第十九話
放課後、私はスズちゃんと別れてひとり剣徒会館の前までやって来た。防災のためなのか何なのか、周囲はかなり広くスペースが取られていて、多くの女子たちが行き交っている。
『これが、剣徒会館か。どっちかっつうと武道場って外観だな』
それは木造平屋の大きな建物だった。古風で和風な普通ならありえない建築物だが、校門からしておかしいのだし、いちいち気にしても仕方ない。
どうせ、この学園はどこもこんなもんでしょ。
『まぁ、そうかもしれんが……。まぁいい。行こうぜ』
入り口に向かって歩くと、待ち構えていたのかすっと見知った人影が歩み出て来た。
「一ノ瀬さん」
「よかった。来てくれたんだね」
「よかった?」
「うん、もしかしたら来てくれないかもって思ってたから。あ、私のことはらみるって呼んで」
「らみる……先輩?」
「うーん」
「らみる、さん?」
「固いなぁ」
「じゃあ、らみる……ちゃん?」
「うん。よろしく、美夜日ちゃん」
ふふっと笑って手を差し出して来る。私は自然とその手を握った。刀を日々握る者の、硬い掌だ。
でも、その笑顔に嘘はない気がした。
この学園に通い出して、初めて緊張感のない健全な他人との接触に思えた。お互い腰の刀さえなければもっと良かったが。
「さあ、こっち。みんなもう待ってるから」
「みんな?」
「二人でお茶会もないでしょ?」
それもそうか。
きっとたくさんの女子たちとワイワイお茶をするのだ。
スズちゃんやゆっこたちともお茶はしていたが、この世界に翻弄されまくっていた私は、心から楽しめていたとは言い難い。
放課後、女子会、ティーパーティー。
私が求めていた青春キラキラJKライフとはちょっと違う気もしたけど、こんなのも悪くないよね。刀振り回して斬ったの斬られたのがないだけで、何万倍もましってもんだ。
優雅にみんなで微笑み合い、決して大口開けて笑ったりなんかしないんだ。うふふとかおほほとか言って、口元に手を当てたりなんかしちゃったりして。
『夢見てんなー』
そりゃそうだよ。筋肉達磨が法螺貝吹いたり、朝から候文の恋文送りつけてくる下級生とかもうたくさん。そりゃあこの先争いごとを避けて通れないのかもしれないけど、ちょっとくらい癒やされる時間があったって罰は当たらないでしょ。
らみるちゃんに案内されるまま剣徒会館の中ヘ足を踏み入れる。
「一階の奥の部屋だよ」
きっとそこでは上級生のお姉さんたちが、「ごきげんよう」とか言って、私を出迎えてくれるんだ。
『《マリみて》みたいにか? ふん、また集英社かよ。好きだな、お前も』
黙りなさい、コバルト文庫は乙女のバイブルなの。って、なんで《マリみて》とか集英社とかってハクが知ってんのよ。
『あん? 知ってちゃ悪いか。俺様は聖さま推しだぞ』
なんだこいつ。
もう、いいからしばらく黙っててよね。
「ここだよ」
らみるちゃんが立ち止まる。案内されたのは無骨な金属製の分厚い扉の前だった。
ガチャンッと重たい音を立てて扉を開く。
「さっ、どうぞ」
「お邪魔しまーす」
中に入ると、少し先に玄関のような段差が設えてあり、そこには何足か上靴が並べてあった。今日のティーパーティーのメンバーの物らしい。
靴を脱いで上がると後ろかららみるちゃんが声を掛けた。
「あ、ここから先は不帯刀が義務づけられてるの。刀、預かってもいいかな」
「え?」
ってことはハクと離れ離れになる。
『拒否れ。こいつやこの先にいる奴らが犯人じゃねぇ保証は』
「はい、どうぞ」
私は腰からさっさとハクを抜き取るとらみるちゃんに手渡した。
「お茶会に刀なんか不要ですよね」
『てめっ!』
「分かってくれて嬉しい。嫌がる人も多いから。ここの刀掛けに置いておくからね」
「はーい」
見ると何本かの刀がそこに掛けられていた。てことはみんな同じ条件ってことだ。なら安心。
『なにがはーいだ。おめでたい奴』
ハクの捨て台詞なんか聞こえなーい。
おいしいお茶やお菓子が頂けるならいくらだって預けちゃうもんね。
『美夜日、ほんとにどうなっても知らねぇぞ』
女子の優雅なお茶会にはポンコツヤクザ棒様は不要ですのよ。そこでちょっとの間大人しくしていなさいな。
『処置なしだな』
上がり框のようになっている先に、障子紙の貼られた襖があった。らみるちゃんは袴スカートの裾を押さえておもむろにそこに正座をした。
どうしたのかと思っていると、私にも同じく座るよう言う。よく分からず横に座ると、らみるちゃんが中へ声を掛けた。
「らみるです。朝岡さんをお連れしました」
「入りなさい」
右手で少し襖を開ける。次に出来た隙間に指を入れ半分ほど開く。最後左手で全開にする。
「はぃ?」
思わず変な声が出た。
そこは畳敷きの茶室だった。
「え、は、え?」
理解が追いつかない。
部屋の左側には床の間。
掛け軸が掛かっていて、『剣禅一如』とか意味も読みも分かんないことが書いてある。その斜め前には花瓶に花が生けられていた。
「お茶、会ぃい?」
中には四人の女子がいて、畳の上に座って私たちを出迎えていた。
「刺繍のテーブルクロスは? 丸皿重ねた鳥籠みたいなやつは?」
中にいる四人が不思議そうに首を傾げる。
「あ、私やっぱ帰」
がっしとらみるちゃんが私の肩を押さえた。もの凄い力だった。
「お茶とお菓子、頂いていくよね」
有無を言わせず私は茶室内へと連れ込まれた。




