第二十一話
「はぁ~っ?!」
その場にいた私以外の全員が声を上げた。まったくの予想外の展開だったのだろう。
『クックック』
ハクの楽しそうな笑い声が脳内に響く。
私は顔を上げて十剣鬼の面々を見渡した。
「なにこれ、生地がゴワゴワで私のデリケートなお肌には合わないや。らみるちゃん、鼻セレブ持って来て」
「ない、そんなの! 自分が何をしたか分かってるの!」
「鼻を噛んだけど。ごめん、この時期花粉症でさ」
「そんなこと聞いてない! 鼻を噛んだそれが何か分かってるのかって聞いてるの!」
「さぁね」
クシャクシャに両手で羽織を丸める。
「漫画なら幹部勢揃いってワクワクする展開だけど、リアルでやられたらお寒いだけだね。だいたい半分しかいないって締まらないと思わないの?」
ここにいない《小次郎》以外の上位の十剣鬼たちは、いったいどこで何をしているやら。今いる五人を見回す。
「十本刀、十刃、十二鬼月に護廷十三隊……。そんで十剣鬼ね、あんたらちょっと十って漢数字好き過ぎない? 実はみんなジャンプ大好きでしょ。なんにせよ、謹んでお返ししますわ」
私は目の前の《小次郎》永久子目がけて、丸めた羽織を投げつけた。
それを神速の右腕が即座に払いのけた。
……のだが。
いや、《小次郎》永久子は十剣鬼第二席の達人。ちゃんと反応していた。だがそこはどんなに達人でも、有り難い羽織りでも、所詮は相手は布切れ。《小次郎》永久子の右腕が当たった瞬間空中でばさりと広がった。
べしゃっ。
「あっ」
全員の声が重なった。
《小次郎》永久子の頭に羽織がへばりついた。私が思いきり鼻を噛んだ部分が。
「……朝岡美夜日」
被った羽織から覗く額にピクピクと青筋を浮かべる。
「我ら剣武会に対する挑戦と受け取ったぞ」
もう後には引けない。なので敢えて強がって見せる。
「へ、へんだ。望むところよ」
だいたい犯人がいるかも知れない組織に属して、気づかない振りして過ごすなんてまっぴらだ。私の青春キラキラJKライフには、んなもん不要。
「らみる! 刀を持て!」
羽織を払いのけて叫んだ。
「姉上様、茶室は不帯刀が決まりですよ」
「構うものか!」
「見た目に似合わずすぐ熱くなるんだからなぁ、とーこは」
確かに黙ってたらクールビューティーなのに、切れ長で知的な表情をかなぐり捨て、顔を真っ赤にしている。
ダンッと《小次郎》永久子の右足が踏み込まれた。
速い!
一瞬で間合いが詰まる。
白い手が蛇のように伸びた。
私の左腕をあっという間に捕らえると、肩をもの凄い力で押さえ込まれる。
逃げる方向を読んだように、続いてしなやかな足が正座していた下半身を払った。
「わぅっ!」
ドスンッとうつ伏せに組み伏せられた。左腕はがっちり極められ、背中を膝で押さえ込まれる。
く、苦しい。
「こうして這いつくばっていると本当に犬のようだぞ」
く、悔しい。
「木南をやった程度で調子に乗っているからこうなる。同じ十剣鬼と呼ばれていても全員が同列じゃない。奴は我らの中でも最弱!」
やっぱそれ言うんだ。お約束なの?!
いや、それどころじゃない。ちょっとハク、なんとかなんないの。助けて!
『ポンコツヤクザ棒の俺様が、美夜日様を助けるなんて恐れ多い』
え、なに、あんたさっき言ったこと根に持ってんの?!
『そもそもお前が雑なジャンプ煽りするのが悪いんだろが。エリよりお前の方がよっぽどオタクじゃねぇか。しかもどれも和風な内容のやつばっかりだしよぉ』
お母さんの本棚に全部あったんだから仕方ないでしょっ。今それ言ってどうなんのよ! あ、あんたが『マリみて』知ってるのってもしかしてお母さんの……。
『うるせぇ、それどころじゃねぇだろ。だいたいなぁ、考えますとかお時間下さいとか言って、保留にするって手もあったろうがよ』
あ、そっか。でももう後の祭り。つーかそんな手があるなら先に教えなさいよ、タイミングあったでしょ!
『だから今さらだっつってんだろうがよ。この状況下で言ってどうなるよ。大体が助けようにもお前が握ってくれなきゃどうにもなんねぇよ。俺様はただの刀だからな。大人しく腕の一本もへし折られろ。死人だって生き返んだから、お前の骨もひと晩寝りゃドラクエみたいに全快すんだろ』
鬼! 悪魔! ナマクラ刀!
「朝岡よ、血の気が多いのは剣徒にとって大事な資質のひとつだが、熱くなるのも時と場合、あと相手を選ぶべきだな」
頭上から《小次郎》永久子の声が降ってくる。
「もう一度機会をやろう。その羽織を受け取れ」
視線を向けると《月姫》月奈がさっきの羽織を広げて、綺麗に畳み直しているところだった。眼鏡の奥から同情的な視線を向けてくる。「素直に言うこと聞いておいた方がいいですよ」と言っているのが分かった。
なんだか無性にイラッとした。誰が鼻水で汚れた羽織りなんか着るか(私の鼻水だけど)。
「真っ直ぐ自分の言葉は曲げない。それが私のJKど」
「では致し方ない」
ギリギリと左腕への圧力が上がる。
「ぎゃああー、ちょ、最後まで言わせなさいよ! あんたらの大好きな(たぶん)『NARUTO』の引用でしょうが! 「見上げた根性だ。気に入った」、とか言って私を認めて手を離すとこじゃないの、そこは!」
『天晴れだぜ美夜日。きっと集英社の社員が骨拾ってくれるぜ』
ギリギリギリ!
「ちょ、嘘っ、骨! あぁー、待って待って! やっぱ言葉でもなんでも曲げます曲げます! でも骨は曲げないで! 私の腕はそっちに曲がんないのぉ!」
「そこまでだ」
鋭いひと声に空気が張り詰めた。




