第二十五話
「うん、分かった。今すぐ買ってくるね、お姉ちゃん☆」
「え、いや、別にそういうわけじゃ」
「《MOJOR》をものともしないなんてさっすがー☆」
止める間もなくすたたたたと痛むはずの身体で走り去ってゆく遥乃。
『美夜日よ、気づいてるか』
なにを?
『朝、お前は渡会と剣闘して、結果あいつを舎弟にしただろ』
舎弟って、あんたね。でもまぁ、うん。
『あいつが来てくれなけりゃ、お前茶室で終わってたかもしれないんだぜ』
あ。
『運命変えてやるって言ってたよな。充分変えてるじゃねぇかよ』
ハクの言う通りだった。
「ちょっと待って、遥乃!」
ハクの言葉を受けて私は走って行く遥乃を呼び止めた。
不思議そうに遥乃が立ち止まってこっちを振り返る。残る力を振り絞り彼女の元へ行く。
「刀抜いて」
「お姉ちゃん?」
「いいから。ちょっと斜めに構えて」
よく分からないという顔をしながらも刀を抜く遥乃。私も刀を構えてスマホを出す。カメラモードに切り替える。
「これが義理姉妹の契りだよ」
カチンと刀身を合わせてVの字を作る。
「真剣で作るピースサインだからマジピース。マジピっての。うちのクラスで流行ってるやつ」
「うぅ、姉上様、拙身感涙の至り……!」
「戻ってる戻ってる」
「はっ」
「ほら、笑いなって」
スマホを構える。
「いくよ。はい、マジピ~」
パシャ。
「あはは、結構いいんじゃない」
スマホ画面の私たちは遥乃の使った粉塵や、闘いの汚れでずい分くたびれていた。髪もばさばさだ。だけど笑顔だけは誰にも負けていなかった。
「その、ごめん。遥乃」
唐突な私の謝罪に遥乃がきょとんとする。
「え、なにが。あ、朝斬られたこの髪のこと? これはもともと木南に強要されてた髪型だからお姉ちゃんは気にしないで」
右一本だけになったお下げを触って笑う。そういえばスズちゃんがいい美容室知ってるって言ってた。今度一緒に連れて行って貰おう。
「それもあるけど。そうじゃなくて」
「なに?」
「さっき遥乃がやって来た時、《大谷》さんに加勢するんじゃないかって一瞬思っちゃった」
「私が木南の妹で、《大谷》さんは木南の姉上様だったから?」
私は頷く。
わざわざ口に出すことじゃなかったかもしれない。ただ遥乃を不快にするだけ、自分の罪悪感を吐き出したいだけ、そんな気もした。でも、この子にちゃんと謝って、ちゃんとお礼を言わなきゃいけない、そう思った。
「助けて貰った時にも言ったけど、やっぱもう一度言わせて。あの時来てくれて本当に助かった。ありがとう」
だって、この子を変えたのは私で、その変えたこの子が助けに来てくれなかったらハクの言う通り、恐らく私は……。
「剣裁による決定はそんな軽いもんじゃないよ。だから謝罪もお礼も必要ない。だって私たちは姉妹なんだから」
ふふっと遥乃が笑った。
「だから木南との姉妹は終い! なんてね☆」
「いや、それはつまんない」
「殺生な!」
「戻ってる戻ってる」
「じゃあお姉ちゃん、今度こそ『Seventeen』買いに行ってくるね☆」
「いや、あれは言葉のアヤっていうか」
『行かせてやれよ。お前のためになんかしてぇんだろ』
身体の痛みを忘れたのか、遥乃は飛ぶようにその場を走り去って行った。
「あはは、なにこれ」
遥乃の背中を見送りながら、私は不思議な気持ちに包まれていた。
やがて、今頃になって騒ぎを聞きつけたらしい女子たちが剣徒会館周辺に群がり出していた。
「あっ、そうだハク」
『どうしたよ』
「今思いだしたんだけどさ」
『なにをだ』
「ほら、《大谷》いくみんの声。どっかで聞いたことあるような気がしたって言ったでしょ」
『もしかして、入学式の時か! なら犯人は『大谷』だったってことか!』
勢い込んでハクが言う。
「あ、違う違う。そうじゃなくって」
『じゃあなんだよ』
「《大谷》いくみんの声ってさ、日高のり子の声に似てない? 高本《大谷》郁美 CV:日高のり子、なんつって」
『………』
「あいつ自身が南ちゃんじゃーん、とか言ったりなんかして。……ってハク、聞いてる?」
『知るかボケェ! さっきも言ったがてめぇの方がエリよりよっぽどオタクだからな、他人のことオタクだとか言えねぇからな。よっく覚えとけこのアホ面! 俺様がせっかく遥乃のとこでいい感じに締めようとしてただろうが!』
「ちょっとなによ、人のことアホ面アホ面言い過ぎじゃないの」
『言い過ぎなもんかよ。だが、お前のアホ面は有り難いことにここにいる皆さんが覚えててくれるだろうからよ。安心しろ。そんで死んだら遺影にでも使って貰え』
「はぁ? なによそれ、どういう意味よ」
パシャパシャとスマホのシャッター音が、私に向けて無情にも鳴り響く。
「あっ」
剣武会十剣鬼の第十席と第六席を倒した私を、周りが放っておくわけがなかった。
そう、ここはこういう環境だった。
さっきの遥乃とのJKらしいやりとりにほっこりとした気持ちはどこへやら。
いや、ぶち壊しにしたのは私の不用意なひと言だけどさ。それにしたって……。
今さらだけど本格的に泣きたくなってきた。
大きく息を吸い込む。そうしないと本当に涙が出て来そうだった。
ねぇ、ハク。ちょっと叫んでいい?
『好きにしろよ』
私は大声で叫んだ。
「もう一平一平よーー!」
例の巨額横領事件に掛けた私の渾身の叫び。しかし誰の耳にもそれは届くことなく、夕焼け空に吸い込まれ、やがて消えていった。
みんなスマホで写真を撮るのに夢中で、私の心情など慮ってはくれないのだ。
『一杯一杯と一平一平を掛けてるわけな』
「解説すんな」
『渡会のクソつまんねぇ駄洒落よりマシじゃねぇか。さすが姉上様は腕前が違いますな』
耳のない奴にだけは届いていて、なんの慰めにもならない嫌味をのたまうのだった。




