第三十二話
私たちは学園西側に広がる竹林の中にいた。
この林の中で入学式の日、瑪瑙組所属の一年生が辻斬りに遭って死亡したのだ。
私は自分のスマホを取り出して目を落とした。そこにはらみるちゃんが送ってくれた辻斬りに関する情報が記されていた。
「被害者は川崎かなえ。発見者は学園内の見回りをしていた警備員のおじさん。背後から斬られて一撃で絶命している。被害者自身の刀は鞘に収められていた」
「ってぇことは不意討ちを受けたか、まさか自分が斬られると思っていない相手だったか。なんにせよ相手とずい分実力差があったことだけは間違いなさそうだな。それにしたって辻斬り犯の方もよくもまぁそんな無粋な真似が出来るもんだぜ」
「無粋って?」
「だってそうだろうが。ろくに剣も合わせず不意討ちに近い格好で斬られてんだぜ、川崎とやらは。例え敵わなくても剣に気迫と己を込めてせめてひと太刀」
手刀で宙を斬る真似をする。
「それでこそ士峰館学園の剣徒ってもんだろ。斬る側にも礼儀ってもんがある。剣闘の体裁を取っていなくてもな。不意討ちでザクッじゃあ勝ったとしても剣徒の名折れもいいとこだぜ」
『……こいつ、案外いいこと言うな』
バグった常識に同調しなくていいの。
「しっかし、被害者はなんでこんな人気のねぇとこにノコノコやって来たんだ?」
私は竹林を見回してみた。上の方でたくさんの笹の葉が重なり合い鬱蒼としている。日が傾いてきたのもあってかなり薄暗い。
言う通り新入生がこんな場所に用があったとは考えにくかった。
「知り合いだったら、呼び出すのは簡単じゃない?」
私は言った。
「入学式後の放課後に、友達にこんなとこ誘われたとして、お前ノコノコやってくんのかよ」
言葉に詰まる。この人、キャラに似合わず意外と賢いな。
「おい、アタシのこと意外と賢いとか思っただろ」
だから心を読むな。
「えーっと、なら愛の告白をしたくて人気のない場所を探した結果とか」
「入学式早々に愛の告白ぅ?」
「一目惚れして一刻も早く想いを告げたかったのかも知れないじゃん。この学園なら女の子同士の告白とか普通にありそうだし」
「斬り殺してっけどな」
「振られた腹いせじゃないの。そんな子知ってるよ」
ゆっこの顔が浮かんだ。
「同じ玻璃組か? ならそいつが犯人だろ」
「ごもっともだけど、その子が好きなのはあくまで男の子だから」
入学式当日に斬られた被害者は三人とも女子だ。
「残る二人の被害者はどう説明すんだよ」
「うーん、ならこういうのは? 入学式で三人に一目惚れして順番に呼び出してったの。一人目、振られたから斬った。二人目、また振られたから斬った。三人目、やっぱり振られたから斬った。どう、完璧な推理じゃない?」
なんか変な目で私を見つめる《凶剣》桃ちゃん。
「女子しかいねぇここで愛を告げられてやってくる奴がどれだけいんだよ」
「呼び出す時の理由は別に何でもいいじゃんか」
「だったら斬った理由も『愛の告白を断られた報復』にしなくてもいいだろ。何か被害者たちに共通点があって呼び出し、順に血祭りに上げたって考えた方が、お前の妄想よりよっぽど単純で腑に落ちるぜ」
変な目は哀れみを含んだものへと変わる。やめて、そんな目で私を見ないで。
「お前、この学園になんのために入学したんだ。真の士の頂を目指すためだろうが。いくら落ちこぼれの玻璃組生でも、入学早々そんな浮ついた目的で行動する奴はひとりもいねぇぞ」
そもそも私はこんな学園に入学した覚えはないんだってば。あんたらの基準なんか知んないし。
でも確かあのオタクのエリちゃんだって、魔改造刀剣を所持しながらもこの学園の本分を忘れたわけじゃないとか言っていた。
確かにゆっこは私の推理では一番犯人像に近いが、丸腰とはいえ田中君を一刀で葬り去った腕前は日々の研鑽がなければ絶対に獲得し得ない。それに惚れっぽいとはいえ、田中君を呼び出すための文面はかなり真剣に時間を掛けて考えていたところを考えたら……。
『結宇子もお前の推理、もとい妄想の犯人像とは一線を画すな。入学早々かわいい女子を見つけた。告白した上に振られた。ムカついたからぶった斬った。辻斬り犯はそれを三回繰り返した。なんてどう考えても無理筋だろ』
うーん、そっかー。
『まぁそんな人間はここにはいないってこった。辻斬り犯も士峰館学園に籍を置く剣徒であると考えるならな』
