第三十五話
どれくらい走ったのか、その集団が見えた時、偶然にも場所は以前と同じファミレス前だった。
歩道を歩く背中を数える。全部で五人。
先頭の《小次郎》永久子を囲むようにして、彼女のファンらしき四人の女子たちが歩いている。キャッキャと離れた後方にまで楽しげな雰囲気が伝わってくる。
笑ってられるのも今の内だ。
「やるか、美夜日」
無言で頷き、刀の柄に右手を掛けた。
もう五人に追いつくまでいくらも距離はない。
身体のコントロールをハクに明け渡そうとした瞬間だった。
ガタンッ。
歩道の段差にママチャリのタイヤが跳ねた。
その音に集団の一番後ろにいた女子のひとりが振り返る。全速のママチャリが突っ込んでくるのを見て大声を上げた。
「姉上様、危ない!」
《小次郎》永久子が肩越しに振り返った。
「朝岡」
ペダルを漕ぎながら抜刀する。
私を見た《小次郎》永久子が目を丸くした。が、それもほんの一瞬。すぐにこっちの敵意を察したらしい。
「みんな、下がれ!」
両手を振るって周りにいた剣徒たちを突き飛ばすと、即座に左肩に伸びる刀の柄に右手を掛けた。背中に担ぐような動作を一瞬入れたかと思うと、鞘が抜き払われ馬鹿長い長刀の白刃が姿を現した。長さ故の抜刀の不利をものともしない早業だ。
『リーチは向こうが有利か』
不意を討てなかったハクの悔しさが伝わってくる。
このまま行ったら迎撃されるよ。どうするの。
『まぁ見てろ』
サドルから腰を浮かせると、飛び下りると同時にママチャリを前方に蹴り出した。
猛スピードのママチャリが集団へと迫る。
「姉上様!」
「避けて下さい!」
剣徒たちの悲鳴が響く。
しかし、《小次郎》永久子は動じない。
「水鴎理巌流……」
腰を落として構えを取るのとほぼ同時、真横に銀光が走った。
まるで目の前に何もないかのように、《小次郎》永久子の刃がママチャリを通過した。
「えっ?」
真横に刀を振るったはずなのに、腕はいつの間にか振り下ろすような形になって制止している。なぜそうなったのか、まるで分からなかった。
『水が流れるような全く無駄のない動きだ』
ハク、見えたの?
答えが返る前に耳障りな金属音が響いた。
激突するかに思えた自転車が幾つもの金属片になって弾け散り、あちこちにすっ飛んでいく。
「湖切」
ぽつりと呟き、続いて《小次郎》永久子の目がこちらを見据えた。その目は静かな怒りに燃えている。
「これはなんの真似だ、朝岡美夜日」
負けじとこっちも睨み返す。怒りなら私だって負けてない。
「先ほど与えた役目を放り出して現れたと思ったら不意討とはな。乱心したか」
左足を大きく前に出し、長刀を身体に引きつけるように構える。
「分かってるくせに白々しい。執行室では色々と能書き言ってくれてたけど、結局私が邪魔なんでしょ。真っ正面から相手になってやるわよ、犯人さん」
こちらも刀の切っ先を《小次郎》永久子へと向ける。私の挑発するような言葉にぴくりとも反応しない。
「なにわけ分かんないこと言ってんの、あんた!」
「そうよ、姉上様がいったいなんの犯人なわけ?!」
取り巻きの《小次郎》派の外野たちがピーチク喚く。
「うるっさい、邪魔すんな! ぶった斬るわよ!」
「朝岡、まさか貴様は私が辻斬り犯だとでも言うんではあるまいな」
「しらばっくれんな。ついさっき私を襲ったのはあんたでしょうが!」
これ以上の問答は無用。私は躍りかかった。
そこへ左右別方向から二本の刀が走った。慌てて刀の軌道を変え、そちらを捌く。
「みんな、姉上様をお守りして!」
「分かった」
