第十八話
人のいない所はすぐに見つかった。
授業が始まるまでもう間もないのだから、うちのクラスを除けばほとんどの人間が自分たちの教室に入っているのだろう。
中庭のベンチに私は腰かけて両足を投げ出した。
雀たちがチュンチュンと地面をついばみ、朝の光を目一杯受けている。
鳥さんはいいね、平和そうでさ。それに引き換え私の周囲の殺伐さと来たら。
「……はぁ、やんなっちゃうなぁ」
まだ一時間目前だってのに一日分のカロリーを一遍に消費してしまった気分だ。
「あー、甘い物食べたーい」
ため息と供に地面に向かって欲望を吐き出すのと同時に、視界に焦げ茶色のローファーが映り込んだ。もちろん私の物ではない。
顔を上げると、髪をツーサイドアップにした女子が正面から私を見ていた。
身長も体格も私と同じくらい。軽く小首を傾げてこっちに一歩を踏み出し、問いかけてきた。
「甘い物好きなんだ?」
この学園内では誰も私のことを放って置いてはくれないらしい。みっともなく伸ばしていた足を戻して居住まいを正すと、目の前の女子が自己紹介をした。
「いきなりで驚かせちゃったならごめんね。私、二年群青組の一ノ瀬らみるっていうの。よかったらこれ、どうぞ」
一ノ瀬さんは袂という袋状になっている袖の内側から何かを取り出して、私に握らせた。
見ると黄色く透き通った四角柱が、透明なビニールで包装されている。
朝の光に透かすようにすると、キラキラと輝いてとっても綺麗だった。
「キャ……えっと、飴玉ですか?」
キャンディーと言いかけて訂正する。この一ノ瀬さんがどういう人かも分からないのだ。疲れているところに言語汚染だなんだと難癖を付けられたらたまったもんじゃない。
「黄金糖。甘いよ」
「……頂きます」
包装を解いて口の中に入れる。
滅茶苦茶甘かった。
それは今の私の身体が欲しているものに間違いなかった。じんわりと口の中で溶けて、剣闘で疲れた身体全体に優しく広がっていく気がした。
「おいしい」
「よかった、お口に合って。好みがおばあちゃんみたいってみんなには言われたりするけど」
にっこりと笑った笑顔が可愛らしい。
「さっきの中等部の子との剣闘、見てたよ。木南さんも倒したらしいね。強いんだね」
「あ、はい、まぁ」
口の中で黄金糖をコロコロ転がしながら答える。
前回も今回も成り行き上剣闘になっただけで、結果もほとんどハクの力だ。褒められたって、嬉しくも何ともないどころか、なんて答えたらいいのか分からないのが本当のところだ。
「一度朝岡さんと話してみたかったんだ」
「私と?」
「うん。ねぇ、よかったら放課後に剣徒会館まで来ない?」
「え、えぇっと……」
剣徒会館は学園敷地内に建っている、倶楽部や委員会活動の部屋を割り当てられている大きな建物だったはずだ。
「ダメかな」
どうしよう。ねぇ、ハクどうしよっか。
『クク、せいぜい気をつけろよ。こいつが犯人かもしれねぇんだからな』
その割にはずい分と楽しそうな口調じゃないのよ。
『気のせいだろ』
どうだか。
「お茶会を開こうと思ってるの。甘いお菓子もあるよ」
お菓子!
「ぜったい行きます! 放課後に剣徒会館ですね」
お茶会、お菓子、優雅な午後のティータイム。
『おいおい、しっかりしろよ。罠だったらどうすんだ』
呆れた声のハクなんか無視だ、無視。それよりも、ケーキ、シュークリーム、お紅茶。
『ダメだこいつ』
私は糖分に当分餓えてるの。
『つまんねぇ』
私の身体が求めてんのよ。邪魔しないでよね。
「じゃあ、待ってるからね」
「はい!」
小さく手を振って走って行く一ノ瀬さん。
「いい人だよ、ハク。こんなイカレポンチな世界にだって普通にいい人はいるんだよ」
「そうかぁ。俺様はどっちかってぇと食わせもんな気がするがな。だいたいだな……」
珍しくハクが声を出す。
「聞こえなーい! 今私の目にはマイセンのカップにティーポット、繊細な刺繍の施された純白のテーブルクロスしか映りませーん。あとなんだっけ、マカロンとかケーキとか乗ってる、丸皿重ねた鳥カゴみたいなやつ!」
「アフタヌーンティースタンドな」
「なんで知ってんのよ、キモっ」
「てめっ、やんのか。物を知らねえから年下のガキにまでアホ面とか言われんだろが!」
「今それは関係ないでしょ、このポンコツヤクザ棒!」
「んだとクソガキ。言うに事欠いてポンコツだ? ヤクザ棒だ? いいか、てめぇが侮られる分にゃ勝手だがな、使われる俺様の格や品位まで下がりそうな言動すんなって言ってんだよ!」
「格に品位と来ましたか?! さっすが大剣豪様は言うことが違いますわね。強いってのは認めるけど、チンピラヤクザ口調で喋る刀のどこにそんなもん感じればいいのか教えて欲しいもんだわ」
そうしてぎゃーぎゃー言い合う私たちに、様子を見に来たスズちゃんが遠くから声を掛けた。
「おーい、なにやってんの美夜日ー。そろそろ授業始まるぞー」
「あ、はぁーい」
ハクの暴言なんかで私は止められない。
放課後のティータイムに胸を膨らませ、私はベンチから立ち上がった。