なら違う動機と犯人像か。
『おい、まさか本気で言ってたわけじゃねぇだろうな』
あ、あったり前よ。ギャグに決まってんじゃない。
『どうだかな』
「そうだ。愛の告白はなくても姉妹制度ってあるでしょ、あれを断られたからって線はどう?」
私は《凶剣》桃ちゃんとハクに言ってみた。
「言ってておかしいと思わねぇのかよ。姉妹制度は上級生と下級生で結ぶもんだろが。今は辻斬り犯を一年と仮定しての調査だろ、同級生で姉妹なんて聞いたことねぇぜ」
「でもさ、私三年の《大谷》さんに姉上になってって申し込まれたよ。一年同士でもあるかもしんないじゃん」
「あれはあいつの頭がおかしいだけだ。基準にすんな」
ひどい言われよう。
「《おひさま》陽奈と《月姫》月奈は従姉妹同士だから同い年だけど姉妹みたいなもんじゃん」
「血縁者を一緒に考えてどうするよ。入学初日でまだ相手のひととなりも分からない状態で姉妹になろうなんて言う奴がいるかよ」
「中等部からの内部進学生でよく知ってる関係だったとしたら?」
「ならとっくに告ってろやぁ! 同日に三つも掛け持ちすんなぁ!」
とうとう《凶犬》、――じゃなかった《凶剣》が吠えた。
「てめぇ、らみるが送ってきた資料に少しも目ぇ通してねぇのか。三人の内二人は高等部からの外部入学だ。辻斬り犯含めた四人が以前から顔見知りだったって可能性は端から否定されてんだよ!」
『こいつ、見かけによらずお前より大分賢いぞ』
う、うっさいわね。
「だいたいなんなんだてめぇ、さっきからグダグダグダグダ。そうか、分かったぜ。てめぇだろ、てめぇが犯人だろ。そうだな。そうなんだな!」
「はぁ?! なんでそうなんの。私の容疑は昨日のお茶会で一応晴れてんのよ」
「アタシは参加してなかったからそんなの知らねぇな」
ああ言えばこう言いやがってぇ。
『お前がそれ言うか』
呆れ声のハク。
「私はただ低いかもしんないけど可能性の話をしただけじゃん。なにキレてんのよ! もし私が犯人なら、わざわざ一年生が疑われるようなことばっか言うわけないでしょ! 自分にだって容疑が向くんだから! どうせならあんたら剣武会犯人説を唱えてるわ!」
「捜査の攪乱だ、そうだろ! そうに違いねぇ! よし、今決まった!」
びしっと人差し指を突きつけてくる。
「勝手に決めんな!」
『桃がいると俺様がツッコむ必要なくて大分楽出来るな』
こっそりハクが頭の片隅でムカつくことを言う。
さらに反論しようとしたところで、手に持っていたスマホが振動した。見るとらみるちゃんからの着信。
「はい、なに!」
つい声が大きくなる。
――どう、仲良くやってる?
私は《凶剣》桃ちゃんに背中を向けると口元に手を当てて小声になった。
「よくも、やってくれたわね。こんな狂犬押しつけるなんて」
――さぁ、なんのことだか。
「持て余してるとか何とか言ってたじゃない!」
――十剣鬼は忙しいって言ったのに、どうしてもって聞かなかったのは美夜日ちゃんだよね? 私は姉上様に言われた通り、かわいい後輩のため身を削って便宜を図っただけですけど。さぞ調査は捗ってることでしょうね。
くっそー、お尻蹴っ飛ばしてやりたい。
――で、どうなの?
ちらりと背後を振り返ると、《凶剣》桃ちゃんは自分のスマホをなにやらいじっている。
「それが、全然」
――なにやってんの。屋根の修繕費と机の弁償代、分かってるよね。
「机はあんたが……!」
――いい返事を期待しているよ。
「あ、ちょっと」
通話は一方的に切られた。
くっそー、どいつもこいつもぉ。
「おい」
《凶剣》桃ちゃんが背後から私を呼んだ。
「なによ」
「犯行からはもう何日も経ってる。手がかりや証拠品が残ってる可能性は低いが、何もしないわけにもいかねぇ。手分けするぞ。アタシはこの辺りから向こうを調べるから、お前はあっちを調べろ」
親指で差した方は藪になっていて、ここよりも更に鬱蒼として薄暗かった。
「やーよ。あんたがあっち探しなよ」
「上級生に逆らう気か。なんなら今から執行室での続きをやったっていいんだぜ」
刀の柄に手を置く《凶剣》桃ちゃん。にっと八重歯を笑顔の隙間に覗かせる。
このまま言い合いをしているだけでは辻斬り犯の手がかりは何も得られない。
「はぁ。分かった」
「素直な下級生は好きだぜ」
「横暴で凶暴な上級生は大っ嫌い」




