第三十三話
「あーもう、チクチクするなぁ」
笹藪をかき分けて入っていく私。こんな所に手がかりや証拠なんて本当にあるんだろーか。
ねぇ、ハク。どう思う?
『あん?』
慌てていて脱げてしまった靴の片方とか、生徒手帳を落としたとかさ。ほんとにあると思う?
『そんな間抜けなら五人も人を斬る前にボロ出してるだろうな』
だよね。
笹を両手で押し退けて一応地面を確認してみるが、それらしい物が見つかる気配はない。
もし本当にどこかにそんな物があったとしても、たった二人でただでさえ広い学園敷地内をどうやって探せっていうのか。
『そりゃそうだ。なら、俺様たちの本分に戻ろうぜ』
本分?
『辻斬り犯じゃなく、お前をこの世界に引っ張り込んだ方の犯人を探すってことだ』
え、でも辻斬り犯を見つけないと屋根の修繕費が……。
『アホ。俺たちの方の犯人を見つけて元の世界に戻れりゃあ、んなもん払う必要ねぇだろが』
なるほど! ハク、あんた頭いいね。
『俺様が何のために十剣鬼の一人をわざわざ引っ張り出したと思ってんだよ』
そういえば聞きそびれてた。あの時らみるちゃんを煽り倒して、ハクはこの状況に持ってったのだった。
そーいやなんで?
『いい加減にしろよてめぇ。犯人かどうか確認するために決まってんじゃねぇか。ぶっ倒す前にらみるに止められちまったがな』
でもさ、そもそも闘って勝てば元の世界に戻れるかどうかは分かんないよね。
『なんだぁ、日和ってんのか』
じゃなくて、実際そうじゃん。
『だとしても闘うしかねぇだろ。他に何が出来るよ』
それは、そうなんだけど。
『美夜日、柄に手を置け』
う、うん。
言われた通りにする。
『いいか、今の状況はお互いに好機かもしれないんだぜ』
お互いに好機?
『考えてもみろ。もし桃が犯人なら、奴を倒しゃあ元の世界に戻れるかもしれねぇ。逆に桃からしたらこの世界の秩序を破壊しかねないお前をぶっ殺すチャンスだ。この場に俺様たち以外誰がいるよ』
あんた、そこまで考えて……。
『まぁな。話は終わりだ。ゆっくり自然な感じで後ろを振り返れ。足元を探す振りしてな』
刀の柄に手を置きつつ、私は言われた通りにした。そっと視線を持ち上げ、犬コロ先輩はどーしてるかなーという風を装って。
振り返ったそこには。
「えっ」
……誰もいなかった。
どうなってんのハク? どこ行ったの、あの人。
確か向こうの方を探すとか言っていた。いつの間にか目の届かない遠くまで行っちゃったんだろうか。
最初見た時は狼のイメージだった《凶剣》桃ちゃんだったが、私の中ではすっかり野良犬にランクダウンされていた。
『まさかな……』
なによ、まさかって。
『うるせぇ、いいからさっさとこの笹藪から出るぞ。暗ぇし動き辛』
ハクの言葉が止まった。腰から一瞬で刀を抜き放つ。
「後ろだ、美夜日!」
ハクが声を上げた。
振り返った瞬間笹藪の中を何かがこっちへ向けて高速で走って来るのが見えた。
笹の葉が一斉に空中に舞い上がる。
瞬時にハクと私の身体のコントロールを交換する。身体を反転させ、接近する何者かに向かって斜め上から斬り付けるイメージが頭に浮かぶ。
でもそのイメージは実現しなかった。
笹藪に制服の袴スカートが引っかかったのだ。おまけに足場がすこぶる悪い。
『「ちぃっ」』
構えた刀にもの凄い衝撃が叩きつけられた。
それは両腕から肩にまで伝わり、私は思わず悲鳴を上げる。
両足が地面から離れた。
圧力で後方に思い切り吹っ飛ばされたのだ。
バキバキと枝を折りながら笹藪の中に背中から落ちる。
「がっ」
息が肺から全部出て行ったかと思うと、次に呼吸が止まる。幸い密集した笹の枝葉のおかげで頭は打たなかったが、肌が露出した部分に大量の細かい切り傷が出来たのが分かった。
全身を痛みが駆け巡る。
私だけだったら、とっくに意識を手放していたと思う。でもハクは、即座に右腕を動かすと、周囲にある邪魔な笹藪を薙ぎ払った。
そうして素早く体勢を立て直すための空きスペースを作る。
ハク、上っ!
