第三十話
ピクリとらみるちゃんの眉が不快そうに動いた。次にその口を不快さを隠そうともせずに開く。
「もう一度言うけど話聞いてた? 会長は不在、《大谷》さんと木南さんの穴を残った人間でなんとか埋め合わせてる状況。人一倍疲労を溜め込んでた姉上様を慮って私はさっき無理に帰宅させたの見てたよね。残る十剣鬼は私を含めて六人だけ。もしかして算数は苦手? 新年度でただでさえ剣武会は忙しいのに、昨日の後処理や辻斬り騒ぎでてんてこ舞いなんだよ。人手が欲しいから美夜日ちゃんを臨時調査員に任命したのに、少ない十剣鬼の中からひとりを貸し出せって言うの?」
『「うん、そーだけど」』
まくし立てるらみるちゃんに対し、ハクが私の口調を真似て簡単に言う。めっちゃ棒読み。
『「だって私新入生でしょー。この学園って超広いしー、まだどこになにがあるのか分かんないことも多いしー、辻斬り恐いしー、学園に詳しい腕の立つ十剣鬼の先輩がいてくれたら安心かなって思ったんだけどー」』
ピクピク、今度は二回らみるちゃんの眉が動いた。うん、気持ちは分かる。私もなんかムカつくし、この喋り方。
「『便宜図ってやりなさいって言われてたよね。なのにらみるちゃんったら非協力的だったーって明日姉上様に言いつけちゃうぞー♡』」
ビキビキッと青筋がこめかみに浮き上がるのを私は確かに見た。
ちょっとハク、これ以上私の口使ってキモい喋り方すんのやめて! あんただって充分他人を煽ってんじゃない!
バキンッ!
銀線が走った。
らみるちゃんの前にあった長机がいきなり真っ二つになり、派手な音を立ててひっくり返った。長机は一瞬にして長机だった物に早変わりする。
「ひっ」
びっくりして思わず声が出た。
下から上に抜き払い、一刀のもとに長机を粗大ゴミ化する実力はさすが十剣鬼と言えた。
ねぇハク、らみるちゃん超怒ってんだけど。
『知るかよ。怒らせとけ』
「……ふぅー」
大きく息を吐いて目を瞑り、残心と共に納刀する。細く長く怒りを放出しているようだった。
「分かった。今から呼ぶから」
スマホを取り出す。声が今まで聞いたこともないほど冷たい。
「言ったのは美夜日ちゃんだからね。後悔しても知らないから。私たちでも持て余し気味の人なんだから」
「え、それってどういう……」
尋ねようとした私を無視してらみるちゃんは誰かに電話を掛けた。
「もしもし、らみるです。剣武会執行室まで大至急お願いします」
私とらみるちゃんの間に気まずい沈黙が落ちた。
最初に出会った時、私はらみるちゃんと仲良くなれると思っていた。お茶会に誘われた時は純粋に嬉しかった。
こんなはずじゃなかったのにな。
しかし私の感傷も沈黙も一分も経たずにあっさり破られた。
遠くからドドドドドっと激しい靴音がこの部屋目がけて近付いてくる
「なになになに?!」
「三年椿組所属、神楽木桃さん。全学年それぞれに落ちこぼれ学級はあるけれど、三年生の椿組は少し違う。椿は時期を過ぎるとボタリと花が落ちる様から、首が落ちると言われて武士の文化では縁起が悪いとされてるの。桃さんはそんな忌み嫌われる学級の人間で唯ひとり十剣鬼にまで登り詰めた人。二つ名はその荒れた禍々しい剣筋から《凶剣》と呼ばれてる」
激しい音と共に扉が開かれた。
「来たぜ、らみる!」
刀を担ぐようにして現れた女子が八重歯を光らせて笑った。ろくに手入れされてなさそうな長い髪がバサリと背中で揺れる。顔には誰にやられたものか、顎と右頬に大きな刀傷があった。
野生の狼。
神楽木桃の第一印象はまさにそれだった。
「あん、とーこはいねぇのかよ」
部屋の中を見回し、踵を履きつぶした上靴をペタペタ言わせて《凶剣》桃が入ってくる。あんな状態の上靴でもの凄い音を響かせて走って来たのか。
「ん」
鋭い瞳が私の所で止まった。
「らみる。なんだこいつは?」
「一年玻璃組の朝岡美夜日さんです。辻斬り調査の協力をしてくれることになりました。桃さんは彼女に同行して辻斬り犯特定のための調査を一緒に行って下さい」
《凶剣》桃は筵に座っている私につかつかと歩み寄り、ジロジロと不躾な視線をあらゆる角度から投げかけた。
「嫌だ」
「なぜですか」
「理由は簡単だ」
ずいっとこっちに顔を近付ける。
「こいつが弱そうだからだ」
ニヤリと口元を小馬鹿にしたように大きく歪めた。初対面なのにずい分と無礼な人だ。
「木南さんと郁美さんを負かしてますよ」
「アタシが弱そうって言ったら弱いんだよ。事実は関係ねぇ」
なんだそれは。
いや、そもそもなんなのこの頭悪そうな人。
「あん、お前今アタシのこと頭悪そうって思わなかったか」
え、なに、ハクかあんた。なんで考えてること分かんのよ。
「ちょっとらみるちゃん、大丈夫なのこの人」
「んー、あんまり大丈夫じゃないかな。桃さんが暴れると処理班が泣くってのがお決まりになってるし」
「感動の涙だ、あれは」
「そんなわけないじゃないですか」
「要するに超危ない人ってことじゃん」
この人が辻斬り犯なんじゃないの。
「てめぇ、今アタシこそが辻斬り犯なんじゃないかって思っただろ」
だからなんで分かんの?!
「いいか、アタシは剣を振るうのが好きだ。血を見るのも好きだ」
やっぱり危ない人なんじゃん。
「だがな、弱い奴を斬る趣味はねぇ。ひよっ子の一年なんか特にな。だから今のは聞かなかったことにしてやる」
聞かなかったことにって、こっちは何にも言ってないんだけど。
「おい、らみる! もう行ってもいいか!」
「ダメです。姉上様の指示です」
「ちっ」
『「おい」』
え、ちょっとハク。何勝手に喋ってんの。
『「ひよっ子の一年てのは誰のことだ? 斬られた奴らか? 俺様がそいつらと一緒だとでも?」』
「あぁん?」
『「さっきのセリフ、弱いから見逃してやるって意味で俺様に言ったのか?」』
「はっ、分からねぇならもう一度言い方を変えて言ってやるよ。雑魚」
私は刀を掴んでゆっくりと筵の上に膝立ちになる。ハクがいつの間にか私の身体を操っていた。
『美夜日のアホ面を弱そう呼ばわりされんのは当然としても……』
やめなって、ハク。話が滅茶苦茶になるって!
『「《凶剣》って言ったか? バタバタ走るわ、キャンキャン吠えるわ、うるさいったらねぇな。今から『剣』の字の代わりに『犬』の字を当てろよ」』
「はん。何がそんなに気に入らねぇ、お雑魚ちゃん」
『美夜日よ、俺様が一番嫌いなことを教えてやる。それはな』
あ、ダメだ。これ止まんないやつだ。
「『弱い者扱いされることだ!』」
私はひとりで心の中で唱える。
剣閃抜刀、――不退転。




