第十話
それから二日。入学からは四日が過ぎた。
――放課後、私はスズちゃんとゆっこの三人で、ファミレスの窓際の席に座りドリンクバーのジュースを啜っていた。
犯人を見つけなきゃいけないはずなのに、昨日も今日も放課後街に繰り出しては日が暮れるまで二人と遊んでいる。
テーブルの上にはポテトフライの大皿、空いた大量のドリンクバーのグラス、腰から外されたギンギラにデコられたスズちゃんとゆっこの刀にスマホ。ハクはというと、『俺様をあんな所へ一緒に並べるなよ』とのことで、腰から抜いてソファの上に鎮座ましましている。
私はポテトの一本を摘まむと口へ運んだ。
こんなことをしていていいんだろーかという思いは確かにある。犯人を探さなければいけないのも分かっている。
でも全くその手がかりがないのだ。
士峰館学園の剣徒は初等部から高等部まで入れると千人ほどにもなる。そこに教師や職員の数も入れたらもう途方もない。そんな中から犯人を見つけ出そうと考えた瞬間に、私の現実逃避は始まっていた。
お母さんもハクも気長にやるしかないとは言ってくれているが、正直いくら時間を掛けたってムリでしょこんなん。
なので私は今日も今日とてファミレスでスズちゃんとゆっこの間で絶賛現実逃避中なわけなのである。
「美夜日ー。おーい、聞いてっかー」
物思いに耽っていた私の顔の前で、長めのポテトをスズちゃんがフリフリと揺すった。
「ごめん、ぼーっとしてた」
「しっかりしなよ。あんたはあーしらの希望の星なんだからさ」
「希望の星って、なにそれ」
スズちゃんが軽くため息を吐きつつ、煙草のようにポテトを口の端にくわえる。
「うちらのクラス名なんだったか言ってみ」
「えーと、玻璃組だっけ」
「玻璃ってのは七宝では天然の水晶を指すけど、見方を変えりゃただのガラスだ。それはこの学園においても同じ。他のクラスは瑪瑙、翡翠、瑠璃、琥珀だ。意味分かる?」
「んーん」
なにが言いたいかさっぱり分からず、ポテトを摘まんでコーラで流し込む。
「玻璃なんて大層な名前がついてるって思うかもしれないけど、要するにガワだけさ。つまり落ちたら砕ける安物クラス、落ちこぼれって意味だよ」
「え、そんな意味だったの。なにそれ、ひどくない?」
「そうだよ、ひどい話だ。でもな、その落ちこぼれクラスの剣徒が十剣鬼のひとりをぶっ倒したんだ。瑠璃も玻璃も照らせば光るってことわざもあるだろ」
「あ、うん。あるよね」
『お前ぜったい知らないだろ』
うるさい、黙ってろ。
「こんな痛快な話は他にないっしょ。前代未聞のジャイアントキリングなんだから、もっと嬉しそうにしなって」
スズちゃんが自分のことのように誇らしげに胸を反らして、手元のミルクティーに口を付ける。
「上級生から聞いた話だけど、あんたが倒したあの十剣鬼は校則にやたらと厳しい奴で、みんなに煙たがられてたんだ。
やり過ぎだろって意見も剣武会内でもあったみたいだけど、学園内風紀のための憎まれ役として都合が良かったみたいで結局黙認されてたらしい。
そんな奴をあんたはぶっ飛ばしたんだ。だからもっとはしゃいでいいし、喜んでいいんだよ。おかげで玻璃組においてはデコ鞘にデコ刀が解禁されたんだから」
玻璃組への抜き打ち刀剣検査、『改造刀剣は違反』というあの巨女の主張する校則を私は叩き斬った。よって玻璃組内では改造刀剣は是となった、ということらしい。
『クク、これもひとえに俺様のおかげだな』
自画自賛のハク。無視する。
「べつに嬉しくないわけじゃないよ。ただ夢中だったからいまだに何が何だか分かってないだけ」
「ほんとかぁ?」
「ほんとだって」
作り笑いを浮かべる。
『ま、こいつらだって美菜萌と俺様を倒した容疑者には違いねぇからな。思うところがあるのも分かるぜ』
ち、違うよ。そんなんじゃないよ! 私は二人を疑ってるわけじゃなくって。
『安心しろよ。多分この二人は違う。根拠はって言われたら上手く説明出来ねぇがな。持ってる剣気が違うっていうか』
剣気?
