第二十話
「どうした、様子が変だが。らみる、ちゃんと説明したんだろうな」
「大丈夫ですよ、姉上さま。そうそうたる顔触れに緊張しているだけです」
正面に座る長い髪を一本くくりにした女性にらみるちゃんが言った。この人は昨日ファミレスの前を通りかかった人だ。確か名前は……。
「三年梅花組所属、九堂院永久子」
そう、そんな名前だった。
え、てことは……。
『やっぱな』
呆れたようなハクの声が遠い。
もしかして、ここにいる女子たちは全員、この学園の最高権力と最大戦力の持ち主たちってこと?
たらりと冷や汗が流れる。
「剣武会十剣鬼の第二席を務めている。人は私のことを《小次郎》と呼ぶが、そう呼びたければそちらで呼んでくれても構わない」
切れ長の瞳、凜とした空気。昨日ファミレスのガラス越しに叩きつけて来た剣気を私は思い出した。
「こんな騙し討ち、ひどい」
私は隣に座るらみるちゃんを小声で非難したが、にっこりと笑顔を崩さず聞こえないふり。この笑顔、嘘しかないよ。少し前の私を殴ってやりたい。
《小次郎》こと永久子さんは隣に胡座をかいて座っている女子を目で促した。
耳が出るほど短い髪に、すらりと長い手足、一見すると男の子と見間違えそうな見た目をしている。
「ふぅん、君が美夜日ちゃんか。木南をやったっていうからどんな屈強な子かと思ったら、そうでもないんだね。身長は五尺一寸くらい?」
「郁美、先に自己紹介を」
「分かってるよ、うるさいなぁ。ちょっとくらいいいだろう」
「自己紹介を」
有無を言わせぬ《小次郎》永久子の圧にやれやれと後頭部をかく。郁美って、もしかして。
「僕は高本郁美。三年藤花組所属。剣武会では第六席だ。《大谷》って呼んでくれ。いくみんでもいいよ」
この人が、木南ちゃんを可愛がっていた二刀流の大谷。そういえばスズちゃんは私を狙ってるって言ってたような。でも、口調からは私に対する敵意のようなものはまるで感じられない。
んふふと私の視線に対して楽しげに笑う。ボーイッシュな見た目に似て、少年のような声をしている。
この声、どこかで聞いたことがあるような。どこでだったろう。
「郁美、自己紹介の時くらいちゃんと座ったらどうなんだ」
「へん、やなこった」
窘める《小次郎》永久子に、子供のように舌を出す《大谷》いくみん。
ぴりっと二人の間に緊張が走った。ああ、仲悪いって話は本当だったんだ。
「ごほんっ」
張り詰めそうになる空気を咳払いが乱した。らみるちゃんだ。
「次は陽奈さん、お願いします」
らみるちゃんが仕切り直して、ひと際小柄な女子に目を向けた。
ゆっこよりもさらに小さい。中等部、いや初等部と言われても通りそうな見た目をしている。くりくりとした瞳にピョンピョン跳ねたショートカットの癖毛が印象的だ。
「二年浅葱組、山本陽奈。剣武会十剣鬼の第八席。あたしは『おひさま』の陽奈って呼ばれてるんだ。ねぇねぇ美夜っち」
自己紹介が終わるなりいきなり馴れ馴れしく呼び、ずいっと身を乗り出す。
「無眼縦横無尽流っての使うんだって? 見てみたいなぁ」
八重歯を覗かせて無邪気な笑顔を見せる。
「ねぇ、いいでしょ」
「え、いや、そのぉ、それは」
「ダメ? ちょっとくらいいいじゃん。あたしの日輪剣も見せて上げるから」
にじり寄ろうとする『おひさま』の陽奈に、らみるちゃんが掌を突きつける。
「ダメです」
「ちぇー、ケチ。らみる独り占めする気?」
「違います。次は月奈さん」
「は、はい」
