第二十八話
「実は入学式のあった日とその翌日、この学園内で謎の辻斬り事件が起きているの。学園敷地内なのに辻って言い方も変だけど」
「辻斬り? そんなの聞いてないんだけど」
あの情報通のスズちゃんも何も言っていなかった。
「剣武会で情報統制してるからね。でも、いつまでも隠してはおけないと思う。もうすでにちらほら噂になり始めてるから」
らみるちゃんは手元に書類を出して、そこに目を落とした。
「斬られた人間は今のところ全部で五人。ここ数日被害者は出ていないけど、今後また発生しないとも限らない。犯人は捕まっていないわけだからね」
五人も。しかもまだ続くかもしれないだなんて。
「もしかしてその辻斬り犯を私に探せ、とか?」
「話が早くて助かるなぁ」
にっこりと笑うらみるちゃん。
「ちょっと待ってよ。それって本来剣武会の仕事でしょ。そんな危ない奴の調査を私にさせるってどうなの」
「あ、嫌なの? ふーん、嫌なんだ」
「えぇーっと、嫌とかじゃなくて、ですね。どういうことなのかと疑問に思った次第でして、はい」
『弱ぇなぁ』
うるさいよ。
「当然剣武会の仕事だ。だが、それを朝岡、貴様が邪魔をしたんだぞ」
厳しい声で《小次郎》永久子が告げる。
「私が? 言いがかりはやめてよ」
「言いがかりなものか。まず第一の事件は入学式当日の夕刻以降に起きた。被害者は一年瑪瑙組の者が一名、翡翠組が一名、琥珀組が一名の計三名だ」
「入学式の日だけで三人も?!」
「そうだ。入学式に登校している者は少ない。当然我々はまず一年生の中に犯人がいるのではと考えた」
二人の話では二年生と三年生の大部分は式典には参加しておらず、新一年生以外で参加していたのは剣武会所属の一部の二年と三年のみだったという。
私はその時はまだカトリアーデ高校の世界線にいたから知る由もないが、在校生の出席者の構成は恐らくそんなに変わらないだろう。
「一年生を疑ったのは一番人数が多いから? でもそれだけで他の学年は容疑から外しちゃっていいの?」
「出席予定のない人間が登校していたらそれだけで目立つからね。それに一年生以外が全員容疑の対象外ってわけじゃないよ。私たちだって例外じゃない。でも調査を進めようと思ったら、ある程度は見込みで動かないと何も出来ないでしょ」
まぁ確かに在校剣徒数百人全員を呼び出してひとりずつ尋問するわけにもいかないってのは分かる。
「もちろん貴様の言うように入学式当日は一年生の人数が一番多いのはある。確率論で言えばその中に犯人がいる可能性は高いわけだからな。だが、それとは別にもうひとつ理由がある。高等部に入った途端腕試しをしたくなる輩が、この時期には必ず一定数現れるからだ。内部進学組にも、外部入学組にも例外なくな。我々剣武会や周囲へ自己の強さを見せつける意味があるようだ。私が一年の頃にも、二年の頃にもやはり複数の事例が報告されている」
なるほど、アピールってわけだ。
「大体は皆ある程度の節度をもってそうするものなのだが、さすがに入学式当日の辻斬りなどという話はこれまで聞いたことがない。緊急の剣武会会議が開かれ、このような不埒な輩は素行の悪い落ちこぼれ学級の玻璃組生の中にいるのではという意見が出た。被害者が玻璃組内にいなかったのも理由のひとつだ」
あの、私もその落ちこぼれ学級所属なんですけど。
「あ、もしかして翌日朝に木南ちゃんがやって来たのって」
「そうだ。もし玻璃組生に辻斬り犯がいた場合、その者への牽制になると考え、木南に抜き打ち刀剣検査に赴かせた」
あの時確かスズちゃんやクラスメイトたちがこんな時期におかしい、誰かが密告したんじゃ、みたいなことを言っていた。あのイレギュラーは前日に辻斬り事件が起きていたからだったんだ。
「でも、美夜日ちゃんがその木南さんを倒しちゃった」
あ。
「そのせいで木南さんは自分の無力を恥じて十剣鬼を辞して山籠もりしちゃうし、こっちの計画は丸潰れになるし散々だよ」
はぁとため息を吐くらみるちゃん。
「朝岡、お前が辻斬り犯ではという意見も出たのだぞ」
「ウソっ?!」
「被害者は三人とも一刀のもとに斬り伏せられていた。十剣鬼の第十席を倒せるほどの実力があるならそれくらいは容易いだろう」
にやりと《小次郎》永久子が笑う。
「ちょっと待ってよ」
「犯行の場所は校舎裏や学園西側に広がる林の中など様々だった。なぜ被害者たち新入生がそれぞれひとりでそんな場所にいたかは分かっていないけど、辻斬り犯が相当な腕前なのは間違いないって意見で剣武会内では一致してる」
