第五話 招かれざる貴族の騎士と、おこげの奇跡
街道の口コミ効果は凄まじく、連日、遠方からの客が訪れるようになった。そんなある日の昼下がり、食堂の前に一頭の立派な軍馬が止まった。
現れたのは、白銀の胸当てをした若い騎士だった。整った顔立ちには、隠しきれない傲慢さが滲み出ている。
「……ふん。随分と薄汚れたボロ小屋だな。私は王都の近衛騎士団副団長、ルキウス・フォン・アルバートだ。王宮御用達となったあの『天才料理人クロエ』様の料理で舌を肥えさせた。辺境の廃村の料理など、本来口にする価値もないのだがな。お前の作れる最高の皿を出してみせろ」
(お姉様の料理のファンなんだ……)
私は苦笑を噛み殺した。その「クロエお姉様」の料理の全行程を裏で作り続けていた影武者が、目の前にいる私だとは夢にも思っていないのだろう。
「かしこまりました。今ある材料で、温まるものをご用意します」
私の視線に留まったのは、竈の片隅。お昼用に炊いた大麦入りのご飯が、鍋の底でこんがりと黄金色に焼き付いた「おこげ」だった。
「よし……これを使おう」
山鳥の骨を叩き割って強火で煮込み、ハーブと甘い玉ねぎを投入する。骨の髄から抽出されたスープは、白濁して濃厚な旨味の塊へと変わっていく。
次に、鍋底から剥ぎ取ったおこげをラードで素揚げにした。パチパチパチ!と、お米が爆ぜる音が響く。油を切ったおこげは、まるで黄金の煎餅のように輝いていた。
「お待たせいたしました」
ルキウス様のテーブルへ、おこげの器と、熱々の山鳥スープを運ぶ。
「……ただの焦げた飯ではないか。バカにしているのか?」
「仕上げをいたします」
私がおこげの上から熱々のスープを一気に注ぎ入れた、その瞬間だった。
ジューーーーーっ!!!
激しい音と共に、香ばしいお米の匂いと、濃厚な鳥出汁の香りが爆発的に店内に広がった。おこげがスープを吸って、パチパチと音を立てながら踊っている。
「な、何だこの音は……! それに、この暴力的な香りは……!」
ルキウス様は言葉を失い、震える手でスプーンを握った。
「――っ!? う、美味い……美味すぎるッ!! この香ばしさと、スープを吸ってモチモチになった食感の対比が……! 山鳥の旨味のすべてを凝縮したスープが、おこげの隙間から口いっぱいに広がる……!」
ルキウス様は取り憑かれたように器に顔を近づけ、最後の一滴までスープを飲み干した。
しばらく沈黙があった。
それからルキウス様はゆっくりと顔を上げ、私を真っ直ぐに見た。さっきまでの傲慢さが、きれいに消えていた。
「……私の負けだ。廃村の料理と侮った私を許してくれ。これほどの腕を持つ料理人が、なぜこんな場所にいる?」
「私はただ、ここで自分の名前の料理を作りたいだけですから」
ルキウス様は深く息を吐き出し、懐から金貨の袋を取り出してテーブルに置いた。
「料理人、名前を教えてくれ」
「アンナです」
「アンナ……。王都のクロエ様とは違う、だが間違いなく彼女に比肩する天才が、このガラン村にいることを。私は一生忘れない」
ルキウス様はそう言い残し、どこかすっきりとした顔で食堂を去っていった。
ゴルドじいさんが嬉しそうに笑った。「今日も一人のぼんぼんを胃袋で黙らせたな、アンナ」
私は苦笑いしながら、次の仕込みに戻った。
でも、胸の奥がじんわりと温かかった。
お姉様の名前ではなく、私の名前「アンナ」として、また一人に私の料理が届いた。




