第一話
お読みいただきありがとうございます!本作は全56話完結済みですので、最後まで安心してお付き合いください。毎日21時頃更新予定です。
「剣閃抜刀、ーー不退転!」
二つの鋼が目の前の空中でかち合った。
激しく火花を散らし、甲高い音は春の抜ける様な青空へ高々と吸い込まれてゆく。
銀色の鋼の棒を持った二人の人間が、右へ左へと目にも止まらない早さで動き回っては、二つの鋼をぶつけ合う。
「やめて!」
私はそう叫びたかった。けれど言葉は声にならず、その光景に全く動けないまま、ただ成り行きを見守るしかなかった。
やがて、何回目かの打ち合いの後、片方の体勢が大きく崩れた。
あっと思った時にはもう遅かった。
銀色の線を引いた鋼が、正確に振り下ろされた。
◆
「やばー、変な夢見たせいで寝坊した。お母さーん、壁に掛けてた制服がないんだけど! 私の青春キラキラJKライフがピンチだよ。せっかく友達も出来たのに入学二日目から遅刻とか洒落になんないよ!」
バタバタとリビングに駆け込むと、キッチンで忙しく動き回るお母さんの姿が目に入った。
「……は?」
なぜかお母さんは帯刀していた。
物騒としか言いようのない異物をエプロンの脇にねじ込んでフライパンを振っている。
「おはよう、美夜日ちゃん。話があるからちょっとこっちへいらっしゃい」
「はへ? なにその腰のやつ。いい歳して朝からなにやってんの」
お母さんは無言でコンロのガスを止めると、隣の和室へ移動した。
仕方なく私もついていく。
まったく話が見えない。
お母さんは和室の中央にスッと背筋を伸ばして正座し、私を真っ直ぐに見つめた。
その無駄のない所作と目つきに私は危険を感じ取る。
あ、これ怒られるやつだ。
「ここへ座りなさい」
「あ、はぁい」
仕方なくお母さんの前に正座するものの、頭は必死で昨日の行動を思い返していた。
いったいなにをやらかしたっけ。
えーと、昨日昨日……。
必死で寝起きの頭をフル回転させてみるが思い当たるものがひとつもない。
そんな私の前にお母さんはどこから取り出したのか、古めかしい紫色をした風呂敷包みを置いた。
「あなたの制服よ」
言ってぱさりとそれを開く。
出て来たのは綺麗に折り畳まれた一着のセーラー服。
その場に広げてみせる。
それは和服とセーラー服を融合させたような奇妙なデザインだった。
「え、待って。意味分かんないんだけど。私の制服普通のブレザーだったよね。これ和服? 前側、合わせっていうんだっけ。しかもこのでっかいムササビみたいな袖はなに。スカートなんてもう袴じゃん。膝出そうと思ったら何回折らなきゃなんないわけ。三十回とか?
そんな折ったら腰死ぬって。ウケる」
笑いながら顔を上げたが、お母さんの方は少しも笑っていなかった。
「これが生徒手帳。そしてもうひとつ、あなたの――魂よ」
背中側に手を回し、置かれていた何かを掴むとこちらへ差し出した。
黒光りする鞘に収められた日本刀だった。
「え、えーっと……」
有無を言わせぬ眼力に、捧げ持つように刀を受け取ると、想像以上の重みにガクンと腕が沈んだ。掌にひんやりとした冷たさが広がる。
さすがにこれ以上はキャパオーバーだ。付き合ってられない。
「ちょっともうそろそろいい加減にしてよ。この冗談全然面白くないよ、遅刻しちゃうってば! 私が通うのは自由な校風が売りの私立カトリアーデ高校だよ!」
「よく生徒手帳を見なさい」
差し出された生徒手帳の表には、力強い金色の毛筆体でこう記されていた。
私立士峰館学園女子高等部。
……どこそれ。
なんて読むの? シホウカン? 聞いたこともないんだけど。
慌てて中を開くと私の生年月日と顔写真が貼られ、朝岡美夜日の名が記されている。
「ちょ、ちょっと、私こんな学校受験した覚え一ミリもないよ。今日の放課後、みんなでスタバ行く約束したんだから。こんなイモい制服で変な名前の学校行くわけないじゃん。さっさと私のチェックのスカートとブレザー返してよ、あとリボンとブラウスも!」
「そんなものはありません」
ぴしゃりと言い放つ。取りつく島もない。
「あなたの学業にはもはや『ブレザー』なんていう浮ついた南蛮由来の制服は必要ないのよ、美夜日ちゃん。――さぁ、いいから早く準備しなさい」
いいわけあるか。
なによ、南蛮由来の制服って。
私はカトリアーデの校風や制服に憧れて受験を頑張ったんだ。
こんないかつい名前をしたわけ分かんない学校に通うためじゃ決してない。
「昨日それ着て行ったんだからないはずないでしょ。何が魂よ、こんなおもちゃ……」
ヤケクソで柄を握り、刀身を引き出してみた。
わずかに姿を見せた刃はギラリとした鈍い銀色の輝きを放ち、一度も刀を見たことのない私にもひと目で分かる。
……本物だ。
モノホンの真剣だよ。
マジってルビ振るやつだよこれ!
こんなん持って昨日出来た友達の前に現れたらみんなドン引きだよ。
スマホで写真撮る前に通報されるわ。青春キラキラJKライフどころか前科者だよ。
待って待って。ほんと全っ然意味分かんない。
私まだ寝てる? 夢見てんの? いったいなにがどーなってんの、ねぇ?!
パニックを起こしそうになっている私にお母さんが告げる。
まるで判決を告げる裁判官のように。
「ないものはないのよ。それより美夜日ちゃん、早く着替えないと遅刻したらまずいわよ」
「まずいって、なにが。廊下に立たされるとか? それとも反省文書かされる?」
私の問いにお母さんはにっこりと微笑んだ。
いつもと変わらない優しい笑顔。
二人でよく行く韓国料理屋さんで、大好きなチーズタッカルビを食べている時に見せるのと何ら変わらない。
だから私はほんの少しだけ胸を撫で下ろした。
なんだ、やっぱりみんな冗談――。
「死ぬわよ」
「……え?」
「遅刻したら死ぬわよ。当然でしょう?」
お母さんの笑顔は鋼鉄のように少しも崩れなかった。
当然、『当然』なわけがない。




