第二話
「ぎゃー! やめてー!!」
着ていたパジャマをお母さんは引っぺがすと、手際がいいなんてもんじゃないほどの早業で、あっさりと私に士峰館学園だかのセーラー服を着せてしまった。
背中側のセーラーカラーの真ん中には校章らしい二本の交差する剣が丸で囲まれている。
これじゃ家紋だよ。
「もう朝ご飯食べてる時間はないわね。今日は車で送ってあげるから急ぎなさい」
「いーやーだー!」
いったい小柄なお母さんのどこにそんな力があるのか、抵抗も虚しく私は家の外に引き出され、ガレージまで連れて行かれた。
お母さんは無視して目の前に止まっている赤い車のドアロックを解除する。
「え、なにこの車。いつ買い換えたの」
「何言ってるの、ずっとうちの車はこれでしょ。三菱ランサーエボリューション。槍騎兵って意味が入ったランエボがいいってあなたが駄々こねたからこれにしたんじゃないの」
「ひとっことも言ってないよランエボがいいなんて! うちの車はもっとかわいい色した軽自動車だったよ!」
「前の車はホンダのスパーダ(剣)でしょ。変な子ねぇ」
「あー、もうヤダこのやりとり!」
グシャグシャと頭を掻き毟りたい衝動に襲われる。
「はいはい、いいから早く乗りなさい」
「ちっともよくないよ!」
有無を言わせず助手席にポイっとゴミ出しのゴミ袋のように放り込まれた。
「ちょっと!」
降りる間もなくお母さんが運転席に滑り込み、逃がすかとばかりにドアロックがかかる。
「飛ばすからしっかりシートベルト締めるのよ」
言い終わるやいなやエンジンが唸りを上げる。
慌ててシートベルトをすると、勢いよく車体は公道へと乗り出した。
「あ、安全運転でお願い」
今のお母さんなら滅茶苦茶な運転で人を轢き殺しかねない。
なんたって腰に凶器(狂気とも言う)を差しているのだから。
「こう見えてずっと無事故無違反よ。安心しなさい」
「例え無事故無違反でも車内に刀を積んで走るのは別の問題があると思う」
銃刀法違反? 凶器(狂気)準備集合罪?
私の言葉を無視してお母さんはランエボのスピードをぐんぐん上げていく。さらには前を走る車をガンガン追い越していく。それも楽しそうに鼻歌なんか歌いながら。
なんだっけ、この歌。
「あ」
わかった途端ランエボから飛び降りたくなった。
「『ぶっ飛ばして心中しよう』、じゃないよ!」と叫びたかったが、もう私の口からは何の言葉も出なかった。余計なことを口走ると藪蛇になりそうで怖い。
ああ、それにしてもなんでこんなことに。
窓ガラスに映る肩より少し長い私の髪はひどくボサボサだ。
慌てて出て来たのだから仕方ない。
睫毛が長い自慢の大きな目も今は死んだ魚のようにくすんでいる。
ヘアスタイルもメイクもこれから気合い入れてうんと頑張ろうと思っていたのに、私の青春キラキラJKライフはいったいどこへ向かうんだろう。
「髪ぐらい梳かしたら?」
エプロンのポケットから櫛を取り出し渡してくる。なんだか腹立たしくて、櫛を受け取ると、ガシガシと乱暴に髪を梳かす。
「もっと丁寧に梳かしたらどう?」
私は無視して尋ねた。
「ねぇ、お母さん。もっかい改めて聞くけどさ」
「なぁに」
「ほんとにこれ持ってくの?」
「これ?」
私は膝の刀に視線を落とした。
「魂って言ったでしょ」
「だから意味が……」
「不帯刀は校則違反よ」
「えっと、その、死ぬ……んだっけ?」
「死ぬわねぇ、最悪」
死ぬんだ。やっぱ。
ランエボは見る間に市街地を走り抜け、しばらく車内にはお母さんの鼻歌だけが響いた。今度は「高速の旅は一瞬のスパーク」とかなんとか。
そんな何故か上機嫌のお母さんを隣に、何気なくナビの地図を見ていた私は、あることに気がついた。
え、これって……。
「さぁ、もうすぐそこよ。
少し手前で停めるから、明日からはちゃんと起きて自分で行かなきゃダメよ。あ、後ろの席に鞄あるから、忘れないようにね」
私は後部座席を振り返った。そこにはドスンと擬音が付きそうな、黒くて大きなめっちゃ存在感のある鞄が置かれていた。
「え、なにこれ、ほぼ剣道部の防具入れじゃん! ダッサ! 超ダッサ!」
「指定鞄なんだから文句言っても仕方ないでしょ」
「スクバくらいかわいいのでもいいじゃん!」
キイィィ!
がくんっと車体が揺れて前につんのめる。シートベルトが上半身に食い込んだ。
「ちょっと、お母さ」
急ブレーキに文句を言おうと運転席を見た。
「うふふ、ちょっと強くブレーキかけ過ぎちゃった。ごめんなさい」
顔にはあの鋼鉄の笑み。いつ腰に差した凶器(狂気)に手がかかるかもと考えたら、自然に身体が動いていた。
「行って来ます!」
私は瞬時にシートベルトを外して鞄を引っ張り出すと、ランエボから飛び下りた。
「はい、行ってらっしゃい」
ヒラヒラと手を振る。
「がんばってね、美夜日ちゃん。あ、それと言い忘れてたけどその刀」
バムッ。
もう何も聞きたくなくて力一杯ドアを閉める。
ドアガラス越しに見るお母さんは、「ま、いっか」とでも言うようにプップと二回軽くクラクションを鳴らした。
次の瞬間には、ランエボはけたたましいスキール音を響かせてUターンすると、その場を猛スピードで走り去って行った。




