第二十二話
声と同時に私の左腕に対する圧力が中断された。全員で声のした方を見た。
「……何の真似だ、郁美」
鋭い《小次郎》永久子の視線の先には《大谷》いくみんがいた。
いつの間にか立ち上がっていて、どこから取り出したのか、野球のボールを人差し指の先で器用にクルクルと回転させていた。
唐突に天井近くまでそのボールを跳ね上げた。全員の視線がそれを追う。
パシンッと空中で掴むと、《小次郎》永久子に見ろといわんばかりに突きつける。よく分かんないけど、助けてくれるなら何だっていい。
「美夜日ちゃんを放しなよ、とーこ。この距離から僕の一六五キロの剛速球を喰らいたくなかったらね。いくらとーこでもこの距離からその体勢じゃかわせないよ」
「……朝岡の肩を持つ気か、郁美」
「あっはは、美夜日ちゃんの肩を持ってるのはとーこの方だろ」
はい、思いっきり肩持たれてます(物理)。それも逆間接に。
見えないけど、私の頭の上で《小次郎》永久子がピキピキと青筋を立てるのが手に取るように分かった。もしかしたらそこから二本の角も突き出していたかも知れない。
「はぐらかすな」
「順番の話さ」
「順番だと?」
「そうさ、僕は妹の木南をやられてるんだ。さらにその妹の渡会ちゃんもね。美夜日ちゃんとやるのは誰がなんと言おうと僕が先だ。だからここでとーこに壊されちゃ困るんだよ。我が《大谷》一家の面子が掛かってる」
私は愕然とする。まったく私を助けようとかそいういう話じゃなかった。むしろ自分のことしか考えてない。
カエルのように畳に突っ伏する私を差し置いて、本日最大の剣気と殺気をぶつけ合う二人。どう転んでも(すでに転ばされてるけど)私が無事で済む保証ないんですけどっ!
「ちょっとお二人とも、落ち着いて下さい」
「そだよー、上級生二人がみっともないったらないよ。剣武会内では剣闘も私闘も禁止されてるじゃんか」
「私がお茶を点てますから、一旦落ち着きましょうよ、ねっ」
らみるちゃん、陽奈、月奈が口々に二人を諫めようとするが、空気は少っしも和らがない。馬の耳に念仏。他の十剣鬼の声など二人の耳にはピーチクパーチク小鳥の囀り程度の効果しかないみたいだった。
一触即発。
本気でヤバい。
そう思った時だった。
「お姉ちゃん、助けに来たよっ!」
またしても唐突な声がした。今度は天井の方からだ。
ガタンッと音がして天井板が私の目の前に落ちてきた。それと同時に茶室中央に何かが投げ込まれた。
なんだろう、と思う間もなかった。
次の瞬間、それはボンッと音を立てて弾け飛んでいた。
真っ白な粉塵が撒き上がり、狭い茶室内に一気に充満する。
「曲者!」
「邪魔だよ!」
「そっちがどいてよ!」
「ちょっと足踏んでます!」
「痛っ、う、ゲホゲホゲホッ!」
怒号が巻き起こった。ドッタンバッタンガッシャンと大声、悲鳴、咳が茶室を粉塵と共に満たす。
阿鼻叫喚。
左腕から《小次郎》永久子の圧力が完全に無くなった。
「こっち!」
声がしたと思ったら、白煙の中何者かのシルエットが私に近付く。その何者かは私の痛む腕を引っ張って無理やりに立たせた。
いったいどこの誰?
粉塵で目が痛くてとても開けていられないし、咳も酷くて聞くことも出来ない。
そのまま私は謎の人物に引っ張って行かれる。やがてガッシャンと思い金属音がしたかと思うと、ふわっと空気が変わったのが分かった。
痛い目を擦って開くと、剣徒会館の一階廊下。茶室の外に私はいた。
「走って!」
手を引かれたまま前を走る人物を見た。
「え、あなた渡会さん?!」
「渡会さんなんて水くさい。遥乃って呼んでよ、お姉ちゃん!」
渡会遥乃が振り返って笑った。
サバイバルゲームで使うような透明ゴーグルを上に、白い襟巻きを下にずらす。
「……キャラ変わり過ぎ。引くわ」
「そんな、あんまりなお言葉! 姉上様がそうせよと拙身に命じたのではありませぬか!」
「戻ってる戻ってる」
「はっ。メンゴメンゴ。もう、お姉ちゃんったら素直じゃないんだからー☆」
素直とかの話じゃないし。っていうかメンゴって古っ。まぁ、堅苦しい喋りよりまだこっちの方がましか。江戸時代よりは断然新しいし。
「ありがと、遥乃。めっちゃ助かった」
「うん、どういたしまして!」
それにしても。
それにしてもだ!
剣武会の奴らめ。
グスン。
「え、お姉ちゃん、泣いてるの?!」
「鼻も涙もあんたの煙幕のせいよ。あと花粉症」
でも泣きたいのは本当だった。
お茶、お菓子、マイセンのティーセット、テーブルクロス、あとなんか鳥籠みたいなやつ(忘れた)。
ああ、遠ざかる放課後ティーパーティー……。
「綺麗なお姉さまたちと優雅にお茶飲んでお菓子食べて、ロザリオを受け取ったり受け取らなかったりするのを思い描いていたのに! よっくも純真な乙女の夢をぶち壊しにしてくれたわね!」
ちくしょう、あいつら《マリみて》をバカにしやがって。
『誰も《マリみて》はバカにしてねぇだろ』
ハクのツッコミと共に私たちは剣徒会館を飛び出した。




