第四十九話
地上に降り立った私と遥乃は校庭とは逆方向、校舎の裏側へと走る。
避難した剣徒たちは恐らく校庭側に集められるだろうから、その逆へ向かえば人目に付かないという判断だった。
「お姉ちゃん、さっきからなんか鳴ってない? ブーって」
「え?」
言われて襷でまとめられた袂を改める。確かに私のマナーモードにしていたスマホが振動していた。
「走りながらなのによく分かったね」
「こう見えて忍部だから」
にっこり笑う。
忍ってことは忍者、だよね。やっぱり地面に耳つけて、相手の人数や距離、性別などを聞き分けたりするんだろうか。
なんかこの子なら出来そうな気がした。もしかしたら木南ちゃんも遥乃のこういった特性を見抜いて妹にしたのかも知れない。しつこいようだが剣の腕は今ひとつだけど。
立ち止まってスマホの画面に目を落とすと、お母さんからだった。タップして着信に応答する。
「もしもし」
――あ、やっと出た。もう、今まで何してたの。
なにって。
「剣闘、だけど」
――えぇ?! ハッくんもなしでよくやったものね。
呆れ声に少々ムッとした。実の娘が生きるかどうかの瀬戸際だったってのに、そういう言い方ってないんじゃないの。
「ハクのこと、なんで教えてくれなかったの」
――言おうとしたわよ。ハッくんは和室よって。なのに美夜日ちゃんが飛び出してっちゃうから、言いそびれたんじゃない。お母さんはお風呂掃除で手が離せなかったし。
言葉足らずなお母さんに文句を言うこんなやり取り、前にもあったような……。
――ちゃんと持って行ったんだろうなって思ってたら、そのまま和室に置いてあるから、びっくりしたわ。
まるでびっくりしてない風に言うので余計イライラする。
「スマホに連絡くれたらいいじゃん!」
――したわよ。何度も。美夜日ちゃんったら全然出ないんですもの。
「ランエボで届けてくれるとかさぁ!」
――午前中は銀行に行かなきゃならなかったのよ。
「その後も届ける時間あったでしょ!」
――銀行混んでたんだから仕方ないじゃない。
「ぅあーー!!」
思わず叫んでいた。
お風呂掃除や銀行が混んでいたせいで私は死にかけたのか。お母さんと話してると今にも頭が沸騰しそうだ。
「お姉ちゃん、大事な要件じゃないならかけ直して貰った方がいいよ。今は電話どころじゃないよ」
見かねたように遥乃から声がかかる。
そうだった。とにかく体制を立て直して今後の方策を練る。今一番大事なのはそれだった。中断した剣闘がどういう扱いになるのか分からないが、とにかくまずやらなければいけないことだけは決まっている。
「お母さん、今どこ?! すぐにハクを持って来て!」
――校門の所よ。
「ウソっ?!」
――嘘言ってどうするの。なんだか賑やかだけれど、お祭りでもあるの。
それは非常ベルと避難者たちの騒ぎだよ! いや、そんなことより今重要なのは別のことだ。
あの土壇場でハクの声が聞こえたのは、奇跡が起きたのでも、絶体絶命の危機に想いが届いたからでもなかった。ハクが物理的にすぐ近くに来ていたからだったのだ。
茶室でのことを思い出す。
あの時ハクを身につけていないのに、変わらず会話出来ていた。さすがに離れ過ぎていては無理っぽいが、校門と校舎くらいの距離なら十分会話可能のようだ。
そうなんでしょ、ハク。
『みてーだな』
憎ったらしいはずの声に、何故か安堵のようなものを覚えるのが不思議だった。
『しっかしアホだアホだとは思っていたが、ここまでとはな。ったく、てめぇはよぉ……』
私への罵倒を続けようとしたハクを遮って私は言った。
ごめん、ハク。
『あん?』
あんたのこと信じてあげなくて。犯人が《小次郎》永久子かどうかが問題なんじゃなくって、私……。
「お姉ちゃん、危ない!」
唐突に遥乃が叫んだ。同時に身体を思い切り突き飛ばされる。
さっきまで私がいた場所に光の筋が走った。スマホが手から離れ、地面に転がった。
「うっ!」
呻き声が続き、光の筋は遥乃のすぐそばをかすめて通り過ぎる。ほんの一瞬のことだったが、スローモーションのように全てがゆっくりに見えた。
「遥乃っ?!」
肩口を斬り裂かれたらしい。がっくりとその場に膝を落とす。
「……なんで」
傷口を押さえて斬った相手を睨み据える遥乃。
私も遥乃の向こう側で刀を構える相手に視線を向けた。そこには忽然と現れたひとりの剣徒。
「……嘘」
意味が分からない。
いつの間にここに現れたのか。足音も、気配も、何も無かった。
「私が、何も感じ取れなかったなんて……」
遥乃は忍部、耳の良さをついさっき見せられたところだ。この状況下で周囲への警戒度はMAXだったはず。
私だっていくらスマホで通話中だったからといって、無防備になっていたわけじゃない。剣の間合いまでいとも簡単に他人の接近を許したのが信じられなかった。
「どういうこと」
状況もそうだが、けど一番意味が分からないのはその人物。
「ねぇ、どういうこと、らみるちゃん!」




