第十三話
店外での唐突な辻斬りに、周りのお客さんたちが騒然となった。
「うわー、シホ女生だよ」
「あの斬られた男子、なにやらかしたん?」
「食欲失くなっちゃった。帰ろうか」
しかし刀を持っていない一般の人たちの反応も、意外にもこんなもんである。特に恐がったり、パニックになったりは誰もしていない。
士峰館の女子が誰かを斬ることって、この世界ではとにかく常識や普通の範疇なのだ。みんな「ちょっと迷惑だなぁ」くらい。
斬り合いが学園内だけの特権じゃなかったことに私は愕然となる。学校どころかこの街自体、本当にどうなってんの。
そんなことを考えていたら、返り血を浴びたゆっこが店内に駆け込んできた。周りのざわめきが強くなる。
「えーん、ズーラン!」
泣きながらスズちゃんに抱きつくゆっこ。
「また連敗記録更新だね。ま、いい男はまだまだいるって」
背中をさすり、慰める振りをして帯の所のスマホを回収するスズちゃん。手慣れてる。
私はガラスの向こう、駐車場を見る。さっきまで爽やかに笑っていた田中君は血の海に沈んでいる。
「えぇっと、田中君のご遺体はどうすんの。あのままはさすがにまずいんじゃないの? それともこれって逃げた方がいいやつ?」
『人を斬って逃亡って、元の世界なら完全に凶悪犯だな』
いや、私が斬ったんじゃないからね。人聞きの悪いこと言わないでよ。
『三日も経ちゃ落ち着いたもんだな。ま、俺様としては好都合だが』
不本意だけど、この世界に合わせて私の中身もある程度ローカライズされてしまっている。だけどそれにしたって色々と酷いってのはちゃんと分かってるつもりだ。
ううん、酷すぎると言ってもいい。ゆっこの姿に少しでも青春キラキラJKライフを垣間見た私のトキメキを返せと言いたい。
結局士峰館女子の人間はどこまでいってもキラキラではなくギラギラってことなのか。
「失礼します、お客様」
「は、はい!」
外の駐車場を見ていた私は、急にそばで声を掛けられてめっちゃびっくりした。横を見るといつの間にやって来たのか、ウェイトレスのお姉さんがぺこりと頭を下げていた。
「先ほど警察に通報致しましたので、そのまましばらく店内にてお待ち下さい。恐らく五分ほどで到着するかと思います」
え、警察? やばいやばい。どうしようハク?!
『さぁな。ま、最悪俺様が警官隊の包囲網くらい突破してやんよ』
ちょっと、冗談やめてよ。笑えないって。
私はサーチライトと赤色灯が闇夜を照らす中、ばっさばっさ警官を斬り伏せ、薙ぎ払って走る自分を想像してぶるっと震えた。
返り血に染まって泣くゆっこ、それを慰めるスズちゃん、さらに状況を悪化させるようなことを言うハク、ただただパニックの私。
逃げることも落ち着くことも出来ず、無駄にジュースをおかわりするだけで五分が経ち、店員さんが言った通りサイレンを鳴らしたパトカーがやって来た。
パトカーから男女二人の警官が降りた。男性警官は田中君の遺体のそばにしゃがみ込んで何か検分のようなことを始め、女性警官の方はファミレスの中へと入って来た。
入り口で店長さんぽい人といくつかやりとりした後こちらをチラリと見て頷き、迷いのない足取りで私たちがいるテーブルへ向かって来る。
店内のざわめきが大きくなるほど私は反対に小さくなる。お客さん全員の視線が警官に、次に私たちに集まる。
「皆さん落ち着いて下さい」
良く通る声をした若い綺麗な人だった。
斬ったのは私じゃないとはいえ、これからどうなるんだろう。共犯とかに問われるんだろうか。
目を逸らして水滴の浮いたグラスを見つめる。
あ、なんかおかわりし過ぎて今頃トイレ行きたくなって来た。
『緊張感あるのかねぇのかどっちだよ』
そう言われたって……。
女性警官は私たちのテーブルの前までやって来ると、私、スズちゃん、ゆっこの順番で見回した。やがてはぁっと大きなため息を吐き出した。
え、なにそのリアクション。
「またシホ女の学生さん? なるべく学園敷地外での刃傷沙汰は勘弁してね。書類作成とか事後処理が面倒なのよ」
え、ユルっ!
問答無用で手錠を掛けられて腰に縄打たれるとかじゃないんだ。っていうかうちの学校そんなに外で刃傷沙汰起こしてんの?! いやそれより学園内ならいくら殺しても平気ってこと?!
ああ、ツッコみたい。超ツッコみたい。でもさすがに相手は警察官だし。
『代わりに俺様が言ってやろうか』
余計なことしようとすんなっ。
「斬ったのは……、あなたね。丸腰の相手を惨殺しちゃうのはお巡りさんちょっと感心しないなー」
血だらけのゆっこを見る。
まるで保育園の先生が幼児に言うような言い方だった。
それが癪に障ったのか、ゆっこがスズちゃんの肩に埋めていた顔をバッと上げて女性警官を睨んだ。目元には涙を滲ませ、ズビッと洟を啜る。
「だって、だってあんまりじゃないですかぁ。私の告白を受け入れなかったんですよ! なによ、『ごめんなさい』って。あんなに勇気出したのに! ごめんですんだら警察いらないっての、えーん!」
自分で言ってて惨めになったのかゆっこはまた泣き出してしまった。
ごめんですんだら警察いらないって、こういう時に言うセリフだっけ、ハク。
『ククク、面白ぇな』
面白くないよ!
「あー、そういうわけだったの。最近の男子は礼儀がなってないわね。それじゃ斬られても仕方ないかー。はいはい、泣かないでね-。悪いようにはしないから。ね?」
優しくゆっこの頭を撫でる。
「うぅ、はい」
「今回は相手も士峰館学園の人間みたいだから、処理も楽なものよ。次からは気をつけてね」
ゆっこの事情にほだされて対応変わっちゃってるよ。警察がそんなんでいいの?
「次は絶対いい男の子に巡り会えるよ。ほら、かわいいんだから笑って笑って」
人が死んだ緊張感や悲壮さなんて欠片もない穏やかな雰囲気。田中君の死が、こんな『フラれたゆっこを慰める会』みたいな女子会のノリで処理されて本当にいいんだろうか。
「あ、あのぉ、聞いてもいいですか」
私はおずおずと小さく手を上げる。
「はい、なにか」
「田中君――斬られた男子ですけど、彼の遺族は、その、怒ったりしないんでしょうか」
ファミレスの駐車場においての一方的な殺戮。動機はフラれた腹いせによるもの。怒る、とかいう次元の話じゃないような気もした。
「遺族? そうね、田中君のお母さんもきっと、『女子部の子に斬られたなら光栄ね』って許してくれると思うよ。事情を知ったら逆に我が子の無礼を謝るんじゃないかな」
「……あ、そうですか。ありがとうございました」
もういいです。
「はい、どういたしまして」
私は全身の力が抜けて、がっくりとソファにもたれかかった。
一刻も早く犯人を見つけてこの世界を抜け出さないと、私の身がもたない。『フラれたら殺してOK』なんてのがまかり通る世界で、私の大事な青春を費やすなんてまっぴらだ。
「こんな狂ったとこ、ぜったいさっさとおさらばしてやる」