『「なにっ」』
笹藪から飛び出した影が、私の頭上にあった。逆手に構えた刀の切っ先が真っ直ぐこっちを向いているのが目に入った。
笹藪を切り払って出来たスペースに慌てて身体を転がした。
ドスンッ。
背後で重たい音が響いた。地面に着地と同時に刀が突き立てられたのが分かる。あと一瞬転がるのが遅れていたら串刺しにされていた。
「野郎!」
反転させた身体を元の位置に逆反転させ直すのと同時に、右手の刀を振り抜く。そこに相手の足、向こう脛の辺りがあるはずだ。
が、空振り。バサバサと新たな枝葉が舞い上がるだけ。少なくとも肉を斬り骨を断つような手応えはない。
ザンっと背中側で音がする。私の身体を飛び越えて反対側の笹藪の中に着地したらしい。
全身を痛みが駆け巡っているのにも拘わらず、ハクは私を動かしてそっちへ頭を向けさせ、地面に腹這いにさせた。人の身体をなんだと思ってんだと怒鳴りたいところだが、命には代えられない。
『見えたか、美夜日』
ううん。顔は黒い布で覆ってた。分かったのは相手が同じ制服を着ている女子ってことくらい。
士峰館学園の和服を模した変形セーラー服は、学年でスカーフの色を変えるなどの区別がない。よって、分かったのは相手の着ていた制服が高等部の物であるというだけ。
『それも制服さえ手に入れりゃあなんとでもなる話だな』
顔を隠している状態では、相手を特定出来る情報はなかった。
『辻斬り犯か、それともお前をこの世界に引っ張り込んだ犯人か』
どっちだと思う?
聞いてみたが、聞かなくても返事は分かった。
『ぶっ倒しゃあいいだけの話だ』
ジリジリとした時間が流れる。こっちも動かないが向こうも動かない。
風が吹いた。ザザザザッと笹の葉を大きく一斉にざわめかせる。
春とはいえ夕刻迫る午後の風は冷たかった。
『来るぞ、美夜日』
身を低くして相手が笹藪の中を動いた。
『カウンターで爆雷震をお見舞いしてやる』
刀を前に出し、待ち構えるハク。
その時一直線に来るかと思われた敵が、直前で左に大きく回り込んだ。
笹藪から相手が飛び出した。士峰館学園女子高等部の制服を着た覆面の女子。
白刃が閃いた。右斜め上からの斬撃。
『ここだ!』
構えた刀で相手の斬撃を受け止める。
切り下ろす相手の力に逆らわず、滑らせるようにして切っ先をいなす。身体が伸び切ったところに一気に左足を踏み込んだ。
無眼縦横無尽流・爆雷震。
斬り上げるのと同時に剣気を瞬間的に爆発させるための力を込める。が、私は視界の端で驚くべきものを捉えていた。いなしたはずの相手の刀の切っ先が、生き物のようにくるりとこちらへ翻った。
通り過ぎたと思われた白刃が跳ね上がり、私の首元を襲う。ハクの意識は相手と爆雷心の発動に向いていて認識が遅れた。
まずい、ハク!
『止まるな! このまま振り抜け!』
焦った声でハクはそう言ったが、なぜだか私の意識は冷静だった。肉体のコントロールを明け渡している分、思考にリソースを全振り出来るせいかもしれない。場を冷静に、かつ客観的に見ている自分がいた。
このままいけばこっちの斬り上げよりも、相手の刃の方が先に届く。その場所は頸動脈。
こっち!
私は強引に身体のコントロールをハクから取り返すと、自分の刀の軌道を相手ではなく、首を狙ってくる相手の刀へと修正した。
たったひと呼吸の間での攻防。ひとつの身体に二つの意識があるが故の無茶苦茶な動きに筋肉が悲鳴を上げる。
でもそれをしないと私の命がない。
白刃がぶつかり合い、鋼同士が激しい音を響かせる。
私と敵との間でそれぞれの剣気が大きく爆散する。
「っ!」
お互い反対方向に弾き飛ばされ、笹藪の中に頭から突っ込んだ。爆ぜた剣気が大量の笹の葉を空中に撒き上げる。
ガサガサと枝葉をかき分けるようにして素早く起き上がりながら、身を低くして笹藪に隠れる。
じっとりと汗ばむ掌に柄を握り込み、いつどこから追撃が来てもいいように備える。
「ふぅ、ふぅ」
息が荒い。音でバレないようになるだけ小さくするが、そうすると今度は酸素を求めて肺が暴れる。
泥だらけのほっぺたに汗がつっと流れた。
どれくらいそうしていただろう。
舞い上がっていた笹の葉は全てが地に落ちた。
それでも私は動かなかった。いや、動けなかった。
身体が重い。全身のあちこちをズキズキと痛みが駆け巡っている。
『……大丈夫か、美夜日』
ハクが聞いた。
『どうやら、相手は退いたみてぇだ。気配が消えた』
「逃げたの?」
ふぅーっと大きく息を吐き出して身体から力を抜く。
『さぁな。だが、分かったことはひとつある』
「なんなの」
『驚くなよ。今の覆面野郎が放っていた剣気だ』
「誰?!」
「あれは間違いなく《小次郎》、九堂院永久子のもんだった』




