表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
98/121

造命主の〝治療〟

 ティーゲル号から離れたベリエ軍の陣地、その塹壕の外で、シャッフェンコミュニティの代表者、ステラとレオンが対峙していた。


 レオンは耳まで赤くして激昂している。

 普段、女性に対しておちゃらけた態度をとる彼とは思えない剣幕だ。


「――そんなふざけた真似を許すと思うか!?」


「それは貴方がたが決めることではありません。隊長が決めることです」


「俺はカリウスも同じ考えだと思うぞ」


「そうでしょうか。中隊長なら必要な決定を下すかと」


「あのなぁ!」


 迷彩ポンチョを煤で汚したシャッフェンたちと、第二小隊――人間の兵士たちが向き合っているが、剣呑な雰囲気が漂っている。


 第二小隊がシャッフェンに向ける視線は、とても仲間に向けるものではない。

 敵意、嫌悪、恐怖、そういったものが感じ取れた。


 二人の間には、ボディバックに包まれた遺体が担架の上に乗っていた。


 そこにようやく中隊――ファフニール隊の指揮官であるカリウスがやってきた。


「遅いぞカリウス! 言ってやってくれ!」


「中隊長、治療要請の受理を願います」


「待て二人とも。アデーレから話は聞いたが、どういうことかよくわからない。ステラ、治療とはなんだ? もっと詳しく説明をしてくれ」


「はっ。私ども造命種――シャッフェンは、心臓や脳と言った重要臓器を直接破壊されない限り、即時の治療が可能です。例えば、腕や足の損傷であれば、真新しい遺体から骨や筋肉を補うことで完全に回復できます」


「それってつまり……砲撃で死んだ兵士の遺体をバラバラにして、自分たちで使うってことか? まるで自動車のパーツを交換するみたいに……?」


「詳細な手順は割愛しますが――およそ、そのとおりです」


「…………」


 カリウスは腕を組み、押し黙った。


 今この時点をもって、指揮官の――カリウスの言葉は、どんな些細な気持ちで発したものであっても、普段と異なる重みをもって受け止められる。


 彼は敏感にそれを察知した。だから黙った。


(これだからファンタジー種族は……。不味いな。これは本当に参ったぞ。戦場であっても、遺体の損壊は異世界のこちらでも重大な禁忌だ。)


 ベリエ、連盟、そして帝国。どの法においても、死者の遺体を埋葬せずに、切り刻んだり、見せしめに晒す行為は禁止されている。


 治療が目的だとしても、その過程で何をするかは明白――

 行為そのものに違法性があるなら、法的起訴は免れないだろう。


(だけど、優れた狙撃兵のシャッフェンを戦闘不能のままにしておくことも問題だ。戦える者は、一人でも多く欲しい。どうする……?)


 ここで下手を打てば、いらぬ誤解がそのまま不信感へと変わるだろう。


 指揮官として、部隊の信頼の崩壊。それだけは避けたかった。


 カリウスは逡巡したのち、ひとつひとつ、言葉を選びながら組み立てていく。


(指揮官として意思を示す。余地なく、明確に……)


「隊長として、戦死者の尊厳を損なう行為は認められない。彼らは責務を果たし、故郷で安らかに眠る権利がある」


「ほらな?」


「だが、シャッフェンの負傷を放置するのも認めない。技術的に治療が可能であるにも関わらず、それを放棄するのは人道に反する。道具のようにシャッフェンを扱わない。俺はそう約束した」


「おい、カリウス! お前もしかして……ッ!」


「戦場清掃において医療廃棄物――すなわち〝不明な遺体の部分〟を発見した場合はその使用を認める」


 カリウスはそういって、視線を陣地から東、帝国軍が攻めて来た方向に向けた。


 その視線が意味するところは、誰の目にも明らかだ。

 指揮官の視線は、「味方でなければ使ってよい。」という意味に他ならなかった。


(どう考えても戦争犯罪だが、今はこうするしか無いな……)


 カリウスは鉛のように重い息を吐いた。


 レオンは、安堵とも憤慨をもつかない表情をしている。

 一方のステラは、徹頭徹尾、顔色を変えることが無かった。


 まるで、事態の全てが、自らの予想通りに進んだとでも言うように。


「――わかりました。前大戦と同じですわね」


「…………。」


 レオンは承服しきれないと言った様子で地面を見ている。

 やがて、遺体を後送するために部下を呼んだ。



・・・



「カリウス中尉。」


「なんでしょう?」


 カリウスがその場を離れようとすると、ステラに呼び止められた。

 何事かと思い振り返ると、彼女は周囲を見回した後、短く一言を発した。


「あなたが凡人で良かった」


「……えぇ、僕は教授と違って、凡人ですよ。」


「だからこそです。英雄なら、いかなる理由があろうとも死者の尊厳を侵すことは許さず、治療を許さなかったでしょう。外道なら、使えるものは使えと遺体を冒涜し、部隊の信頼を損なっていたわ」