確か前にもそんな言葉を聞いた気がする。でも、そんなことより、
「ほんと?! ホントに二人は違うの?!」
思わず声に出していた。怪訝な表情でスズちゃんとゆっこが私を見る。
「……なんでもない。ごめん、急に大きな声出して」
誤魔化すようにポテトを大量に取り口に放り込む。
『ああ、安心しろよ。ってやっぱ疑ってたんじゃねぇかよ』
そりゃ、その、少しは、ね。ハクも分かってたんなら早く教えてよね。
『俺様をなんだと思っていやがる。都合のいい犯人識別センサーじゃねぇぞ』
それきりハクはヘソを曲げたのか黙ってしまった。
「なぁ美夜日、やっぱなんか気になることや心配事があるんじゃないの。もしそうだったらあーしらに言いなよ。友達だろ」
真剣な表情でスズちゃんが私を見る。
「そう言ってくれるなら、さっそくだけど」
犯人の件もだけど、私には切実な問題があった。
「ああ」
「ここの支払い借りてもいい? 私おこづかい少なくって。実は今月ピンチでさ」
スズちゃんがプッと吹き出した。
「あっはは、今日は私が奢ってあげるよ。だからこれからもよろしく頼むよ」
「うん。あ、奢りならケーキ追加していい?」
「調子ん乗んな」
メニューを取ろうとした私の手をピシャリと叩かれる。
「あ、他に気になることあった。さっき出た瑪瑙組とか翡翠組とか他クラスのことなんだけど」
「うん」
「なんか他のクラスの人たちって、うちのクラスに少し冷たいというかよそよそしいというか、そんな気がするんだけどあれってなんで? 人によっては敵意剥き出しで睨んで来るしさ。私の勘違いとかじゃないと思うんだけど」
「あー、それな」
スズちゃんは考えるようにポテトをモグモグする。
「さっきも言ったように玻璃組は落ちこぼれクラスだ。この士峰館学園において剣徒の全員が目指す場所は剣武会のトップの十剣鬼。
それを入学二日目のどこの誰とも知らない落ちこぼれクラスの外部生がぶっ倒したんだよ。あーしらにとっては美夜日は希望の星でも、他のクラスの奴らにしてみりゃ面白くないに決まってる」
あ、理解しました。
「でも実際に気をつけなきゃいけないのは一年の他クラスじゃない。十剣鬼そのものだよ。
あんたにやられたあいつ、えーっと名前なんて言ったっけ、まぁいいか。やられた奴の名前なんて。どうせ十剣鬼の中でも最弱だし」
「スズちゃん、『奴は十剣鬼の中でも最弱!』って、言いたいだけでしょ」
「まぁいいじゃん。お、噂をすればだ。あれ見てみなよ」
言われて私はスズちゃんが示す窓の外に目を向けた。
すぐ外側はファミレスの駐車場になっており、その向こうには広めの歩道があった。その歩道を五人ほどの女子の集団がワイワイしながら歩いて行くところだった。
「真ん中の、って言わなくても分かるか」
頷く。スズちゃんの言う通りだった。
すらりとした細身で長身の女子が放つ空気は他の四人とは明らかに違っていた。
切れ長の瞳に腰にまで届くポニーテール。白い羽織は剣武会所属の十剣鬼の物で間違いない。でもなによりその女子の圧倒的なまでの存在感は背中に背負った得物にあった。
「なにあのバカ長い刀。もうファンタジーの武器じゃん」
「三年梅花組、剣武会十剣鬼の一人、《小次郎》こと九堂院永久子だ。去年あいつに斬られた奴は何人だったっけな」
「そんな思い出せないくらいバカスカ斬り殺されてたら、卒業までに在校生いなくなるんじゃないの」
「入学してくる奴や編入してくる奴も後を絶たないからその心配はない」
やっぱり斬られたり殺されたりすることに関しては相変わらず、『そういうもん』という認識なんだ。もはや私も人のこと言えないけど。
「いいか、《小次郎》はさすがに最弱だったあいつとは違うぞ。間違ってもケンカ売ろうなんて考えるなよ」
「ふーん、《小次郎》、ね」
『当然佐々木小次郎からだろうな、ありゃあ』
ハクの言葉を聞きながら、私は爽やかな笑顔で周囲に何事か返す《小次郎》を眺める。私たちのいる店内からは《小次郎》のいる所まではまぁまぁ距離があった。こっちに気付くはずがない。
そんな油断が私にはあった。
『美夜日、柄に手を置け!』
ファミレスの前をそのまま通り過ぎるかに思われた《小次郎》がいつの間にか立ち止まっている。気がついた時、私はハクを手に取っていた。
こっちを見ていた《小次郎》とバチッと空中で視線がぶつかり合う。
ガタンとテーブルを揺らして立ち上がるとソファの上に思い切り右足を踏み込んでいた。
いつでも窓ガラスをぶち破って飛び出していけるよう腰を落とし、刀の鯉口を切る。
「おい、なにやってんだよ!」
スズちゃんが叫んだが構っているヒマはなかった。
背中の長い刀が一瞬で店内まで飛び込んでくるような錯覚を覚える。
ジリジリとした時間が流れた。
そうしてどれくらい睨みつけていただろう。《小次郎》がふっと笑って視線を切った。周りの女子たちは戸惑うように《小次郎》を見て何事が呟いている。どんなやりとりがなされているのかはここからでも手に取るように分かった。
「姉上様、どうなさったのですか」
「なんでもない。行こうか」
四人のお供を促して《小次郎》が歩道を歩き出し、すぐに視界から消えて行った。
全員の姿が見えなくなってからも私はしばらくは動けずにいたが、やがて刀を収め、ソファから足を下ろす。
「ふぅー」
大きく息を吐いた。
「ちょっと説明しなよ」
怒ったようにスズちゃんが腕を組む。ハクの言っていたことの意味が今分かったような気がした。
「剣気」
「え?」
「あの九堂院って人、私がいるのに気付いて思いっきり剣気をぶつけて来た」
額には大量の汗が浮いていた。
「……剣気、ね。かっこよく構えてたとこ悪いんけどさ。あんたの足元ポテトのケチャップでベトベトだよ」
「あああぁああ! 買ったばっかのローファーが! くっそー、《小次郎》許すまじ!」




