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週末、私は久しぶりに一人の時間を満喫しようと計画していた。
一輝さんとの時間は刺激的で甘いけれど、たまには一人で自由気ままに街を歩きたい。そう思って、今日は一輝さんからの誘いも「予定があるから」と事前に断っていた。
土曜日の昼下がり、私はミケをトリミングサロンへ預けた。
「ミケ、可愛くなってきてね」
受付を済ませた私は、そのまま歩いてすぐの場所にある生活雑貨店「ロフト」へ向かった。新作のシステム手帳のリフィルと、一輝さんの家のキッチンにこっそり置こうと思っている可愛いマグカップを吟味するためだ。
広い店内を三十分ほど物色し、ようやくお気に入りを見つけてレジに並ぼうとした、その時だった。
「……その色よりも、隣のネイビーの方がお前の家には合うだろうな」
耳元で、聞き慣れた――そして今、最も聞くはずのない――低く落ち着いた声が響いた。
「えっ……一輝さん!?」
驚いて振り返ると、そこにはグレーのタートルネックをモデルのように着こなした一輝さんが立っていた。休日のラフな格好ながら、周囲の女性客が思わず二度見するほど圧倒的に格好良い。
「どうしてここに!? 今日は、別の予定があるって……」
「用事は済ませた。……いや、正確には移動の途中だ。たまたまこの店に、私が探していた限定の万年筆が入荷したと連絡があってな。ただの偶然だ」
一輝さんは表情一つ変えずに、隣の棚にある高級筆記具のショーケースを指差した。
(本当かな……。一輝さんなら、わざわざ自分で買いに来なくても、部下に頼めるはずなのに)
私が疑いの視線を向けると、彼はフイと視線を逸らした。
「ついでだ。そのマグカップも一緒に会計してやる。貸せ」
そう言って、強引に私のカゴを奪い取ってレジへと向かってしまった。
結局、そのまま一緒にランチを取ることになり、私の「一人作戦」は早くも崩壊の兆しを見せ始める。
「一輝さん、この後は私、ミケを迎えに行かなきゃいけないので……」
「そうか。ならば、その前に少し休もう。喉が渇いた」
一輝さんに連れられて入ったのは、サロンのすぐ近くにある、裏路地の静かなブックカフェだった。私が以前「ここ、猫の本がたくさんあって素敵なんです」と一輝さんに話したことがあった場所だ。
「ここ、予約してないと入れないことも多いのに……。あ、席が空いてる」
「運が良かったな。さあ、座れ」
一輝さんは当然のような顔で席に着いたけれど、私は見逃さなかった。店員さんが彼を見た瞬間、「瀬良様、お待ちしておりました」と言いたげな顔をして、深くお辞儀をしていたことを。
(……絶対、最初から予約してたんだ)
美味しいコーヒーを飲みながら、一輝さんは難しそうな経済誌を読み、私は猫の写真集を眺める。会話は少ないけれど、窓から差し込む午後の光が二人を包み、不思議と心地よい時間が流れていく。
「一輝さん、本当は……私がここに来るって、知っていたんじゃないですか?」
私が不意に尋ねると、一輝さんは雑誌から目を離さずに答えた。
「お前の行動パターンを考えれば、ロフトの後にミケの迎えまで空く一時間を、どこで潰すかくらい簡単に分かる。私はただ、先回りして待っていただけだ」
「それを世間では待ち伏せって言うんですよ?」
「心外だな。私はお前が一人で退屈しないよう、時間を合わせてやっただけだ」
一輝さんはそう言って、ようやく雑誌を閉じると、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「はる。お前が一人になりたいという気持ちは分かっている。だが、私はお前のいない一時間を、大人しく待てるほど気が長くないんだ」
俺様全開の、けれど子供のように正直な告白。
私は呆れながらも、どうしても口角が上がるのを抑えられなかった。
「……分かりました。でも、トリミングが終わった後のミケのご飯は、私が選びますからね。ついてきてもいいですけど」
「……当然だ。私が一番いいパテを選んでやる」
結局、夕暮れ時の街を、トリミングされてふわふわになったミケを抱いた私と、ロフトの大きな袋を持った一輝さんが並んで歩いていた。




