第十四話
翌朝、登校した私は一礼して校門(薬医門)をくぐる。何度目覚めるたびに夢であれと願ったろう。
しかし、そんな私をあざ笑うように、その存在は少しも揺らぐことなく毎朝そこにある。
いくら現実逃避をしようとしても、この世界の重々しい現実が私を追いかけて来ては捕らえ、離そうとしない。
「早くなんとかしなきゃ」
何度もそう思うのだが、やっぱり何をどうやったら私をこんな世界に放り込んだ犯人を見つけ出せるのかが分からない。焦りばかりが募る。
「おっはよ、美夜日」
悩む私の背後から声が掛けられた。
「スズちゃん。おはよ」
「元気ないけど、どした」
たった数日で二度も殺人現場に出くわせば、普通の女子高生は元気もなくなるでしょと言いたかった。私は金田一やコナンじゃないのだ。言っても無意味だから言わないけど。
「昨日色々大変だったからさ」
「まぁ確かに疲れたね。あーしらはしばらくしたら帰れたけど、ゆっこはあの後警察署行って親呼ばれたりで、結局家に帰れたのは夜中だったってさ。だから今日は休むって」
「そうなんだ」
人ひとり殺害しても、帰りが遅くなって翌日休む程度で済む話なんだ。改めてこの世界はぶっ飛んでいる。
スズちゃんと昨日のことを話しながら昇降口まで辿り着き、下駄箱を開けて上靴を取り出すと、何かがパサリと落ちた。蛇腹に折られた白い紙だった。
拾い上げると何やら毛筆体で長々と書き綴ってある。達筆過ぎてまるで読めない。
「何これ、キモっ。写経? 呪詛?」
「どした美夜日。お、なにそれ」
上靴に履き替えたスズちゃんが近寄って、私が摘まむように持っている紙を覗き込んだ。
「はは、恋文か。入学早々やるね、あんたも」
「こ、恋文?! っていうか読めるのこれ」
「士峰館の人間ならそれくらいは当たり前だよ」
「確かにラブレターって感じじゃないけどさ。でもよりによって恋文って言い方どうなの」
生まれて初めてもらったにも関わらず、なんの喜びもない。むしろ乾いた笑いが漏れる。だって和紙に墨と筆でだよ。こんなのでときめけって方がムリな相談だ。
「バカっ、学園外やあーしらの教室でならともかく、あんまり人の多い所でそんな言葉使うなって」
「え、え、そんな言葉って?」
辺りを見回し小声で囁く。
「ラブレター」
「意味分かんないんだけど」
「和を尊ぶこの学園においては極力外来語は使うなってのが決まりなんだ。特に今の代の剣武会はかなり厳しい。木南を筆頭にね。だからバタ臭い言葉を奴らに聞かれたら面倒なことになるよ。言語汚染だなんだっつってさ」
バタ臭い? 言語汚染? またわけ分かんない設定きたよ。マジだる過ぎ。
「木南ちゃんとの剣闘の時はみんな使いまくってたじゃん」
「目の前であんたが取り締まる側の木南をぶっ倒したんだから、そりゃ羽目も外れるっしょ。でも、普段は気をつけなよ」
「分かった。それでこれにはなんて書いてあるの」
「貸してみ。えーとなになに、『極めて大事の事柄にて、一筆差し上げ申し上げ候』」
「何その書き出し?! 恋文って言わなかった?!」
「候文ってやつだよ、うるさいな。黙って聞きなよ。『先頃行われし剣闘において、剣武会の十剣鬼、木南殿を打ち破りし貴女様の名声は、中等部においても疾風の如く駆け抜け、雷鳴の如く鳴り響き候。貴女様の峻烈なる剣の冴え、苛烈なる気迫を思い描いては、夜は一睡も出来ず、ただただ歓喜に打ち震え、感涙に咽ぶばかりに御座候。つきましては、是非とも貴方様と義理姉妹の契りを結びたく』」
「待って待って! ストップ!」
やばい、情報量多すぎる。
「今度はなに」
スズちゃんがイライラした口調で睨む。
「堅っ苦しい文面は置いとくとして、今気付いたんだけどさ。差出人って、女の子だよね」
「ここは女子部だからね。当然だね。しかも中等部だから年下だ」
ちょ、待って。生まれて初めてのラブレター(恋文)が年下の女の子からだなんて。
「ところで、義理姉妹の契りってどういう意味?」
「この学園では上級生と下級生で義理の姉妹の契りを結ぶことがあるんだよ。みんながみんなそうしてるわけじゃないよ。でも十剣鬼の連中にはほぼ妹や姉がいるね」
「なんか重っ! なによ契りって」
姉妹制度もこの学園にかかればかたなしだ。
「いや、そんなあんたが考えるようなもんじゃないよ。上級生が特別親しい後輩を作って面倒を見るとかそんな感じ。ま、解消する時は色々あるみたいだけど」
「サラッと最後に不穏なこと付け足さないで」
『クク、小指詰めるとかだったりしてな』
ちょっと気色悪いこと言うの止めてよ、ハク。
読み終わったらしいスズちゃんがヒラリと手紙を振って私の手に押しつけた。
「差出人の名前は渡会遥乃、中等部三年だってさ。高等部東校舎の裏であんたが来るまでずっと待ってるって書いてあるけど、どうすんの?」
「え、今?! 授業始まっちゃうよ。まずいんじゃないの」
中等部校舎は学園敷地内の反対側でかなり距離がある。私が行かなかったら、当然渡会さんとやらは授業に遅刻、最悪欠席扱いとなる。十七条の剣法とやらが中等部も含めた学園全体に及ぶのだとしたら、剣武会の連中に見つかれば『死罪』を申し渡される可能性もある。
「それがこの渡会某の作戦かもね。もしくはあんたならきっとすっぽかしたりしないって思ってんじゃね」
「ああもう、いけばいいんでしょ! なんでこの学園の人間はみんな朝から私を問題に巻き込むの!」
足元の上靴を再び下駄箱に突っ込むと、東校舎に向けて駆け出していた。
『きっとお前の運命だな』
ぜったい、やだ!
変えてやるわよ、そんな運命。




