第四十五話
私たちは廊下を歩く。
先頭真ん中は私。左にスズちゃん、右にゆっこ。後ろにエリちゃん。そのさらに後ろを総勢三十名ほどの玻璃組生たちがぞろぞろと続く。
みんなが手に手にスマホを構えている。
「閲覧数やば-。グルチャで呼び掛けた途端爆上がり」
ライブ配信はすでに始まっているようだった。
廊下のあちこちや教室の窓から、私たちに向かって他クラス剣徒の沢山の視線が向けられる。
「やっぱ朝岡さんに批判的なコメ多いね」
「『マジで乞い死ちゃう五分前w』だって。誰が上手いこと言えってったのよ」
「『今度こそ除籍決定』、『不意討ちクソ野郎に死を』、『シホ女の面汚し』、『早めに清掃用具用意しとこby処理班』。言いたい放題だねー」
動画閲覧者のコメントがクラスメイトによって読み上げられる。
分かってはいたけど、昨日のことで私の味方はほとんどいない。
「なーんかここまでミヤミヤに当たり強いとそれはそれでムカつかない?」
「ムカつくー」
「うんうん」
私擁護に賛同の声が上がる。クラスメイトたちの反応が意外だった。朝まであんなにみんな私に冷たかったのに。どういうことだろう。
「美夜日は高等部からの外部入学生でしょ。この学園の作法に疎いってのをみんな忘れてたんだよ。あーしも含めてね」
スズちゃんが説明してくれる。決まり悪そうに人差し指でほっぺたを掻く。
「あんたって自分で受験して入学してきたはずなのに、知らずにこの学校に紛れ込んだみたいな頓珍漢なこと言ったりやったりしてたじゃん。さっきの襷にしても初めて見ました、みたいなさ」
願書出した覚えも試験受けた覚えもないよ。みたいじゃなくて本当に知らずに紛れ込んだの。頓珍漢な言動はぜ~んぶ素の私だよ。
「それをゆっこちゃんがみんなに言ってくれたんだよ」
後ろからエリちゃんがおかっぱ頭を突き出すようにして言った。
「ゆっこが」
隣を見ると照れたようにゆっこが頭の上のお団子をいじる。
「そもそも外部生って少ないし、私も思い出したのはミヤッピが飛び出してった後だから、あんまし褒められたもんじゃないけど」
「後ろから斬りかかるような卑怯な真似が嫌いなのはみんな同じ。だけど」
スズちゃんが肩越しに後ろを振り返り、列の真ん中ほどにいた髪の短い女子を指差した。私もそっちを見る。
「あいつ、芝崎凛子」
目が合いひらひらと私に手を振る。何となく私も手を振り返す。
「あの子がどうしたの」
「ゆっこといっしょになってあんたを庇った」
「どういうこと。私あの子と話したことないよ」
チッと盛大な舌打ちが聞こえた。えっ、と思って驚いてそっちを見た。なんとゆっこだ。なんだか不機嫌そうに眉間に皺を寄せている。なんで。
「カレシ出来たんだって」
ぼそっと小声でエリちゃんが呟く。
「キエーー!」
いきなり奇声を上げたゆっこが抜刀。ビュンビュンと刀を振り回した。
「危なっ。なに」
「あの子はあーしらとは違うグループ。あっちはあっちで美夜日の名前使って男子部と合コンやってたらしい。ま、考えることは一緒だね。ただ違うのはめでたくマッチングしたってとこ」
「で、ゆっこちゃんが荒れてるってわけ」
エリちゃんが補足する。
「あぁ、ゆっこはフラれて相手を斬っちゃったからね。なーるほど、……って言うかぁ! じゃあなに、私のおかげでカレシ出来たから擁護してくれたってこと?! だったら、朝の時点で庇ってくれたらいいじゃん」
「いやぁ、朝はみんな生理前みたいにピリピリしてたから言い出せなくってぇ」
芝崎さんがあははと笑う。
「庇って貰ったのに全っ然嬉しくないんだけど」
人のおこぼれで、なに私の求めてた青春キラキラJKライフ謳歌してんのよ芝崎凜子! え、まさか他の皆が掌返したのも……。
「剣に生きる士峰館の剣徒としての誇りだの本分だのはどうしたのよ!」
私は背後の玻璃組の連中に向かって叫んだ。
「それはそれ」
「これはこれ」
「剣徒の本分は忘れてないよ。でも、カレシは欲しい!」
「うちらとしてはやっぱ美夜日を担いだ方がお得って気付いたの!」
本音ダダ漏れじゃん。
「合コンが昨日でよかったよ。朝岡ちゃんの不意討ちの件が広まった後だったら、きっとダメだったと思うから。正直《大谷》さん倒した辺りの朝岡ちゃんの名声カンストだったよ。今は見る影もないけど」
片目を瞑って舌を出す芝崎凛子。いちいちムカつくなぁ。テヘペロじゃねぇよ、古いんだよ。
「じゃあ不意討ちの話が広まった今じゃもう私に旨味なんてないはずでしょ」
「でもここで正々堂々《小次郎》倒せばもうワンチャンあるじゃん」
大勢が頷く。
友情、打算、合理主義。腹立たしいにもほどがあるが、死と隣り合わせだからこそ、友情だけでは決して成立しえない精神が彼女たちにはある。
