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天才料理人のお姉様の影武者だった私、廃村に捨てられたので好き勝手に食堂を開きました  作者: P作


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第四話 口コミが街道を走る日、食堂に列ができた朝

 行商人の男が去ってから、ちょうど一週間が経ったときだった。

 いつも通り夜明け前に起きて厨房の竈に火を入れようと食堂の扉を開けた私は、自分の目を疑った。

 まだ薄暗い朝靄の中に、人影が点々と並んでいる。一人、二人、三人……全部で十人ほど。旅装束の者もいれば、衛兵らしき鎧を着た男たちもいる。みんな寒そうに腕を組みながら、食堂の扉を睨みつけていた。

「おい、お前さんがここの料理人か!? 街道で会った行商人が『王都の三ツ星より美味いハーブ焼きを出す店がある』って言いふらしてたんだ。頼む、何か温かいものを食わせてくれ!」

(あの行商人さん、本当に口コミを広めてくれたんだ。というか、王都の三ツ星より美味いだなんて、そんな大げさな)

 私はすぐに袖をまくった。「すぐ準備します。中へどうぞ!」


 ベルトさんが持ってきてくれた新鮮な大鹿の肉と、マリナさんに教えてもらった裏山の野生の香草、ゴルドじいさんの畑のカブとじゃがいも。

「よし……あれを作ろう」

 大鹿の塊肉に包丁を入れる。筋を完璧に見極め、流れるような手さばきで切り分けていく。お姉様の厨房では、一晩で数百人分の肉を捌いていたのだ。これくらいの量、息をするよりも簡単に終わる。

 切り分けた肉をハーブと麦汁に漬けて臭みを消し、熱した鉄鍋でラードを溶かして表面を強火で一気に焼き上げる。

 シュワァァァァッ! と、猛烈に香ばしい音が厨房から響き渡った。

 表面をカリッと固めた肉に、カブとじゃがいも、完熟トマトの塩漬けを投入して、竈の強火と弱火を交互にコントロールしながら煮込んでいく。

 三十分後。

「お待たせしました。大鹿肉とゴロゴロ野菜の濃厚トマトハーブ煮込みと、岩塩フォカッチャです」


 列の先頭の衛兵が我慢できないとばかりにスープを口に運んだ次の瞬間、男はカッと目を見開いたまま硬直した。

「……っ!? 鹿特有の臭みが一欠片もないどころか、噛んだ瞬間、濃厚な旨味がジュワッと溢れて口の中で溶けやがった! スープもトマトの酸味とハーブの香りが完璧に調和してて、スプーンが止まらねえ!」

 店内のあちこちから「美味い!」「信じられん!」と絶叫に近い声が上がり始めた。全員が、お代わりを求めて空になった皿を突き出してくる。

 いつの間にか起きてきたベルトさんが嬉しそうに笑いながら水を運んでくれた。マリナさんもエプロン姿で客席の案内を手伝ってくれている。ゴルドじいさんは椅子に座ってパイプをくゆらせながら、誇らしげに目を細めていた。

 戦場のような忙しさだったが、私の心はどこまでも満たされていた。

「美味かったぞ、アンナさん! また絶対来る!」

「アンナちゃん、来週の遠征のときも寄るからな!」

 みんなが私の目を見て、私の名前を呼んで、笑顔で褒めてくれる。

(お姉様。私は今、廃村の小さなボロ小屋にいます。でも、ここが私の——料理人アンナの、始まりの場所です)

 汗を拭いながら、私は窓の外に広がる青空を見上げた。

 行列は、街道のずっと奥まで続いている。

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