第三話
その場には私と刀(真剣)と、スクバなどとは死んでも呼びたくない鞄が残された。
あれ以上車内にいたら頭がおかしくなりそうだった。
だけど外に出たからって、問題は何も解決していない。
辺りを見回してみるが、始業時間が迫っているせいか辺りは静まり返り人っ子ひとりいない。
とりあえず鞄を背負うと、刀は隠すように胸の前で抱え込む。
左手には学校敷地内を示す高い塀が延々と続いていた。
「いったいなにがどーなってんのよ」
私は車内で見たナビを思い出した。
自車のマーカーが指していたのは、昨日私が入学した私立カトリアーデ高校がある場所に間違いなかった。
しかしそこにあるはずの校名はなく、厳めしい士峰館学園の文字。
もしかしてお母さんが私の知らない所で勝手に士峰館学園とやらに転校手続きをしてしまったのかとも思っていたが、同じ立地でナビの名前が変わっているのは説明がつかない。
私が巻き込まれているのはどうやら単純で簡単な話ではなさそうだ。
「どこの世界に真剣持って登校する学校があるってのよぉ。もうこのままサボろうかな」
なにがどうなっているのか知りたい反面、知るのも恐い。遅刻したら死ぬという言葉は特大に気にかかる。
「あ、そうだ」
私は袖のポケット(袂というらしい)からスマホを取り出した。
これが悪い夢や冗談、あるいは何かの陰謀なら、昨日知り合ったクラスメイトたちはどうなっているのか。
画面をタップすると、ちゃんと昨日交換した数人分のクラスメイトのアカウントが登録されていた。
「やっぱり夢じゃない。もう、ほんとにどういうことなの。って、あ、やばい」
始業時間が刻一刻と迫っていた。
とにかく行くしかない。
私は校門へ向かうべく、少し先で折れている角を左へ曲がった。
昨日と同じ場所、そこに校門は確かにあった。
けれど、それは私の知っている校門ではなかった。
「武家屋敷か!」
思わずツッコむ。
昨日入学式に出た時には、確かここに石造りのアーチがあり、西洋風デザインの金属製の門が嵌まっていた。
それが全く違った物に作り変わっている。
観音開きの木製の門は内側に大きく開き、上には左右に広がった瓦屋根が乗っている。
時代劇で見るようなやつだ。
あとで調べたところによると薬医門というらしい。
「市の文化財とかに指定されるやつじゃん、これ。綺麗だよ、美しいよ。でも私の求めてるキラキラとは違うんだよぉ」
パシャッ。
でも気付けばスマホを横にして写真を撮っていた。明らかな異常事態なのに性には勝てないのがある意味悲しい。
開かれた門の中央には大きく『校門一礼』と書かれた看板が立っていた。
誰かが見ているわけでもなかったが、一応そこはきちっと頭を下げた。
とにかく行くしかない。
もう一度心の中でそう呟く。
幸いなことに門の先、新緑に囲まれて緩やかに上っていく坂道は昨日と変わらず同じだ。そこに少しだけほっとする。
これ以上おかしなことが起きませんよーに。
そう願いを込めて私は一歩を踏み出した。
「え、なに?」
敷地内に足を踏み入れた途端、周りの空気が一変した。
何がどう変わったのか説明しろと言われたら難しい。けれど、確かに何かが変わったのが私には分かった。
「新入生の方ですか?」
突然の呼び掛けに声のした方を見ると、すぐそばに私と同じ制服を着たひとりの女子生徒が立っていた。
さっきまで、誰の気配もなかったはずなのに……。
ふわっとした長い髪に大きな瞳、口元には柔らかな笑みを湛えている。
格好は私と同じなのに醸し出す空気がまるで違う。大人の女性の空気とでも言えばいいだろうか。
「入学早々始業時間ギリギリとはあまり感心しませんね」
「あ、その、すみません」
「でも、先ほどの一礼は悪くなかったですよ」
ニコッと笑みを深める。少女漫画なら周りにお花が咲くようなそんな柔らかさと明るさ、華やかさがあった。
「え、えっとあなたは」
「あら、すみません。名乗りもせずに失礼でしたね。私は三年の天空寺せつなと申します。お見知りおきを」
すっと体の前で両手を合わせ礼をする。
「あ、一年の朝岡美夜日です」
真似をして礼をする。
「ふふ、朝岡さん。髪にゴミが付いていてよ」
お人形の様なニキビひとつない顔が私へと近付いた。
白くて細い指が私の髪に伸び、ゴミをつまみ上げる。その優雅で繊細な動きにきゅんっと胸が一瞬で高鳴った。
「それと」
すっと私の手から刀を取り上げると、さらにこちらの懐深くへ踏み込んでくる。
「え、え?」
手に取った刀を私の腰の帯に優しく差し込んだ。
お互いの体が密着するほどの距離。ふわりといい香りがした。
柄の向きや角度が整えられ、最後にぽんと軽く腰が叩かれる。
「これでよし。身だしなみはきちんとね。では失礼します。機会があればまたお会いしましょう。左様なら」
翻り去って行く所作もまた美しい。思わず見とれそうになる。
カチャ、カチャ。
一歩遠ざかるたびに微かに音が鳴る。
彼女の腰にもまた、刀が差し込まれていたのだが、異物と感じさせないくらいそれは体の一部となっていた。
まったく優雅さを損なっていない。
小さくなる背中に向かって私は小さく呟いた。
「……キラキラってこういう方向性もあり?」




