第十二話
「――ねぇ」
騒ぐ私に横から声が掛けられた。ずっとひとり黙って今の今までスマホをポチポチいじっていたゆっこだった。
「いつまでそんな面白くない話題続けるわけ。大谷もヌートバーもあだち充もどうだっていいよ」
「悪い悪い」
「ごめん、ゆっこ。うるさかったよね。そういやずっと何してたの、アプリゲーム?」
珍しく真剣な顔をしている。何かあったんだろうか。
「昨日やった男子部との合コンだけどさ」
表情から予想したよりもずっとポップでライトな話題だった。これまでの内容とずい分な温度差だったが、こっちの話なら大歓迎だ。
そう、私はみんなと恋バナとかそういうのがしたかったんだ。野球ネタなんかお呼びじゃないのよ。
「ああ、昨日のな。それが?」
私たちは昨日、士峰館学園の男子高等部の人たちと合コンをした。
玻璃組所属の私が剣武会の木南ちゃんを倒した噂は瞬く間に広がっていたので、その名声を利用してあっさりとスズちゃんがセッティングしてしまったのだ。
士峰館学園には男子部もあるにはあるのだが、女子部に比べて圧倒的に規模は小さく、帯刀も許されておらず扱いも低いという。
けれどそれは内部を見れば女子部も構造的には一緒で、クラス名を言っただけで合コンをお断りされるなんていうのは日常茶飯事らしい。
だから玻璃組生と名乗って合コンがセッティング出来るのは、スズちゃんやゆっこ曰く大事件なのだった。
そうして昨日あれよあれよという間に二人に合コンの場へと引っ張り出されたわけなのだが、学園のこと、剣闘のこと、犯人のことで頭が一杯だった私は、生まれて初めての合コンだというのに愛想笑いを浮かべて、振られた話に答えるだけで終わってしまったというなんとも不甲斐ない結果。
「田中君っていたじゃん、結構背の高かった」
私は昨日のメンバーを思い出す。確か私の正面に座っていた前髪の長い男の子だ。
笑うと口元に笑窪が出来て、白い歯がキラリと光りそうな爽やかイケメンだった。実際には光ったりしなかったけど。
「ああ、いたいた。それがどしたの」
「私、好きになっちゃった。それでさ、今からちゃんと告ろうと思って田中君呼び出しちゃった」
「えっ?! 連絡先交換してたんだ」
「ずい分急だね。本気なの?」
「あったり前だよ。考えに考え抜いたメッセージを送ったんだから。めっちゃ書いては消し書いては消しってしてたんだよ。それなのに二人はあいつは死ねだのこいつは殺すだのって話ばっかり」
いや、さすがにそんな直接的な発言はしてないよ。
「いい? 私たちは士峰館の剣徒である前に花のJKなんだよっ」
グサリと言葉が私の胸に突き刺さった。
《小次郎》の剣気をものともせず、好きになった男子のためスマホの画面に集中していたゆっこ。え、これめっちゃJKしてない?
それに引き換え私ときたら……。
『ククク、お前に待ち受けているのは血煙と血風渦巻く斬り合いだけだ』
ぜったいやだ! 私もゆっこみたいなのがいい!
その時ピロンとゆっこのスマホが鳴った。
「やば、もうすぐ着くって」
「どこで待ち合わせなの?」
「このお店の駐車場。私、ちょっと鏡見て来る!」
テーブルに置いてあった刀を取るとバタバタと店の奥のトイレへと駆けていくゆっこ。
その様子をなんだか生暖かい目でスズちゃんが見つめている。
「ゆっこって惚れっぽいんだけど、今まで上手くいったためしがないんだよね。さて今回はどうなるやら」
「スズちゃんから見て田中君はどんな印象だった?」
「んー、見た目は悪くないんじゃないの。ま、あーしのタイプではないかな。中身まではあんな短い時間でわかるわけもないしね。大した話もしてないし。美夜日は?」
田中君を除けば残りの男子は髪の短いスポーツマン風の人と、ニコニコした幼い顔立ちの人の二人だ。
みんな私に木南ちゃんとの剣闘のことばかりを聞きたがり、他に話したことと言えば自己紹介くらいのものだった。確かに人となりを知るほど大した話もしていなければ聞いてもいない。
スズちゃんの言う通りだ。考えたらお互いに無礼な話だった。
スズちゃんの質問に首を横に振る。私の意見もほぼ一緒で、田中君に特にいい印象もなければ悪い印象もない。
「そっか。まぁゆっこが田中がいいってんなら別に止める理由はないよ。明らか危なそうな奴とか悪そうな奴とかだったら止めるけどさ。あ、そうだ。美夜日スマホ出して」
「なに?」
スズちゃんが自分のスマホを操作すると、すぐに私のスマホに着信があった。
「出て」
言われるままスズちゃんの着信に通話ボタンを押す。
