ろに下がると同時に振り抜た。鋼同士が弾き合う音を響かせながらお互い距離を取る。
「ねぇ美夜日ちゃん、最後の確認なんだけど、素直にその刀を渡さない? そうしてくれたら命までは取らないって約束する。今後私を姉上様と呼んで従うのが条件だけど」
そうか。らみるちゃんはこの刀がまだハクだと思ってるんだ。そうならもうしばらく勘違いさせておいた方が得策だ。この場を乗り切るため、今は少しでも時間を稼ぐ。
「使いこなせてないっていうのはただの憶測だよね」
頬を汗が伝う。
「永久子が言ってたの聞いてなかったの。上手く決まりはしなかったけど、ヘボに見えたのは油断させるための作戦だよ。あれが実力だと思ってたら痛い目見るからね」
逃げるのはなしだ。遥乃を置いていくことになる。そうしたららみるちゃんが残った遥乃に何をするか分からない。
ほぼ同じ力で強めに押し返し、お互い距離を取る。鋭い切っ先を突きつけ合う。
「演技派の私にそんなのが通じると思ってるの。郁美さんとの手合わせの時は、動きのキレも剣の冴えもあんなものじゃなかった。ケンカして刀がヘソを曲げたって話、私は本当だと思ってる」
切っ先をこちらに向けたままジリジリと近付いてくる。私は少しずつ下がる。
「私はどっちでもいいんだよ。別に殺して奪ったっていいんだから。でもこれ以上刃向かうなら取引はなしだよ」
この刀がハクではないと知ったら、らみるちゃんはいったいどんな顔をするだろう。見てみたい気もしたが、それは私の命を懸ける行為だ。
「あそこまでベラベラ喋っておいて、今さら私を生かしておくとも思えないんだけど。渡したらばっさり、なんてご免だから」
「ならなんでさっさと斬ってしまわないの。わざわざこんな取引を最後に持ちかける必要ないよね」
「それは……」
言う通りだ。私を最初から殺す気で全てを喋ったなら、さっさと斬って刀を奪えばいい話だ。それをせずにこんなことを言いだしたのはなぜ?
「答えは簡単。まだ美夜日を妹だって思ってるからだよ」
にこっと笑うらみるちゃん。
まさか。そんな馬鹿な。嘘に決まってる。油断するな。
「……本当に?」
なのに聞いてしまう。
心が揺らぐ。
「当然」
断言する。
らみるちゃんの笑顔は崩れない。
「……なら、ひとつだけ約束してくれない?」
ダメだ。そう思うのに聞かずにはいられなかった。
「なにかな」
「この刀を渡したら、大急ぎで遥乃の手当をするって」
「約束するよ」
渡すべきだろうか。私たちを殺さない一縷の可能性に懸けて。
いいや、待て。待て待て待て。刀はハクじゃないのだから、それがバレた時どうなる。結局二人とも殺されるだけじゃないか。
くそっ、どうしよう。どうしたらいい!
教えてよ、ハクっ!
『さっきから呼んでるだろうがドアホ、今どこだ! そばにいねぇんだから意識しねぇと繋がらねぇだろ!』
ハク?!
東校舎裏側! 早く来て、超ヤバい、今度こそ殺される!