「玻璃組には《小次郎》推しもいたんじゃなかったっけ」
その子たちはこの件納得済みなんだろうか。スズちゃんが答える。
「それも結局剣闘による剣裁が決めてくれる。ここで負けるような十剣鬼第二席なら推す必要ないだろ」
なるほどね。こうして当事者になることで、《小次郎》を姉上様と慕う子たちは剣闘の行方を間近で見届けようというわけだ。九堂院永久子が自分たちが推すに足る姉上様かどうか。
そういえば廊下に出た上にライブ配信もしているのに、カタカナ語を大勢が普通に使っているのに気がついた。剣武会に見つかればバタ臭いだの言語汚染だの言われて指導対象になる言葉遣いをだ。つまりみんな覚悟も肚も決まっているのだ。
「スズちゃん、玻璃組全員の意思統一をいつやったの」
私が飛び出して戻って来るまでだろうか。アクの強いみんなをまとめるような時間があったとは思えないんだけど。
「あんたが《小次郎》との剣闘を宣言した後、さっきまでずっと」
「さっきまで?! どういうこと」
「あんた抜いたグルチャでね。庇う奴、不意討ちを批判する奴、《小次郎》を推す奴。紛糾しまくったよ。辻斬りはさすがに証拠もないし違うだろってのが多数だったけど」
私が覚悟を決めて静かな気持ちで授業を受けている時に、まさか教室内でそんなことが行われていたなんて。
「スズちゃんさっき私に行くなって言ってなかったっけ」
「言ったよ。あれは最終確認。あんたに死んで欲しくないってのも本心だよ。でも行くって言うからには玻璃組全員で全力であんたを担ごうって決めたんだ。今さらやっぱやめるとか芋引くようなこと言ってたら全員で袋叩きにしてたよ」
私の知らないところで恐ろしい合意の形成がなされていたらしい。
「死んで欲しくないとか言っといて袋叩きにはするんだ」
「それはそれ。これはこれ。でもこの先、半殺しの方がマシだったって結果が待ってるかもよ」
「……そうだね」
私は廊下の先を見据える。それ程の相手だ、十剣鬼第二席とは。
「キエー!」
相変わらず刀を振り回しているゆっこの声に思わずビクッてなった。うるさい。
私の剣闘よりも、芝崎さんにカレシが出来た事実の方が今のゆっこには一大事らしい。
「でもさ、ゆっこが田中くんを斬り殺してるのに、よく男子部が合コン受けてくれたよね」
誰かがふとした疑問を口にする。
「セッティングはそれより前だって」
「じゃあ断ったら斬られると思って渋々シバリンと付き合っただけじゃね」
どこからか僻みが飛んだ。
「誰よ、今言った奴っ」
芝崎さんが吠えた。
「まぁまぁ。《大谷》さん倒したのはセッティングの後でしょ。ならやっぱそれが大きかったってことじゃないの?」
「ふん、悔しいならカレシのひとりも作ってみなよ」
「ちょっとシバリン言い過ぎ」
「うるさいな。文句ある奴は《小次郎》対朝岡ちゃんの前に私とやる?」
どこの世界でも色恋というのは憧れの対象にもなれば、争いの火種にもなり得るらしい。ちょっと面倒い。
「上等。なら私がやってやんよ。あんたの浮かれた面見てるとイライラすんだよ」
なんとゆっこがヤクザな口調で応じた。おいおい、田中くん斬ったあんたが言うか。
「ちょっとやめなって二人とも-、動画回ってんだからさ。『玻璃組内紛w』、『さっそく仲間割れ』、『前哨戦勃発!』、『やれやれー、斬り合え血が見たい!』だってさ」
あー、この間抜けなやり取りも全部配信されちゃってるよ。
「そこまでにしな」
スズちゃんの声が響き渡った。ピタリと騒ぎが収まる。
私たちは屋上へと続く階段の前に辿り着いていた。
この先は戦場だ。
一瞬で空気が引き締まり、ざわっと肌が粟立つ。胸がうるさいくらいドキドキした。
最初の一段目に足を置く。
「美夜日、ちょい待ち」
スズちゃんが私の肩に手を置いて待ったを掛けた。
「どうしたの」
「みんなにひとこと、大将」
振り返ると玻璃組みんなが私を見ていた。ライブ配信しているカメラが私に寄る。さっきまでふざけていた連中も私の言葉を待っている。
何か言わなきゃ。
ひとつ息を吸い込む。今さら取り繕ったって仕方ない。後は野となれ山となれ、だ。
「よく聞いて。柳生石舟斎がバガボンドの中で、今の私の気持ちにピッタリなことを言っていたから」
全員が真剣な顔で私の言葉を待っている。カメラがさらに寄る。
「――タピオカ飲みたい!」
時間が止まった。
ポカンと間抜け面のみんな。そして我に返る。
「言うか! 真剣に聞いて損した」
「脳みそタピオカかよ。ひとりでタピっとけ」
「タピるとか懐いっ」
「あー、私も飲みたーい」
「ねぇ、終わったらみんなで行こうよ」
「そもそもタピオカって飲む? 食べる?」
「バガボンド超面白いよね」
最後のはエリちゃん。
「行くよ」
スズちゃんの声に私たちは階段を上った。




