第四十四話
教室に戻った。
すでに授業は始まっていて女性教師は私に文句を言った。言い訳せずに遅れてすみませんと頭を下げると、私は自分の席には行かず教卓の前に立った。
突然押し退けるように自分の居場所を取られた女性教師は目を白黒とさせていたが、気にせず玻璃組の皆の顔を眺め渡す。
「お昼休み、屋上で《小次郎》と剣闘することになったから」
そのひと言に教室中がどよめいた。
「美夜日、あんたっ」
勢いよく立ち上がったスズちゃんが声を上げる。整えられた眉毛を吊り上げ私のことを睨む。メイク、ちゃんと教えて貰えば良かったな。
「何考えてんのミヤッピ。あの後ズーランめっちゃ心配して」
「黙りな、ゆっこ。美夜日、あーし以前ファミレスで《小次郎》には喧嘩売るなって言ったよね」
「うん。憶えてる」
「分かってんなら馬鹿な真似してんじゃないよ。土下座でも何でもして取り下げて来な」
「ミヤッピ、私も一緒に行ってあげるから」
「ありがと、ゆっこ。でもごめん二人とも。もう決めたんだ。それに一度剣闘を宣言したら引き返せないって教えてくれたのも確かスズちゃんだったよね」
そう笑いかけて、私は教卓を離れ自分の席に向かう。
「勝手にしろ!」
乱暴に椅子に腰かけ、スズちゃんが机の脚の部分を蹴りつけた。前に座っていた子が驚いてぴょんっと飛び上がったのがおかしかった。
自分の席に座る。横目で見ていたエリちゃんと視線が合った。慌ててエリちゃんが視線を逸らす。
「エリちゃん、自転車本当にごめんね。もう一度謝らせて。それと『魔法剣士ラディカルエイミー』の話、良かったら今度聞かせて」
「美夜日ちゃん」
「聖剣バーティミアス、今日もキマってるよ」
私は何か言いたげなエリちゃんから目を逸らして、机から教科書を取り出すと前を向いた。
言いたいことは全部言った。あとは昼休みになるのを待つだけだ。私はいつになく真面目に授業を受けた。
時間は刻一刻と進み、やがて四時間目の授業が終わり、とうとうお昼がやって来た。
いつもならここでスズちゃんやゆっこたちとお弁当を広げるのだが、今日はそんな雰囲気じゃない。食欲は少しも湧いてこなかった。
お弁当を出したり学食へ出かけたりする者はひとりもおらず、皆私の動向に注目している。
「お腹も空いてないし、早めに行くね」
誰にともなくそう声を掛けて椅子から立ち上がる。《小次郎》永久子はお昼を食べてから来るのだろうか。それなら今から屋上に向かうのはちょっと早過ぎるか。いっそのことお昼休みが終わるギリギリまで焦らしてイライラさせてみるのも面白いかも知れない。
「臆したか、朝岡!」
なんて言ったりして。《小次郎》だけに。それじゃ私は《武蔵》か。いいやダメダメ。二刀流の《大谷》いくみんとキャラ被りしちゃう。
そんなことを考えながら教室を出ようとしたところで、行く手にスズちゃんとゆっこが立ち塞がった。
「なに笑ってんだよ」
「え、私笑ってた?」
「うん。笑ってたよ」
そんなつもりなかったんだけどな。
「もしかして《小次郎》なんかミヤッピには余裕ってこと?」
期待の目でゆっこが私を見る。
ハクも《小次郎》永久子の実力は認めていた。そのハクはいまだに沈黙を続けている。
「んなわけないじゃん。十剣鬼のナンバー2だよ」
「じゃあなんで笑ってんだよ、死ぬかも知れないんだよ!」
私は驚いていた。自他の死を恐れないのが士峰館剣徒の特性のはずだった。
「スズちゃん、もしかして心配してくれてるの」
「友達の心配して悪い?!」
今度は心底驚いた。軽蔑されて嫌われたと思っていたから。なのに、まだ友達だと言ってくれるなんて。
「行くなよ、美夜日」
「ズーランの言う通りだよ。昨日の呼び出しの時みたいに無視しちゃえ」
「あんたらね、さっきは士峰館の誇りがどーだの能書き垂れてたんじゃなかったっけ」
「言ったよ。あん時は頭に血が上ってたからね。今だって卑怯な奴は嫌いだ。士峰館学園の風上にも置けないって思ってる。だけど美夜日が死ぬ方が私はもっと嫌だ」
「ほら、あの素直じゃないズーランもこう言ってることだし。やめちゃいなって」
二人の言葉が嬉しかった。また涙が出そうだった。
「ありがとう。スズちゃん、ゆっこ」
「じゃあ」
「でも、行くよ」
スズちゃんが呆れたようにガリガリと頭を掻いた。
「やっぱそう言うと思った。分かったよ」
袂に手を入れたかと思うと、スズちゃんは中から細長い紐を取りだした。
「なにそれ」
「はぁ、あんたのことだからやっぱ知らないか」
「え、なに」
要領を得ない私をスズちゃんとゆっこが左右から挟み込むようにして立ち、手を伸ばした。
「襷だよ」
たすき?
「え、ちょっ」
二人がかりで手際よく私の制服の袖や袂を、背中で交差させた襷で邪魔にならないよう縛り上げてゆく。あっという間だった。
「一丁上がり。腕動かしてみ」
「あ、すごい。動かし易い」
途端にもの凄い力で左右から二発、背中をバシンと叩かれた。
「痛ったぁあ! なにすんの!」
「行くよ」
「え、スズちゃん?」
「エリも来な」
嬉しそうな顔をしてエリちゃんが走ってくる。
「みんなももちろん来るよね」
ゆっこが教室中に呼び掛ける。
「とーぜん!」
「ライブ配信しなきゃ」
「動画のタイトルどうする?」
「【公開処刑?】十剣鬼第二席《小次郎》vs玻璃組の汚れた超新星【下克上?】」
こいつらぁ。結局自分たちが楽しめりゃ何でもいいんじゃん。
……だけど、なんだか元気出た。
以前より玻璃組のみんなをちょっとだけ好きになれそうな気がした。
左腰の刀の柄をぎゅっと握る。
行くよ、ハク。
そう呼び掛けるが相変わらず返事はない。ヘソ曲がりめ。
やばいことをしようとしている自覚はある。だけど不思議と恐怖はなかった。
あー、私も完璧にこの世界に毒されちゃってるな。ハク風に言えば、こうなるのが私の運命ってことでしょ。
顔を上げ、胸を張り、お腹に力を込める。
――よし。
朝岡美夜日、いざ参る。




