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天才料理人のお姉様の影武者だった私、廃村に捨てられたので好き勝手に食堂を開きました  作者: P作


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第七話 宮廷料理長の来訪と、究極の引き算

 行商人の遭難救助劇から半月が経った。

 「廃村の食堂に、命を救う魔法の弁当がある」その噂は尾ひれを付けて広がり、ガラン村はもはや「隠れ名店」では済まない賑わいを見せていた。

 そんなある朝、食堂の前に漆黒の豪華な馬車と、一糸乱れぬ王宮直属の黒鉄の騎士たちが現れた。馬車から降り立ってきたのは、深紅の外套を羽織り、胸元に王室の紋章をつけた初老の男性だ。その眼光は、すべてを見透かすかのように鋭い。

「なるほど。ルキウスが『近衛の職を辞してでも通いたい店がある』と泣きついてきた時は、いよいよ頭が狂ったかと思ったが……この漂う空気、ただの廃村ではないな」

「……あの、どちら様でしょうか」

「私はレオンハルト・フォン・グランツ。王宮の宮廷料理長であり、同時に——現在の『天才料理人クロエ』の、才能の庇護者だ」

 心臓が、跳ねるように冷たくなった。お姉様のパトロン。王都の料理界の頂点に君臨する最高権力者が、なぜこの辺境の廃村に。

「アンナと言ったな。お前が作った料理を、私の舌で確かめに来た。……私を満足させてみせろ、影の天才よ」


 王都の宮廷料理といえば、バターやクリーム、フォアグラにトリュフといった高級食材を幾重にも積み重ねる「足し算の料理」が至高とされている。お姉様が料理大会で優勝したのも、そうした濃厚で華やかな皿だった。

「なら……私は真逆を行こう」

 このガラン村には、王都の貴族が逆立ちしても手に入れられない最高の食材がある。裏山から湧き出る奇跡の湧き水と、ゴルドじいさんが手塩にかけて育てたカブだ。

「究極の『引き算』で、勝負する」

 カブの皮を極限まで薄く剥き、山鳥のささみ肉を極限まで細かく叩いてミンチにする。鍋に冷たい湧き水を注ぎ、火にかける。

 ここからが、私の真骨頂だった。

 お湯が沸騰する直前、肉から溶け出したアクが固まり始めた瞬間を狙い、お玉でサッと掬い取る。すくい、すくい、またすくう。雑味となる脂やアクを、一ミクロンも残さずに引き算していく。肉の旨味とカブの甘み「だけ」を湧き水の中に完全に溶かし込むのだ。

 仕上げに、野生のハーブをほんの一茎だけ浸し、爽やかな香りを一瞬で移す。味付けは、岩塩を指先でほんの一つまみ。それだけだ。


「お待たせいたしました。ガラン村の湧き水と白カブの清湯スープです」

 レオンハルト様の前に置いたのは、具材が一切入っていない、ただのスープだった。あまりの透明度に、器の底の模様が歪みなく透けて見えている。

「貴様……! 宮廷料理長たるレオンハルト様を愚弄するか! ただのお湯を出して——」

「黙れ」レオンハルト様が鋭い声で側近を制した。「見ろ、この圧倒的な透明度を。脂の一滴すら浮いていない。だが、この立ち上る湯気から漂う香りは……この身体の奥底を揺さぶるような芳醇な匂いは……!」

 レオンハルト様は震える手でスプーンを握り、ゆっくりと口に運んだ。

「……っ、ぐ……!?」

「圧倒的に『清らか』だ! 口に入れた瞬間、野生の鳥の力強い旨味と、大地の凝縮された甘みが濁流となって喉を駆け抜けていく! なのに、後味はまるで春の微風のように一瞬で消え去り、心地よい余韻だけが舌に残る……! これほどの『完璧な引き算』、王都のすべての三ツ星シェフを集めても不可能だ」

 レオンハルト様はスプーンを置き、私をじっと見つめた。

「やはり、お前だったのだな。ここ数ヶ月、クロエの料理から『芯』が消えた。華やかな見た目はそのままなのに、どこか空虚な料理になっていた。……クロエの料理の『芯』を作っていたのは、お前だ。アンナ、お前がクロエの影武者だったな」

 私は真っ直ぐにレオンハルト様の目を見返し、静かに頷いた。

「はい。私は、お姉様の影武者でした。……でも、今はただの、この村の料理人です」


「素晴らしい。アンナ、王都へ戻る気はないか? お前を私の直属の宮廷料理人として迎えよう」

「お断りします」

 私は微笑みながら、ハッキリと告げた。

「私はもう、誰かの影になるのは嫌なんです。この場所で、私の料理を美味しいと言って食べてくれる人たちのために、アンナとしての料理を作りたい。それが私の幸せですから」

 レオンハルト様はしばらく私を見つめていたが、やがて愉快そうに笑い声を上げた。

「ふはっ……! 宮廷料理長の誘いを一蹴するとは、大物め。……だが、アンナ。お前が望まずとも、世界はお前を放っておかないぞ。近いうち、お前は嫌でも王都へ、そしてクロエと向き合うことになる」

 レオンハルト様は意味深な言葉を残し、金貨の袋をテーブルに置くと、豪華な馬車へと戻っていった。

 不穏な予感を孕みながらも、私はガラン村の仲間たちの温かい視線に包まれ、再び前を向くのだった。

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