「しばらくそのままにしといて。ほら、ゆっこ戻って来たよ」
どういうことか聞く間もなくバタバタと私たちのテーブルの前までゆっこが走って来る。
「ズーラン、ミヤッピ、私のかっこおかしくないよね?!」
手を横に伸ばして、小さな身体を目一杯広げてみせる。袖がびろんと垂れ下がる。
「ゆっこ、ちょっと後ろ向いてみ」
言われるままゆっこが後ろを向く。
「ほら、ここちょっと歪んでるよ」
ギュッと刀を押し込み、袴スカートの帯を整える。
その時スズちゃんが自分のスマホをゆっこの帯の間に差し込むのを私は見逃さなかった。
立てた人差し指を口元に当て、私に向かって『しー』のポーズ。続けてウィンク。
「ズーラン、まだ? 田中君来ちゃうって」
「待って、もうちょい」
帯を直す振りをしつつ、グイグイとスマホが落ちないように上手く押し込む。
「出来たよ。ほれ、行って来い」
パシンっと気合いを入れて押し出すようにゆっこの背中を叩く。
「うん! 行ってくる」
ゆっこが店の出入り口へ向けて小走りに駆け出す。私も何か言わなきゃ。
「ゆっこ、ガンバ!」
少し立ち止まってゆっこが振り返った。
「うん、がんばるね。ミヤッピもあんがと!」
とってもいい笑顔だった。頭の上のお団子がかわいく揺れる。
ああ、これだよ。私の求めてたのは。クラスメイトとの友情、素敵な出会い、恋の応援。でもなんで私じゃなくゆっこなのさ。
『だからお前に待ってんのは暴力と血飛沫とそれから』
うるさい、黙れ。
「お、来たみたいだよ」
ガラスの向こうを見ると、歩道からファミレスの駐車場に入ってくる制服姿の男子が見えた。
間違いなく昨日会った田中君だ。店外に出たゆっこも、その姿を認め近付いて行く。
「美夜日、ハンズフリーモードにしてボリューム上げて」
いまだ通話中になっていた私のスマホを指差す。
「あ、なるほど」
「これで何話してるか丸分かりだ」
スズちゃんがひひひと悪い笑顔を浮かべる。
友情に恋にスイーツ。そしてちょっとばかりの野次馬根性。
女子はみんな他人の恋バナが大好物なのだ。だからこれは仕方のないことなのである。
『である、じゃねぇよ。盗聴はちょっとばかりって言わねぇだろ。何が仕方ないだ』
全力で無視する。
――遅れてごめん、ゆっこちゃん。待った?
――ううん、大丈夫。こっちこそ急に呼び出してごめんね。
私のスマホから二人の会話が聞こえてくる。
「うー、なんかこっちがドキドキしてきたよー」
「なんであんたが緊張してんの。てかなるべく声小さめな。こっちの声が聞こえたらまずい」
小声になるスズちゃん。私も慌てて口元を手で押さえる。
――それでどうしたの。
――うん、その、あのね……。
俯いてモジモジと恥ずかしそうにしているゆっこ。あー、超いじらしい。
こっちに背中を向けているせいでその表情が見えないのがなんとももったいない。
ぜったいかわいいって。これなら田中君も一撃だって。
「ちぇ、早く言えよ。まどろっこしいなー。ほら、そこだ。押し倒せ」
「ちょっとスズちゃん黙って。こんなとこで押し倒してどーすんの」
――ん、なにか聞こえなかった?
――え、そう? 私は別に。
慌てて二人して口を押さえる。
『アホだろ、お前ら』
刀にまで呆れられるとは。
――田中君。
――はい。
決意を込めたゆっこの声。来る!
『来る! じゃねぇよ』
いちいちうっさいな。
――好きです。私と付き合って下さい。
言ったー!!
しばしの無言。ゆっこも田中君も動かない。
――ごめんなさい。
無情にも返ったのはお断りのお返事。スズちゃんがあちゃーって顔をする。
――ゆっこちゃんのことは友達としか見れないかな。
――……そっか。
――ごめんね。でも、こうして知り合えたんだしさ、今度どこか行こうよ。昨日の二人も誘ってみんなでさ。十剣鬼との剣闘の話もっと詳しく聞きたいし。
――じゃあ。
――うん、どこがいいかな。
「あ、まずいね」
「え?」
スズちゃんが呟く。
――あの世。
――へっ?
ゆっこの腰から銀光が走った。脳天から縦一文字に刀が振り抜かれる。
――はん、ひとりで逝けば。
ドバッと大量の血がぶち撒かれた。田中君が倒れ伏し、雑なアートみたいに夕刻の駐車場を真っ赤に染め上げる。
「ぎゃーーー! 田中くーーーん!!」
私が叫ぶのと同時にスズちゃんの手が動いてスマホの通話を素早くオフにする。
「あーあ。フラれた腹いせに斬るとかゆっこもまだまだ青いねぇ」
「押し倒すどころか斬り伏せちゃったよ!」
『まさしく一撃だったな』
うっさい、あんたは喋んな!




