第四十一話
滑り込むように三年梅花組と書かれたプレートを掲げた教室前へと辿り着く。
取っ手に右手を掛け、思い切り扉を引き開けた。
引き戸が壁にぶち当たり激しい音を立てる。驚いた三年梅花組の剣徒たちの視線が、一斉に入り口にいる私へと集まった。
大きく息を吸い込む。
「九堂院永久子ぉ!」
お腹の底から声を出して叫んだ。教室中央部に座っていた《小次郎》永久子が目を丸くして私を見ていた。昨日のファミレス前と同じ表情。
「ちょっと、何あなた。いきなりやって来て大きな声出して」
扉の一番近くの席に座っていた女子が椅子を引き、机に手を突いて立ち上がろうとした。
「すっ込んでろ!」
右足を勢いよく振るう。
机の前方天板裏側部分を、引っかけるようにして思い切り蹴り上げた。
「きゃあっ」
悲鳴を上げた女子が机と椅子ごと後ろにひっくり返った。その拍子に教科書や荷物を辺りにぶちまける。
私の先制攻撃に、一瞬にして梅花組内で怒号が巻き起こった。
「殴り込みだよ!」
「なんの真似だてめぇ!」
「あの子だよ、一年玻璃組の。名前なんだっけ」
「確か朝岡美夜日」
「一年坊が調子くれてんじゃないよ」
「でも十剣鬼を二人も倒したんでしょ?」
「まぐれだよ。それか汚い手を使ったんだ」
「昨日とーこに不意討ちかましたって聞いたよ。なんでも自転車で後ろから突っ込んで斬りかかったとか」
「マジ? サイテーじゃん」
いきり立った三年生たちが私への罵倒を口にし、得物を手に手に椅子から立ち上がる。
「うるっせぇ、ババアども!」
さっきよりも更に大きな声で一喝した。ハクがそうしていたように最大の剣気を籠めて。あんたらなんか眼中にないんだよ。今の私の瞳に映るのはたったひとりしかいない。
「剣闘よ、《小次郎》!」
私の剣闘宣言を受け、怒号は瞬時にピタリと収まった。梅花組生全員がクラスの中央を見る。
《小次郎》永久子はほんのわずかの時間両の眼を閉じる。それは恐らく二秒ほど。次に瞼を開いた時、いつもの鋭い眼光が私を射貫いた。
椅子から静かに立ち上がる。
十剣鬼の羽織の裾を払い、背中の長刀の位置を直す。ゆっくりと机の間を抜けて教室前方までやって来た。
最大の敵のご登場だっていうのに、相変わらずハクは何も言わない。
いいよ。やってやる。
出来るか出来ないかじゃなく、やるかやらないかだ。
今までずっとハクの力を借りていた。でも動かしていたのは別人でも、動いていたのは私自身の肉体だ。なら私にだってやってやれないはずがない。
ハクが協力してくれなくっても。ひとりも味方がいなくっても。闘って勝てば私が正しい。正しくなる。
勝った者が正義、強き者が絶対。それがここ士峰館学園における鉄の掟。
《小次郎》永久子がついに私の目の前に立った。
「昨日は散々呼び出したのにも拘わらずやって来なかったくせにな。今日は呼びもしないのに朝からやって来るか」
涼しげな表情で皮肉を口にする。
「昨日の決着をつけようよ。あんたそう言ってたよね」
目の前で《小次郎》永久子は腕組みをした。その仕草が余裕ぶって見えて私を尚更イラつかせた。
「話があるなら聞いてやると言ったんだ、私は」
「なら剣で語ってやるわよ」
ちらりと私の腰の刀を見る。
「やっちゃいな、とーこ。勘違いした一年に思い知らせてやりなよ」
「十剣鬼第二席の実力見せつけてやって」
「ねぇねぇ、うちらも動画配信する?」
盛り上がるクラスメイトたちを《小次郎》永久子が振り返った。
ひとこと。
「黙れ」
ギャラリーの盛り上がりが冷たいひと太刀で両断される。剣を抜かなくても分かる、剣武会十剣鬼・第二席の圧倒的な実力と迫力。
「朝岡」
私に向き直り名を呼ぶ。
「その剣闘、断る」
「なっ」
再びざわめきが起こった。
「ちょっと、とーこどういうこと」
「なんで剣闘受けないの」
「意味分かんないよ」
この時ばかりはさすがの私の気持ちも、梅花組生たちと同じだった。
《小次郎》永久子は私を無視するように、そばで倒れたままになっていた机と椅子をを元に戻し、床に散らばっていた教科書やノートを拾い集める。
「なんでよ」
こちらさえ見ず、机の上でトントンと教科書を揃えている。
「無視すんなっ」
「剣闘の口上を思い出せ。今のお前に命を懸けられるほどの剣があるか。理があるか。剣で語るだと? 片腹痛い。剣闘を口にするのも烏滸がましい」
「んなの知るか。あんたは私と闘えばいいのよ」
私の言葉に《小次郎》永久子の左手が閃いた。一瞬の内に伸びてきて、私の胸倉を掴み上げていた。
「ぐぅっ」
怪力が私の首元をギリギリと締め上げる。まるで茶室の時の再現だ。息が詰まる。
「馬鹿、力ぁ……」
彼女の瞳に静かに浮かぶ色、それは怒りだった。
「今の貴様と剣を交えることは、神聖な剣闘を侮辱する行為だ」
私は三年梅花組の教室からどんと押し出された。二歩、三歩と後ろ足でたたらを踏む。
踏ん張る力は残されていなかった。冷たい廊下にみっともなく尻餅をついてしまう。
「頭を冷やせ、朝岡。話はそれからだ」
目の前で教室の扉がピシャリと閉じられた。




