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天才料理人のお姉様の影武者だった私、廃村に捨てられたので好き勝手に食堂を開きました  作者: P作


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第三話 廃村に噂が立つ日、最初の見知らぬお客様

 食堂を始めて一週間が経った。

 毎朝、ゴルドじいさんが開店前に厨房を覗きに来る。「今日は何を作るんだ」と聞くのが日課になった。ベルトさんは毎日、森で獲ってきたものを黙って厨房の前に置いていく。「代金は飯で払う」という謎の契約が、いつの間にか成立していた。マリナさんは食べながらよく話した。この村の昔のこと、疫病で去っていった人たちのこと。

 三人だけの食堂は、静かで、小さくて、でも確かに温かかった。


 転機は、十日目に来た。

 昼時、見知らぬ男が食堂の戸口に立っていた。旅装束で、背中に大きな荷物。顔は日焼けしていて、目が鋭い。

「……ここ、食堂か?」

「そうです」

「やってるのか?」

「やってます」

 男はしばらく戸口に立ったまま、厨房から漂う匂いを嗅いだ。それから、ゆっくり中に入ってきた。

「今日は川魚のハーブ焼きと、野菜のスープと、パンです」

「それをくれ」

 新鮮な川魚は、シンプルに焼くことにした。余計なことをしない。素材がいいときは、素材の邪魔をしないのが一番おいしい。それも、七年間で覚えたことだ。

 男は一口食べて、動きが止まった。それからゆっくり咀嚼して、また一口。無言のまま、でも箸が止まらない。

 皿が空になったとき、男は顔を上げた。

「……うまかった」

「ありがとうございます」

「もう一皿食えるか」

「お代わりは半額です」

「出してくれ」


 二皿目も平らげてから、男は言った。

「ここに食堂があるとは知らなかった。廃村だと聞いていたが」

「最近始めました」

「王都の? 腕がいい」

 私は少し間を置いた。

「王都にいたことはありますが、今はここの料理人です」

 男は代金を置いた。相場より少し多かった。

「名前は」

「アンナです」

「アンナか」男は頷いた。「覚えた」

 戸口を出ていく背中を見送りながら、ゴルドじいさんがぼそりと言った。

「あいつ、この街道を行き来する行商人だ。いい店を見つけると人に教える」

 私は少し考えてから聞いた。

「……広まりますか」

「どうだろうな」じいさんは少し笑った。「でもあいつが二皿食ったのは、俺が見てきた中で初めてだ」


 その夜、私は明日の仕込みをしながら考えた。

 王都では何百人もに料理を作っていた。でも誰も私の名前を知らなかった。

 ここでは四人だ。でも四人とも、アンナという名前を知っている。

 竈の火を落として、包丁を拭いて、部屋に戻る。

 窓の外、街道の向こうに行商人の小さな灯りが見えた。あの人が次に来るとき、何を作ろうか。

 考えているうちに、自然と顔がほころんだ。

 お姉様の厨房では、一度もこんな気持ちにならなかった。

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