赤いフレームの眼鏡を掛けた長めボブカットの女子が、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をした。髪型や雰囲気は全然違うが、隣に座る『おひさま』陽奈と顔立ちがよく似ている。
「二年朱鷺組所属、剣武会十剣鬼第九席・山本月奈です。よろしくお願いします。えっと、『月姫』って呼ばれてます。陽奈ちゃんとは従姉妹になります」
『おひさま』陽奈と『月姫』月奈。二人は血の繋がった従姉妹同士。
「ね、今度美夜っちに日輪剣と一緒に見せて上げようよ。月奈の月輪剣も」
「ちょ、陽奈ちゃん。私はいいから」
あわあわと両手を振る。そこへまたらみるちゃんの咳払いが響く。
「最後は私ですね。改めてもう一度自己紹介しておくね」
らみるちゃんが私に向き直る。
「二年群青組所属、剣武会十剣鬼第七席・一ノ瀬らみる。私は『無形』と呼ばれてる」
「ムギョー?」
「そう。その内知る機会もあると思う」
にこりと笑うらみるちゃん。この笑顔を信用してはいけないって私はもう知ってる。
今、私の冷や汗は一筋どころじゃなかった。
ここは虎の巣穴だった。そんな場所へのこのこ丸腰で誘い込まれるなんて……。
けど、いったいその十剣鬼の五人までもが雁首揃えて私に何の用があるのか。
「本当なら全員揃って、と思っていたんだが生憎都合の付かない者が多くてな。この人数になってしまった。申し訳ない。せめて会長には同席して欲しかったのだが」
《小次郎》永久子が表情を曇らせる。
「とーこは《聖母》がいないとなんにも出来ないのかい? まだまだお母さんが恋しいお年頃なんだな」
――会長、取りも直さず剣武会十剣鬼の第一席のことだろう。その不在の会長はどうやら《聖母》と呼ばれているらしい。聖母に母親をかけて大谷いくみんが鼻で笑う。
「黙れ郁美、私がしているのは礼儀の話だ。正座も出来ん奴に言われる覚えはない」
「へぇ、やんのかい?」
胡座をかいた足に頬杖を突き、『大谷』いくみんが不敵に口元を歪める。
「ふん、お前の実力でか」
いくみんの笑顔が崩れた。目つきに殺気が籠もり、剣気が放たれる。
「いつまでも今の席次に甘んじてる僕じゃないぞ」
「笑わせる」
一触即発の二人を楽しそうに見る『おひさま』陽奈、おろおろと慌てふためく『月姫』月奈、呆れてものも言えない様子の『無形』のらみる。
飼い慣らされない剣気と殺気を放つ猛獣たちがこの狭い茶室にひしめき合っていた。
「あの!」
大きな声に一同の視線がひとつに集まった。声を上げたのはもちろん私。
「用がないなら帰りたいなー、なんて」
全員の目がギロリと途端に鋭くなったため、最後の方は小声になる。超恐いんだけど。
「用ならある。とても大切な用がな。らみる、あれを」
「はい、姉上様」
らみるちゃんが立ち上がると、収納から何やら紫色の風呂敷包みを取り出した。《小次郎》永久子にそれを手渡す。
「朝岡、これを受け取れ」
え、もしかして、お菓子?
『んなわけねぇだろ』
じょ、冗談だよ。ハクも今まで黙ってたくせに待ち構えてたみたいにツッコまないでよね。
畳の上を滑らすようにしてこちらに差し出される。
いったいこれは……。
「開けてみろ」
受け取り、はらりと風呂敷を開いた。中から出て来たのは純白の羽織だった。
「これって」
ここではみんな脱いでいるが、学園最強の称号・剣武会十剣鬼のみが身につけることを許される象徴。
「お前は入学間もない外部生でありながら木南を倒した。勝った者が正義、強き者が絶対の士峰館学園において、それを身につけるに相応しい。我ら剣武会は朝岡美夜日、お前を歓迎する」
ぱちぱちと拍手が起こった。
私が剣武会に……?
