第三十一話
立て膝での抜き打ち術。《凶剣》桃は紙一重で私の白刃を躱した。
素早く筵の上に立ち上がると、退がる相手に踏み込んで追撃を仕掛ける。一撃、二撃、三撃。
全て躱されてしまう。
ハクはムキになって続け様に打ち込むが当たらない。動きにひとつも無駄がない。むしろ余裕さえある。
凶悪な見た目と大雑把そうな性格とは打って変わって、その軽やかな身のこなしに舌を巻く。らみるちゃんの言う通り、伊達や酔狂で剣武会の十剣鬼をやってないってのは本当のことらしい。しかも実力は《大谷》いくみんを上回る第五席。
『ちょこまか動き回りやがって犬っころの分際で』
ハクが悪態をつく。
「ふっ!」
鋭い呼気と共に素早い動きを捉えようと、脇を締め、コンパクトに白刃を振り抜く。
しかし、これもやはり当たらない。最初から読んでいたかのような動きで、《凶剣》桃は大きく飛び退り、ハクの連続攻撃を全て躱し切ってしまった。
『野郎......!』
《凶剣》桃が着地したそこには、丁度らみるちゃんがぶった斬って破壊した長机の片割れがあった。
それを見て何故かニヤリと笑った。顔の傷が引きつれたように歪むのと同時に、《凶剣》桃の右足が鋭くしなった。
「おらよっ!」
ガンッ。
蹴り飛ばされた長机が私に向かって飛んでくる。全く予想していなかった攻撃だった。
咄嗟に左手で受け止めたが、勢いと強い衝撃に持っていた鞘が吹っ飛ばされた。執行室の隅へ音を立てて滑って消えてゆく。
体勢を崩されたそこへ、
「おら、もう一丁喰らえや!」
抜刀した刀で、転がっていた長机のもう片方を打ち払った。
長机だった物がガラゴロ言わせながら猛スピードで私へ向けて転がってくる。
右へよけようとしたが、当たり前だが机はボールなんかとは違う。足の部分が床で引っかかったのか、途中で回転が変わり、私を追うようによけた方向へと向きを変えた。
『「ぐぅっ」』
二度目の衝突。ベニヤで出来た天板部分が腰の辺りをしたたかに打ち付けた。めっちゃくちゃ痛い! あいつ、もしかしてこれ狙ってやったの?!
『気ぃ抜くな、美夜日! 犬っコロはどうやら泥臭い喧嘩殺法の使い手だ!』
そんなこと言ったって......。
長机を転がすと同時に、《凶剣》桃は間合いを詰めていた。
「終わりだ、お雑魚ちゃん」
机の残骸の向こうにいつの間にか突きの姿勢で刀を構えた《凶剣》桃の姿。ハク、このままじゃ防御が間に合わないよ。
『「らぁっ!」』
私の身体が転がっていた長机に向かって蹴りを放っていた。天板が丁度こっちを向いていたので、前蹴りが綺麗に入った。
床を滑った長机の残骸が《凶剣》桃の下半身に激突し、体勢が崩れる。
今だ! 机ごとぶった斬る!
軸になる右足親指が地面を掴むと同時に、前方に鋭く左足を踏み込んだ。
床を踏み砕かんばかりの衝撃を、腰の捻りから体内で練り上げた剣気と共に刀身へ伝達。一気に加速させ爆発させる。
無眼縦横無尽流・爆雷震!
「はい、終了です」
耳元で声がした。
振り抜こうとしていたハクの操る私の手がピタリと止まる。
いつの間にか背中に固い物が押し当てられていた。爆発寸前だった剣気は不発となり霧散してしまう。
「美夜日ちゃんも桃さんもそれくらいにして下さい」
刃物のような冷たいらみるちゃんの声。
『こいつ......』
どうしたの、ハク。
『全く気配を感じなかったぞ』
心の底から驚いた声を出す。いくら《凶剣》桃との闘いに集中していたとはいえ、あのハクに気付かせることなく背後を取るなんて。もちろん私も何も感じなかった。
「ふん、《無形》のらみるとはよく言ったもんだな。だが邪魔をすんじゃねぇ。これから面白くなるとこじゃねぇか」
「《聖母》に言いつけますよ」
そのひとことが出た瞬間、ピシャンと雷に打たれたかのように《凶剣》桃の表情が変わった。
「お、おいやめろ。母上は関係ないだろ」
は、母上~?!
「《聖母》って会長のことでしょ。え、あんた会長を母上って呼んでんの? 恐いの?」
「悪いかよ。誰だって母ちゃんは恐いもんだろ」
そう言われて自分の母親を思い返す。うん、確かに恐い。いや、でも会長の《聖母》はあんたの母親ではないわけで……。いったい二人ってどんな関係なわけ?
「美夜日ちゃんと仲良く辻斬り調査、行ってくれますよね」
「ち、分かった。分かったよ、仕方ねぇな」
「まったく、執行室の備品を滅茶苦茶にして。二人にこの机、弁償して貰いますから」
は?
「ちょっと待ってよ。机はらみるちゃんが」
「アタシが来た時には真っ二つだったろうがよ」
「屋根の修繕費」
「うっ」
「《聖母》」
「ぐっ」
その二つは私たちに言うことを聞かせる魔法の言葉なのだった。
「全部てめぇのせいだからな、朝岡」
《凶剣》桃が歯を剥き出しにして睨む。
「なんで私のせいなのよ、ふざけんじゃないわよ」
聞き捨てならない。なんで私のせいにされなきゃなんないの。
額がぶつかるほどの距離で、顔を近付けて私たちは睨み合った。