『待ってろ、すぐ行く!』
力強い声の余韻を胸に、目の前のらみるちゃんを見た。答えを迫るように笑顔で私をじっと見据えている。
ハクの声で心にかかっていた焦りと迷いが吹き散らされた。おかげで頭の回りも少し良くなった。
また騙されるところだったよ。その笑顔に。
柄を力を込めてぎゅっと握り、下がり気味になっていた切っ先を再びらみるちゃんに向け直す。ハクが来るまでもう少し時間を稼ぐ。
「取引を持ちかけたのは万が一があるからだよね」
ぴくりと《無形》の眉が動いた。私はなけなしの脳みそをフル回転させる。
「らみるちゃんの席次は七。私は桃と互角以上に渡り合った上に、第二席の永久子の技を複写したらみるちゃんも退けてる。不意討ちが失敗した今、まともに斬り合ったら勝ち目がないのは実力的にそっちの方だよね」
大嘘、勝ち目がないのはハクを持たない私の方だ。だけど、らみるちゃんには確かめようがない。
「ハクが使えないのが演技なのか、そうじゃないのか。あるいはこうしている間にもコントロールを取り戻す可能性だってある。もしかしたらさっきまでは本当に使えなかったかも知れないけど、今はもう使えてる可能性だってある」
惑え、考えろ、疑心暗鬼になれ。そうすれば時間が生まれる。
私の言葉に彼女が被り続けた《無形》という仮面についに亀裂が入った。見たこともない目つきで私を睨みつける。
「美夜日、それ以上言ったらもうただで済むと思わないで」
バリンとらみるちゃんの口の中で音が鳴った。それは黄金糖と一緒に《無形》の仮面も砕けた音だった。だけど私に黙る気は無い。
「大体おかしくない? ハクは一度もらみるちゃんの前で喋ったりしていないよね。見た目も普通の刀と同じだし。ハクロウっていう大剣豪が宿った刀で、その力で超絶強くなれるって話は確かにしたけど、そんなの何の証拠もない話でしょ。私の大ボラだって思われてもおかしくない。なのにそんなに目を血走らせて手に入れようとするってことは答えはひとつ」
私は言葉を切って息を吸い込む。
「らみるちゃん、ハクを知ってるんだね」
表情は動かない。この世界においてハクの存在を知っているのは私とお母さんを抜いたら犯人しかいない。
「そうなると、カトリアーデの世界線でお母さんにハクを渡し、闘いを挑んだのはらみるちゃんってことになる」
睨むらみるちゃんに構わず私は続ける。
「ハクを持ったお母さんを倒し、この士峰館学園が中心の世界に私を引っ張り込んだ犯人は《無形》のらみる、あなたで間違いないよね!」
言い切った。らみるちゃんの反応は、ない。
さわさわと風が吹き、穏やかな春の空気を運ぶ。
くっ。
不意に低く鳴る音が聞こえた。それはすぐに連続した音になり、やがて大きな笑い声となった。
「あっはははは。すごい、名探偵だよ、美夜日ちゃん! 言う通りだよ。入学式の日、校舎裏でハクロウをあんたの母親に渡して、剣闘を申し込んだ。かつてこの学園に君臨した《剣帝》がどれほどかと思っていたけど、全然大したことなかったよ。あっさりと勝負は着いた。だけど……!」
お母さんが士峰館学園に君臨? 《剣帝》? どういうこと。
「ここへ来た私は一番じゃなかった。二番でもなかった。七番だよ、信じられる?! 幼い頃から血の滲むような努力をして、いつか一番になることを夢見て今までやって来た。そしてようやくこの世界に回帰してみれば、私の実力は一番どころか七番だった」
歯を剥き出してらみるちゃんが見るのは私ではなく、手元の刀だった。
「こんな馬鹿な話ってないよ。もう一度世界の改変を行いたくても、ハクロウの行方は分からなくなっていた。まさか美夜日ちゃんが持っていたとは思わなかったよ。あのいけ好かない《小次郎》をハクロウで上手くぶっ倒してくれるのを期待して今まで預けていたけど、無理ならもういい。私はハクロウを取り戻し、新たな自分だけの世界を開く」
らみるちゃんの《小次郎》永久子への歪んだ感情は、一度も名前を呼ぼうとしないところに現れていた。この世界に来た彼女は、《小次郎》永久子に闘いを挑んで敗れたんじゃないだろうか。姉上様と慕って付き従う振りをしながら、どうやって寝首を掻こうか常に狙っていた。
だけど、それにしたってらみるちゃんの話は半分ほどしか分からない。
「ハクロウ……。ねぇ、そもそもハクっていったいなんなの」
「ハクロウは刃喰らう者。刃を喰らって生きるこの世界の中心にして鍵たる存在。新たな世界を創造、または変革、あるいは回帰させることも出来る」
「ハクがこの世界の鍵?」
「問答は終わり。ハクロウを返して貰う」
腰を落とし構えを取る。
「陽奈さんの日輪剣、月奈さんの月輪剣。二つには祖となるもうひとつの剣がある」
らみるちゃんの剣気が冴え渡る。
「なんの話?」
「剣武会十剣鬼の第一席、《聖母》天空寺せつなの天空剣。本物には及ばないだろうけど、一瞬くらいは見せて上げられる」
すぅっと辺りが静かになっていく気がした。あんなに荒々しかったらみるちゃんの気配が徐々に落ち着き、不思議と優しいものへと変わっていく。まるで私を包み込むように。
これは、慈愛……?
ヤバい。これ、ぜったいにヤバいやつだ。なのに、変に安らいでいく。
ダメだ。なぜだか分かる。これ、かわせない。
諦めかけたその時、私の耳にエキゾースト音が届いた。
ランサーエボリューション!