「こんな士峰館学園の本分も弁えない下衆な剣と姉上様の剣を交えさせるわけにはいかない」
士峰館学園の本分なんて知ったこっちゃないけど、その物言いはカチンと来た。
「下衆ですってぇ!」
「姉上様はずっと私たちと一緒にいた。あんたを襲ったりなんかしてないよ!」
「そう言えってアリバイ工作頼まれたんでしょ、身内の話なんか信用出来るか!」
振り抜いたこっちの刀が相手の刃を弾く。
「くっ、なんなのこの子、意味わかんないんだけど。通したい道理があるなら士峰館学園での作法ってもんがあるでしょ」
「知るか、んなもん。そこをどけってのよ!」
四対一で激しく斬り結ぶ。
「どかない。例え斬られたって私たちは姉上様をお守りする」
「だったら……!」
『やるのか、美夜日』
ハクの声。ぎゅうっと力一杯柄を握り締める。
「動くな、双方とも!」
大気を震わせるような一喝だった。
その場にいた全員がビクッとして動きが止まり、続いて声のした方を見た。
構えを解いた《小次郎》永久子がこちらに歩み寄ると、おもむろに長刀を鞘に収めてしまった。
「どういうつもり?」
私の問いには答えず、《小次郎》永久子は取り巻きのひとりに近付いてその足元にしゃがみ込んだ。
「あ、姉上様、なにを……」
袴スカートの裾を持ち上げた。
「あっ」
「血が出ている」
見ると取り巻き女子の脛の辺りから血が流れていた。
刀を脇に置くと《小次郎》永久子は袂からハンカチを取り出し、傷口にそれを宛がった。
「私が斬り払った自転車の部品の一部が当たっていたようだな。すまない、私の修練の至らなさ故だ」
「そ、そんな、姉上様のせいなんかじゃありません。悪いのは目の前の朝岡です」
「そうですよ。姉上様がお気に病まれる必要なんかないです」
立ち上がった《小次郎》永久子が私を見た。
「朝岡、用があるのは私にだろう。周りは関係ない」
「姉上様、関係なくなどありません!」
取り巻きのひとりがいきり立つが、《小次郎》永久子は取り合わない。
「話があるなら明日きちんと聞いてやる。だが今はこの子の手当をするのが先だ」
「私なら大丈夫です。こんなのかすり傷ですよ。今すぐ朝岡美夜日に制裁を!」
「駄目だ。手当が先だ。丁度いい、少しそこで休んで行こう」
目の前のファミレスを見、取り巻きを強引に促すようにしてさっさとそちらへ歩き出す。私のことなどまるで無視するかのような振る舞い。
「待ちなさいよ!」
しかし私の言葉に足を止める者は誰もいない。
「木南さんはともかく、《大谷》さんにはどうせ卑怯な手でも使って勝ったんじゃないの」
ボソリと、だがはっきりとこちらを蔑む声が聞こえた。
なんですって?!
「不意討ちに自転車で突っ込んでくるような子だよ。そうに決まってる」
ちらりとこちらを見た取り巻きたちの目は、あからさまに侮蔑を含んでいた。
「待てっつってんのよ!」
言葉が私たちの間で虚しく響く。
五人の剣徒たちは遠ざかり、やがてファミレスの店内へと消えていった。
ぎゅうっと唇を噛んだ。刀を握った手がぶるぶるとわななく。
いったい……。
「いったいどういうことなのハク。竹林で襲ってきたのはあいつなんだよね?!」
「ああ、間違いなく《小次郎》だったはずだ」
「なのに、なんなのよ、あれはっ!」
まるで犯人とは思えない《小次郎》永久子の冷静な態度。思い出しただけでイラついた。
「バカにしてっ!」
足元に転がっていたママチャリの金属片を、乱暴に蹴っ飛ばす。
私はそれ以上何も出来ず、ファミレス前の歩道に立ち尽くすしかなかった。




