第八話 豊かになる村と、届いた呼び出し状
レオンハルト様が帰還してから数週間。ガラン村の運命は文字通りひっくり返るほどの激変を遂げていた。
王都の料理界の最高権力者が「辺境に本物の天才がいる」と漏らしたのだ。その噂が上流階級に響かないわけがなかった。
「ここが、レオンハルト卿が絶賛したという奇跡の食堂か!」
「おい、あの白カブのスープはあるか! 金ならいくらでも出す!」
連日、貴族の馬車や裕福な商人たちの列がガラン村の街道を埋め尽くした。かつて不気味な静寂に包まれていた廃村は、今や国中の美食家たちが押し寄せる「聖地」と化していた。
ゴルドじいさんは嬉しそうに腰を叩きながら毎日畑を拡張し、ベルトさんは「伝説の特級猟師」として毎日最高品質の獲物を届けてくれる。マリナさんは空き家を改装した休憩所の案内をこなしていた。
料理が、たった一人の料理人が、死にかけていた廃村を「奇跡の美食村」へと蘇らせたのだ。
そんな幸福な時間に、突如として影が差した。
昼の営業が終わった頃、食堂の扉が乱暴に押し開けられた。王宮の紋章が刻まれた衣服を身にまとった使者だった。その顔には、隠しきれない傲慢さと焦燥感が浮かんでいる。
使者は懐から一通の書状を取り出してテーブルに叩きつけた。
それは、禍々しいほどの金装飾が施された、見覚えのある手紙——。王都にいる私のお姉様、クロエからの『呼び出し状』だった。
「クロエ様からの伝言だ。『お前が田舎で私の料理を真似して小賢しい商売をしていると聞いた。来月、王宮で開催される建国記念晩餐会の厨房へ来い。お前の本当の立場を、もう一度叩き込んでやる』とのことだ」
「おい、そいつは命令か? アンナはもう王都の人間じゃねえ」ベルトさんが静かに立ち上がり、鋭い眼光を使者に向けた。
「断れば王命違背となり、この村ごと反逆罪で潰されると思え!」
使者はそれだけを吐き捨てると、逃げるように走り去っていった。
静まり返る食堂。テーブルの上の手紙を見つめながら、私はレオンハルト様の言葉を思い出した。
(お姉様……。やっぱり、私の存在に気づいたんだね)
焦り狂ったお姉様は、自分の料理のクオリティを取り戻すため、私を再び影武者として引き戻そうとしているのだ。
「アンナ、行く必要はねえ。俺たちが全力でお前を守る」ベルトさんが力強く言った。
「そうじゃ。ワシらが追い返してやるわい!」ゴルドじいさんも鼻息を荒くする。
「アンナちゃん、あなたはここにいていいのよ」マリナさんが私の手をぎゅっと握った。
みんなの言葉が、胸に染みた。
でも——ここで逃げたら、私は一生、お姉様の影から抜け出せない。ガラン村にも、ずっと危険が及び続ける。
私は手紙を拾い上げ、フッと不敵に微笑んだ。
「ううん、私、王都に行きます」
「アンナ!?」みんなが驚きの声を上げる。
「逃げるためじゃありません。お姉様に、ハッキリと言いに行くんです。私はもう、あなたの影じゃないって。……それに、王宮の晩餐会ですよね? ガラン村の最高の食材を持って行って、王都の偉い人たちの胃袋を、私の料理で完全に支配してやります!」
ベルトさんが「ハハッ」と豪快に笑い声を上げた。「なるほどな。胃袋の支配か、お前らしいや」
「カカッ! いいぞアンナ! ワシの最高特級のカブを全量提供してやるわい!」ゴルドじいさんも嬉しそうに拳を突き出す。
覚悟は決まった。私を捨てたお姉様と、王都の料理界。私の名前を取り戻すための戦いの幕が、今、切って落とされようとしていた。