「…………」


「ただの凡人として決断していただき、ありがとうございます」


「これって褒められてるんでしょうか?」


「100点満点中、20点ってところかしら」


「赤点じゃないですか」


「進級しないほうが良いわよ? きっとあなたの先生みたいになる」


「でしょうね……。教授なら僕よりうまくやったと思いますが」


「直接の面識は無いけど――そう。銀魔女も同じ通達を発していたわ」


「……驚きの証言だ。それはそれで意外ですね」


「それは、許可しなかった場合の対処を知っていたからでしょうね」


「許可しなかった場合の対処? それって……もし、僕が許可しなかったらどうするつもりだったんです?」


「負傷者の程度にもよるけど、最も重症の者を分解して他の3人を蘇生させます」


「ちょっと待ってください! 分解って……それをされたシャッフェンは……!」


「損傷の度合いによっては死にますね」


「なんでそれをレオンに説明しなかったんですか!」


「だって、聞かれなかったもの」


(まったく……いやでも、正解か? レオンの性格を考えると……敵の遺体をそのまま使いそうだな。下手すれば認識票を破棄したり……考えたくもない)


「……カリウス中隊長。あなたが下した今回の決定は、根本的な解決になってない。でも、それは貴方のせいではない」


「……?」


「私たち軍人が従うべきルール。それがあれば今回の件は何の問題もなかったはず――これは単なる不備ではない。意図的な責任回避なのよ」


「これが《《わざと》》だと?」


「帝国と連盟、両陣営は造命種を作り出し、その能力を利用して戦争遂行を可能せしめた。しかし、いざ戦争が終わると、死体損壊や人道上の倫理問題が噴出することを恐れ、新規製造の禁止という表面的な規制だけを整え、幕引きを図りました」


「……そうか。既存の造命種が生きている以上、負傷した際の治療法が必要なことは百も承知だったはず。それを……今生きている君たちをどう治療するか、必要だと知っておきながら、国はルールを作らなかった」


「一つ誤解があるようなので、訂正してもいいかしら?」


「なんだ?」


「必要ならば分解して利用する。それが造命種の〝本来の運用〟ですわ」


「――なっ?!」


「そもそも造命種は、人間と互換性のある兵器システムとして設計された。設計思想の根底にあったのは、戦場で自己修復、部品共用による共食い整備が可能な生体兵器システム。それが造命種なのよ」


「じゃあ、君たちのルールが決まらなかったのではなく――人間という、今ある枠組みに加えようとしなかったのは……なるほど。人権を与えれば、共食い整備は殺人や遺体損壊になる。同時に、その軍事的有用性も失われる」


「そして単なる〝道具〟として定義する場合も、カリウス中隊長のような凡人からすると、許しがたいものに見えるでしょうね」


「言ってくれるね。でも……そのとおりだ。人でもモノでもない。そうしておかないと不都合が出てくるから、あえて何も決めなかったのか」


「名前をつけなければ存在しない。言葉を現実と同一視する人間らしい対応よね」


 カリウスはふと、ステラの肩に目をやった。

 そこに《《あるはずのもの》》が無い。


 思い返してみれば、これまで――ステラも、フユも、ウララもそうだった。

 カリウスは、彼らシャッフェンを《《名前で呼んだ記憶しか無い》》。


「シャッフェンに階級がないのも、つまりはそういうことか……」


「えぇ。私たちに『役割』はあるけど『階級』は無い。よく気づきましたね。評価として、A+をあげてもいいわよ」


「ついでに悪逆非道勲章もください」


「残念。それは前の戦争の時に配り終えちゃったわ」


「はぁ……頭が痛い。帝国だけでなく、ベリエも相応に歪んでいるな」


(しかし……負傷を気にする必要がないシャッフェンの特異性は、これから激しくなる防衛戦で大いに役立つ。でも、彼らを戦力として維持するには、交換用のパーツ……遺体を確保しないといけない。それを命じるのか。僕が……)


 生者のために死者を利用する。

 それこそ、「ものの例え」としては、一般の社会生活でも存在する。


 だが、こうも直接的なものはどうだろう。

 カリウス――狩生の知り得る常識の範疇には無い。


(どう考えたって異常だ。だけど、説明すれば中隊のみんなは納得してくれそうなんだ。それが僕にはどうしても……怖い。みんなの中の何かを変えてしまいそうで)


 自分の代わりに死んでくれるものがいる。

 実に甘美な誘いだ。


 造命種の新たな生産を禁止しておきながら、その残滓(ざんし)を残したままにした理由。


 それは彼らへの憧憬(しょうけい)から、いつかの再開を望んでのことではないのか?


(僕はシャッフェンのことを何も理解してなかった。今になってようやく解った。彼らは人類の悲願の実現であり、同時に行き止まりだったんだ)





人間が人間らしく生きるために、代わりに戦ってくれる存在を作ろう。

そして完成したのが、その人間らしさという理想を崩す存在だったという皮肉。


シャッフェンが前大戦、そして現在もメチャクチャ嫌われている理由がこれです。

彼らの不死が、一方的な死者の利用によって成り立ってるからですね。

人によっては、俺が死んだら墓に埋められるよりは、相棒のお前に使って欲しい、という人もいましたが、そういう人は稀でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