第十五話
「あれだ。きっとあの子だ」
東校舎の角を時計回りに回り込んだそこには、中等部の制服を着た女子が佇んでいた。
高等部の物とは色合いと若干だがデザインが違うのですぐに分かった。
ゆっこと同じくらいの小柄な体格、二つに結った三つ編み、切り揃えられた前髪が生真面目そうな雰囲気を与える。
私はその子から少し離れた位置で急ブレーキを掛けて立ち止まった。
「わっとと、危なっ。急に止まんな」
「スズちゃん、ついて来てくれたんだ」
私の背中にぶつかりそうになったスズちゃんも慌てて止まる。
「ほっとけないだろ。なんていうかあんたって危なっかしいから」
照れたようにほっぺを掻く。
「ありがと」
スズちゃんの心配に素直にお礼を言うと、私たちは目の前に立つ女子に向き直った。
「あれが渡会遥乃か。なーんか変じゃね、『私の姉上様になって下さい』って雰囲気じゃなさそうだよ」
「うん、私もそう思う」
少し離れた位置で立ち止まった理由がそれだった。さっきの手紙の内容と素朴な見た目とは裏腹に、私を見る両の瞳には敵意が籠もっていた。
「来てくれたのですね朝岡殿」
「ど、殿……」
「わざわざ御足労頂き恐悦至極に存じます」
睨みながらも深く頭を下げる渡会さん。
「きょーえつ? どゆ意味、スズちゃん?」
「あー、めっちゃ嬉しいってさ」
その割に言葉と目つきが合ってない気がすんだけど。
「あの、渡会さんっていったっけ、私と姉妹の契りとかなんだかってのをしたいんだよね。だったらあんまり睨まないでくれると嬉しいなぁ」
「是非とも朝岡殿と義理姉妹の契りを交わし、今後姉上様とお呼びしたく存じます。ですが、この目をやめよと申されましても、それには応じかねます」
しゃべり方といい目つきといい、なんなのよこの子。なんか面倒臭くなってきた。
「面倒なことを申し上げているのは百も承知」
あ、バレてる。
「少々拙身の身の上話をさせて頂いても宜しいか」
「え、あ、どうぞ。スズちゃん、せっしんってなに?」
後半小声でスズちゃんに尋ねる。
「私ってこと。拙い身で拙身。自分をへりくだって言う表現」
「さすが、物知り」
「褒めても何も出ないよ」
「では少々お付き合い下さい」
渡会さんの話が始まった。
それは彼女と木南ちゃんがまだ中等部だった頃。
中等部時代の木南ちゃんは、恵まれた体格によりすでに剣の才能を開花させつつあった。
高等部に進学後は剣武会の席を狙えるとまで言われていた彼女が掲げるのは『至誠の剣』と呼ばれるものだった。
清く誠実な学園生活を営んでこそ、剣に強さと正しさが宿ると考え、日々鍛錬に励んでいたのだ。
要するに中坊の頃からあのキャラだったのである。
やがて木南ちゃんは周囲にもその力を示すようになっていき、彼女が中等部三年、渡会さんたちが一年生になる頃、厳しい規律を周囲にも強要し始めたのだという。
その木南ちゃんの圧政に敢然と立ち向かったのが目の前の渡会さん含む他三名だった。
剣闘は一対多数でも相手が応じれば成立するらしい。
結果は瞬殺。完全敗北だった。
なんかつい数日前にどっかで見聞きしたような話だ。
その時唯一生き残った渡会さんは、木南ちゃんと無理やり義理姉妹の契りを交わすことになった。
剣闘に負けた者には拒否権も発言権もない。
「以来拙身は毎日毎日あのデカブツ――もとい木南殿を姉上様とお呼びして滅私奉公して来た次第。
来る日も来る日も筋力鍛錬に付き合わされ、月に一度の山籠もりに、滝に打たれる精神修養! この口調も強要されたもの。
それを朝岡殿が剣闘によって打ち破ってくれたおかげで、姉上様――もといあのデカブツは失脚、剣武会内での席を失ってあらゆる権限は剥奪、拙身は解放された次第なのです」
いつの間にか渡会さんの目からダーッと涙が流れ落ちていた。
「うわぁ、ひどい目にあったねー」
「剣武会の中では最弱のくせにな」
「ん、でもそれならなんで敵意剥き出しで私を睨むのさ。結果的に私はあなたを木南ちゃんから解放したわけで、感謝はされてもそんな風に睨まれる覚えはないと思うんだけど」
「だよな」
スズちゃんと顔を見合わせる。
「お言葉ごもっともです。今すぐにでも朝岡殿と義理姉妹の契りを交わし、姉上様とお呼びしお慕いしたい。
しかし、拙身はあのデカブツの下で奴隷のような日々を過ごしながらも、いつか奴を倒すため、陰にて日々弛まぬ研鑽を重ねて来て今日があるのです。
それをぽっと出の外部生であるアホ面下げた貴女様があっさりと倒してしまった!」
泣きながらとんでもないことを言われる。
「ねぇスズちゃん、この子ほんとに私を慕ってんの? それとも恨んでんの? いや、バカにしてんのかな」
「ケンカ売ってるもあるな。まぁかなり情緒は不安定だね」
いきなり渡会さんがすらりと刀を抜き放った。
「え、ちょっと何してんの」
「今から拙身と剣闘して頂きたい。貴女様は私を解放してくれた恩人でありながら、目標を掠め取った泥棒猫でもあるのです。その貴女様に挑まなければ拙身はここから先に進めませぬ」
「やっぱ超面倒くさっ! だいたい誰が泥棒猫よ。木南ちゃんとの関係が切れたんなら自由にしたらいいじゃんか。モヤモヤを私にぶつけないでよね!」
渡会さんの涙は止まっていた。刀の切っ先が朝の光を浴びてギラリと輝く。聞いちゃいないよこの子。
「受けてやりなよ美夜日。複雑な後輩の乙女心ってやつじゃん」
「スズちゃん、他人事だと思ってぇ。これって絶対そんな甘いやつじゃないよね?!」
『やろうぜ、美夜日』
ハク、あんたまで……。
『さっきお前は運命を変えてやるって俺様に言ったよな』
言ったけどそれがなに。
『まずは手始めに、目の前のこいつから変えてやるってのはどうだよ』
ハク。
『それでお前自身の運命も変わるかもしれねぇ。そもそも、こんな情緒不安定のクソガキひとりぶっ倒して変えられねぇようじゃ、お前自身の運命を変えるなんてのはこの先も土台不可能な話だぜ』
はっ、なによそれ。あんたまさか、私を煽ってるつもり?
「冗談じゃないわよ」
私は吐き捨てた。
「美夜日?」
柄に手を置き鯉口を切る。
「私は甘い物が好きなの。もっと甘くなって出直して来て」