『ククク、意外に早くここまで来たな』
なにハク、どういうこと。
『あのなぁ、ちょっと考えれば分かんだろうが。お前の探してる犯人は、俺様を持った美菜萌を倒したんだぜ。なら相手はかなりの実力者だ。ここまではいいな』
う、うん。
『そいつはこんなイカれた世界を作り上げ、そこへお前や俺様たちを引っ張り込んだ。ならそいつは自分好みのルールを作り上げて、それを守らせる側の人間ってことにならねぇか』
あっ、そういうことか。つまり、犯人は!
『剣武会十剣鬼の中にいる可能性が極めて高い』
言われてみればその通りだ。この数日悩んでたのが馬鹿らしくなるくらいシンプルな話だ。容疑者は千人単位から一気に十人に減ったことになる。いや、木南ちゃんはもういないから九人か。
でもそこまで分かってるなら、なんで教えてくんなかったのさ。
『お前に言っても雑な犯人捜しくらいしかどうせ出来ねぇだろうが。ポーカーフェイスも苦手そうだしな』
返す言葉もない。
『ならこっちで好き勝手暴れてりゃ、その内向こうからコンタクトを取ってくるだろうってな。もう一人くらい十剣鬼を血祭りに上げる必要があるかと思ってたが、奴さん早々にこっちを無視出来なくなって来たんじゃねぇか。この世界にとってお前はルールや秩序を乱す超絶邪魔な存在だ、ってな』
人を粗大ゴミみたいに言わないでよ。
『で、どうするよ。そいつを受け取るのか。そうすりゃこの学園において圧倒的権力が手に入るぜ。色々なことに融通が利くようになるだろう。剣武会内に本当に犯人がいるなら動き易い分、見つけ易くもなるかもな。なんせ相手も同じ立場だ』
だったら受ける一択じゃないのよ。
『まぁ待て。当然危険も増す。犯人も同じ組織内にいるんだぜ。犯人はお前の行動をそばで監視し、場合によっては制限やコントロールをするために、剣武会内に呼び込もうとしているって線もある。仲間の振りして近付いて、最悪不意討ちや暗殺ってこともあるかもな』
ちょっと、物騒すぎるでしょ。誰も日本の高校の話だって思わないよ、これ。
ねぇ、ハク。私どうしたらいい?
『俺様はどっちでもいい。お前が選びたい方を選べよ』
そんな無責任な。
「どしたの美夜っち?」
と、『おひさま』陽奈。
「なんか固まってるね」
と、『大谷』いくみん。
「大丈夫でしょうか」
と、『月姫』月奈。
「朝岡はどうしたんだ、らみる」
と、『小次郎』永久子。
「たぶん感極まって呆然としているんだと思います」
と、『無形』のらみる。
広げた羽織を手にじっと固まっている私に、外野が口々に好き勝手を言う。こっちは悩んでるんだっての。
「感激におしっこ漏らしちゃったんじゃない? で、動けないとか」
「あっはっは、嬉ションてやつかい」
「陽奈ちゃんも郁美さんもひどい。それじゃ犬だよ。朝岡さんが可哀想」
「ここの畳はつい先日新学期に合わせて張り替えたところなんだぞ。おい、らみる。すぐに確認しろ」
「は、はい、姉上様。直ちに」
こいつら、好き勝手言いやがって。誰が犬よ。お漏らしって、んなわけないでしょうがっ。
「美夜日ちゃん、一応確認させてね」
らみるちゃんの言葉にぶちっと、何かが千切れた。悩んでたのが馬鹿らしい。
私はばさっと目の前で洗濯物を干す時のように、羽織を広げると、間髪入れずそこへ顔を埋めた。
はっ、えっ、なにを、とか口々に聞こえたが構うもんか。
ずびびび~~!
私は可能な限り盛大でお下品でお下劣な音を立て、学園最高最強の象徴である剣武会十剣鬼の羽織で鼻を噛んだのだった。




