第十七話
「噂に違わぬ強さで御座いました。最早思い残すことはありませぬ。一刀のもとに冥府へとお送り下さいませ。朝岡殿のこれからのより一層のご活躍、あちらよりいつも見守らせて頂きまする!」
渡会さんがギュッと両目を瞑った。
もう嫌だった。こんな世界も、こんなアホどもも。郷に入っては郷に従えって言葉もある。なんで私だけが神経すり減らして頭抱えなきゃなんないの。もうたくさんだ。だったら!
スマホのシャッター音が降り注ぐ。
つき合ってやる。やってやろうじゃない。
ハクは何も言わない。
「最後に。おそばで姉上様とお呼びしたかった」
ぶちっ。
何かが私の中でぶち切れる音がした。刀を逆手に持ち直すと、柄頭に手を当てて一気に振り下ろした。
ドスッ!
重い手応え、切っ先が深々と突き刺さった。
渡会さんの顔の横。土の地面に。
胸に乗っていた彼女の左のお下げが斬り離され、ほどけて落ちた。
「やっかましい! どいつもこいつも好き勝って言ってくれちゃってさぁ! 私は勝った。とにかく勝ったのは私! ここ士峰館学園では勝った者が正義、強き者が絶対! 渡会さんに命じる、私のことは今からお姉ちゃんって呼びなさい!」
「おいおい美夜日、剣闘はまだ……」
「立会人は黙ってて!」
「あ、はい」
口出ししようとするスズちゃんを黙らせる。
「あ、あの朝岡殿」
「お姉ちゃんって言ってんでしょうがっ。あとその古くさいしゃべり方も禁止! 可愛らしいイマドキJKにキャラ変しろ、命令!」
元の世界の常識も倫理も通用しないなら、この世界のルールに則って上書きしてやろうじゃないのよ。この刀、ううん、誰だか知らないけどこの世界を望んだ犯人が大好きな暴力ってやつで。
「返事がないんだけど?」
私は渡会さんを睨む。
「あ、あのしかし命令と言われましても。そのような振る舞いは、風紀を乱すとして剣武会に……」
「あ、文句あんの? その急先鋒だった木南ちゃんをぶっ倒したのは誰だと思ってんのよ。もう一度聞くよ、も・ん・く・あ・ん・の?」
「……あ、ありません」
「言ったからね。ちゃんと今からキャピんのよ。ほら練習、言ってみ、お姉ちゃんマジてぇてぇ」
「お姉ちゃんま、ま、マジ……がくっ」
言ってる途中で首が落ちた。
「ちょっと、なに口でがくって言ってんの。それ流行ってんの?! バレバレな気絶した振りしてんな!」
しゃがんで制服の襟元を締め上げるが、意識はあるくせに一向に目を開けようとしない。
そんな私たちを呆れたようにスズちゃんが見る。
「あーもうなんでもいいや。戦意喪失により敗北の諾と確認。勝者、朝岡美夜日。これにより、渡会遥乃は今後キャピることを義務とする。キャピるって古くね? まぁいいか、もともともっと古くさいキャラだったし。剣裁、りょー」
心底面倒くさそうに剣闘が締められたのだった。
『刀の俺様には持ち主は選べねぇからな。お前の生き様に従うしかねぇ。それが選んだ道だってんなら仕方ねぇな』
ハクには不本意かも知れないけど、私のやり方に付き合ってもらうよ。
刀を鞘に収める。
そういえば、木南ちゃんの時と違って全然眠くならなかったのが不思議だった。もしかして強敵倒してレベル上がりまくった感じ?
『ああ、そいつは渡会がクソ弱かったからだ。俺様を振るうお前の気力や体力が全然削られなかったってわけだ』
ハクを振るっていた時の私は、なぜだか渡会さんの強さが分かった。彼女には悪いが木南ちゃんを倒せるレベルにはほど遠い。
「ちょっとそろそろ起きなよ」
スズちゃんに促されても、いまだ頑なに死んだふりを続けて地面に横たわる渡会さんを見つめる。
木南ちゃんを倒すためにしてた弛まぬ研鑽っていったいなんだったんだろう。なんか、ちょっと可哀想になってきた。
『無駄な努力ってやつだな』
言い過ぎだって。
「イェーイ、やったね二連勝!」
突然大声がしたかと思うと、授業までもう間もないというのに、ワラワラと玻璃組の連中がどこからともなく校舎裏に湧いてきた。
「ミヤミヤー。記念写真撮ろうよ」
「みんな抜刀して。いくよー、はい、マジピ~」
こいつら……。
さっきの斬れ斬れコールが耳に蘇る。この学園の連中は、人の生死をあまりにも軽くJKノリで消費し過ぎだ。
こんなのぜったい良くないに決まってる。
頭ではそう分かっているのに、嫌悪する気持ちが全く湧かない。実際一瞬私も受け入れそうになったくらいだ。むしろそんな自分にこそ嫌悪感が湧く。
私はみんなの輪から離れて歩き出す。今はクラスメイトたちの顔を見ていたくなかった。少しだけでいいからひとりになりたかった。
「ちょっと、主役がどこ行くのー」
クラスメイトが呼び止める。私はそれを無視して歩く。話したくなかった。
「うんこー?」
「違うわ!」
しまった、思わず反応しちゃった。
「そっとしといてやりなよ。剣闘が終わった直後でまだ緊張が解けてないんだよ」
スズちゃんが上手くフォローしてくれた。心の中でありがとうを言いつつ、私は誰もいない静かな場所を求めて歩いた。