らみるちゃんの補足を受けて、《小次郎》永久子が続ける。
「だが貴様は木南の命を奪わず、続けて現れた渡会遥乃も斬らなかった。二日目の放課後にも二件辻斬りが行われていたことも考え合わせれば、貴様が犯人だとしたらあまりにも真意が掴めない。この学園に在籍する剣徒なら、誰もが剣武会十剣鬼の椅子は喉から手が出るほど欲しいはず。そのために自己の武力を示しているとしたら、辻斬りに続いて木南も渡会も斬っていいはずだ。辻斬りではなく剣闘による相手の殺害は誰からの咎めも受けないのだからな」
そっか。入学式の三件の辻斬りのあと、木南ちゃんを私は倒した。その後第二の辻斬りが二件起こり、翌朝遥乃がやってきてこれも私は倒した。でも、私は二人を斬らなかった。辻斬り犯とは犯人像が違うと言いたいのだ。
らみるちゃんが続ける。
「剣武会十剣鬼の椅子を手に入れるのが美夜日ちゃんの目的なのか、私たちは推し量る必要があった」
「もしかして昨日のお茶会って」
《小次郎》永久子がこっくりと頷く。
「呼び出して十剣鬼の椅子をちらつかせ、乗ってくるようならクロ確定。有無を言わせず斬るつもりだった」
いやいや、乗らなかったのに斬ろうとしたでしょ、あんたは。
『それはお前が煽り倒した挙げ句、鼻水付き羽織をなすりつけるからだろ』
そーだけど、そんな裏があるなんてこっちもしらないじゃん。
「待ってよ。辻斬り犯と私は犯人像が合わないわけでしょ。なのに十剣鬼の椅子を欲しがった時点でクロ確定なの?! 辻斬りはしてないけど剣武会の椅子は欲しいって場合もあるじゃん」
「色々説明のつかない点はあるけど面倒だから後から考えようってなってたの。まぁぶっちゃけ美夜日ちゃんを斬って辻斬りが収まればそれでいいわけだし。あ、やっぱ犯人だったんだー、ちゃんちゃん、てね。違ってたらまた一からか、めんどいなーって」
無茶苦茶だよ。考えて策謀を張り巡らせても、結局最後には脳味噌の筋肉部分が知性を打ち負かすのかあんたらは。ファミレスで会った女性警官のような人が生み出される土壌はきっとここにあるのだ。
あの人もきっと士峰館の卒業生に違いない。
「でも美夜日ちゃんは誘いに乗らなかった。屋根を壊されたり《大谷》さんが病院送りにされたのは予想外だったけど、とりあえず美夜日ちゃんは辻斬りに関してはシロってことになった」
「なら《大谷》さんとの手合わせって全くいらなかったじゃない!」
「そうだよ。だからみんな必死に止めようとしてたんだよ」
いや、止めようとしてたのは主に《大谷》VS《小次郎》に対してだったような。らみるちゃんが言ったのは茶室は不帯刀ですよとかそれくらいだ。とても『必死に』、て言うほどではなかった気がするんだけど。
そもそも私が辻斬り犯かどうかの疑惑の追及が主題のはずなのに、平気で内ゲバ始めるってどうなの。
「とにかくシロになった以上は美夜日ちゃんを斬るわけにはいかない。でも《大谷》さんからしたら美夜日ちゃんと闘う理由は木南さんや渡会さんをやられたことで充分にあるわけだから」
『要するにお前が変に煽ったりしなけりゃ、《小次郎》は怒らずお茶会は比較的穏便に終わってたってことだ』
煽って来たのは向こうが先じゃない。人を犬コロ扱いしてさぁ。
『あっちはお前が辻斬り犯か見極める必要があるからな。必要なことだったとも言える。ま、《大谷》とはどっかでぶつかる可能性は残っただろうが』
あんたはどっちの味方なのよぉ。
『当然争い事の味方だ』
あぁああー、なんてこと……。
『結果、多額の修繕費を脅しに、汚れ仕事をやらされるはめに相成ったってわけだ。クック、面白ぇ』
全く面白くない。
剣武会に完全に踊らされていたのだ。独り相撲もいいとこだ。けど、今さら私に拒否権はなかった。
こっちも犯人を捜しているってのに、剣武会でも別件の犯人を捜しているだなんて。ふたつの思惑が絡み合った結果がこれって誰が予想出来るっていうの。
「朝岡、ひとつ聞かせてくれ」
「……なに?」
はっきり言って何も答えたくない心境だ。
「貴様は何のために剣を振るっているのだ」
「え?」
「周囲に力を見せつけるためでもなければ、十剣鬼の椅子が欲しいわけでもない。ならなんのために貴様は剣を振るうのだ」
「それは……」
言えるわけない。言ったって理解して貰えるはずがない。私が元いた世界に戻りたいなんて。ただ平和に青春キラキラJKライフを送りたいだけだなんて。
「ふっ、まぁいい。とにかくやることはひとつだ。辻斬り犯を見つけ出せ。いいな!」
「……御意」
なぜか私はヘンテコな返事をして頭を下げたのだった。




