インターミッション(1936年 4月22日 午前11時)
1936年 4月22日 午前11時 ティーゲル号車内
「――というわけで、作戦は成功したのに、すべてパァとなりました」
「兄さん……なんだか大変なことになりましたね」
「本当にね。連盟の援軍を呼び込むっていう目標は達成したけど……帝国が予想以上の戦力を送り込んできたせいで、ベリエを守るっていう大前提が崩れそうだ」
ギゼラたちのもとから戻ってきたカリウスは、さっそくティーゲル号の車内で妹のアデーレと打ち合わせを始めていた。
ちなみにカリウスは帰る途上でレオンに出くわし、「中隊長が歩き回るな。報告できないだろ」と、わりと本気目に叱られていた。
「それにしても、国境から半日で到着って、セントールの人たちってスゴイですね」
「うん。夜間は停止して大休止を入れたみたいだけど、それでも異常な速さだよ。実質的な行軍速度は、毎時10km以上あったんじゃないかな」
「国境から直線距離でおよそ50kmですから、それぐらいでしょうね……」
「それも完全武装。甲冑を着込んで、大砲を引っぱってきてこの速度だもの。歴史上のセントールが『地獄からの使者』って恐れられていた理由がわかるね」
「兄さん、ちょっと楽しそうに見えます」
「教科書でしか知らなかった歴史を実際に体感しちゃうとね。それにしても……」
「それにしても?」
「結果的に、僕よりエーリッヒ大佐の方の見立てが当たってたなぁ。連盟がこんなに早く駆けつけてくるとは……正直、思っても見なかった」
「私もです、おそらくメース川で合流するかと思ってました。その外側で出会うことになるとは……」
「とはいえ、予想より合流したからって、ファフニール隊の遅滞戦闘が意味をなさなくなったわけじゃない。むしろ、より重要になった。プランの立て直しが必要だ」
「はい。ここで私たちが瓦解すれば、後続が深刻な被害を被ります」
「時間を稼いで悪いことはないからね。それにセントールという新たな戦力が加わったことで、帝国軍を足止めする手段が増えた」
「セントールの機動力が手に入ったことで、これまで以上の範囲で、道路の破壊や地雷の埋設ができますね」
「うん。ギゼラ中尉はすでに障害の設置に取り掛かってる。橋を落として、戦車が渡河できる浅瀬にトラップを仕掛ける予定だ」
「それで稼げる時間は……2日から3日でしょうか。これだけあれば、フロレンヌに避難したイヤーロップの皆さんを、メース川の対岸に避難させられますね」
「不安なのが、イヤーロップだけじゃなく、フロレンヌの住民も避難させないといけないことだね。家財道具を全て置いて移動させたとして、間に合うかどうか……」
「セントールの皆さんに手伝っていただくのはどうでしょう? お年寄りや子どもたちは、背中に乗ってもらうとかで……」
「ギゼラ中尉に相談してみよう。あまり期待はできないけど」
「えっ、なぜです?」
「セントールは背中に人間を乗せたがらないんだ。とくに士族のセントールはね」
「なるほど……」
「さて、大方針としては、メース川で帝国軍の本隊を迎え撃つことになると思う。ゼレガルドから移動中の予備兵団5個師団、そして連盟の一個旅団を加えて、帝国の主攻――6個装甲師団と80万の歩兵からなる大軍団を、連盟の増援到着まで阻止するって感じかな?」
「戦車3500、火砲6000、歩兵80万。圧倒的な物量差ですね……」
「これを覆せたら、間違いなく歴史の教科書に載れるだろうなぁ」
「えっと、ジャッカスさんたちは民間人として数から除くとして……まず連盟。ベリエと連盟の国境に配置されていたのは一個旅団ですよね。定数だとすると、規模は6000人。ベリエは、ゼレガルドから移動中の予備兵団がおよそ7万。敵軍と比較すると、攻撃3倍の法則をはるかに超えてますが――戦闘正面の狭さを考慮すれば、それほど問題になりません」
「そのとおり。ただ、数は申し分ないけど、対戦車兵器と重砲が足らない。もちろん、帝国の3500両全てが来るわけじゃないけど、歩兵と榴弾砲だけでメース川を守り切るのは難しい」
「無理とは言わないんですね」
「うん。歴史上似たようなケースで守りきった例があるからね」
(……だいたいのケースで、防衛側もおびただしい数の死者を出してるけど。状況は最悪。でも〝詰み〟ではないんだよなぁ……むしろうまくいってる)
帝国の国境から、連盟の国境までの距離は130km。
帝国軍の最前線をカリウスたちのいる地点とすると、帝国軍はおよそアルデナの森の中間地点まで進軍したことになる。
カリウスたちがアルデナの森に到着し、戦闘を開始してから3日。
(……そう、3日だ。第二次大戦時のドイツ軍は、アルデンヌの森を3日で突破している。本来なら突破できているはずなのに、僕たちはそれを押し留めている。帝国が史実のドイツ軍より慎重に動いているせいもあるけど、……僕らは戦えている)
自分たちがやってのけたことに、もうちょっぴり自信を持つべきだ。
カリウスの瞳はそう結論づけているようだった。
「もっとも、最悪のパターンを回避できたのは、不幸中の幸いかな?」
「最悪のパタ―ン、ですか?」
「うん。一番最悪のパターンは、連盟が独立保障を重く見て、ベリエを守るためにゼレガルドに大軍を送り込んだ場合だったんだ」
「……確かに兄さんの言うとおりです。もしそうなっていたら、私たちはここにいない。つまり、今ごろ援軍は帝国の大軍に後方を遮断され、包囲、殲滅されるのを待つだけでしたね」
「そういうこと」
(ま、こっちの世界の史実ではそうなってたんだけど。フランス軍はベルギーを救援しようとして焦って大軍を送り込んだ。アルデンヌの森を突破したドイツ軍はその背後を遮断して無力化。そしてドイツ軍は首都パリに達し、フランスを降伏させた。)
「それでアデーレ……亡命のことだけど」
「兄さんが信用できると思うなら、私も信じます。ただ……」
「アデーレ。亡命はベリエを取り戻すことを諦めるってわけじゃない。むしろ、諦めないため、戦い続けるために連盟にいくんだ」
「わかっています。ただ、気持ちがついていかなくて」
「なら、頭で理解しよう。メース川を防衛するにあたって、僕たちの後方地域が問題になる。負傷者が出たとき、彼らを戦場になっているゼレガルド方面に送るわけには行かない。連盟の助けがないと、救える命すら救うことができない」
「……エマールから、どんどん遠ざかっていきますね」
「故郷を失ったのは僕たちだけじゃない。彼らのためにもあがき続けないと」
(とはいえ、師団同士がぶつかる規模の戦いになると、僕らには大したことができないな。100人そこらのファフニール隊じゃ、にぎやかしにもなりゃしない)
「アデーレ、つらいかもしれないけど、状況を整理しよう」
「はい」
「明日4月23日、恐らく深夜。ゼレガルド方面よりメース川の向こうに充足した歩兵5個師団の先頭が到着予定だ。指揮するのはベリエ王族のクンラート中将。指揮は彼が執る」
「どんな方なんです?」
「将ともなると雲の上過ぎて、どういう人なのか、さっぱりだ」
「クンラート……どこかで聞いた覚えがあるんですけど」
「ん~王族だし、新聞とかラジオに出てたんじゃないかな?」
「クンラート、クンラート……思い出しました! ヨアヒム・C・デ・ベリエ博士! 工学書の著者で見た記憶があります!」
「こ、工学書ぉ?」
「はい! ヨアヒム博士は船舶用の無気噴射式エーテル機関の権威です! すごい方じゃないですか!」
(工学博士か。もしかしなくても、アデーレと気が合いそうだなぁ……。)
「その無気噴射式エーテル機関って、そんなにすごいのかい?」
「えぇ、とっても! エーテル機関は長らく重い空気圧縮機で燃料を吹き込んでいましたが、博士は超高圧のポンプでエーテルを気化、直接シリンダーに噴射するインジェクタ方式を考案したんです。これによりエンジンが劇的に小型軽量化され、より小さな漁船にも積めるようになったんです!」
「ふーん? 空気を圧縮して送るのも、燃料を送るのも、同じじゃないの?」
「はああああああああああああ…………」
「すっごいため息。アデーレ、内臓出てない? 大丈夫?」
「いいですか兄さん。大したことがないように思えるのは、それが私たちが子供の頃、すでに普及して使われていたからです。そもそも初期のエーテル機関はもっと巨大で、燃料を吹き込むためだけにエンジン本体と同じくらい重くて巨大な空気圧縮機が必要だったんです。そのため車や漁船にはとても使えなくて、大きな船や工場、発電所でしか使えなかったんです」
「こくこく」
「博士は、その邪魔な空気圧縮機を丸ごとゴミ箱に捨てました。空気の力に頼るのをやめて、代わりに超高圧がかかる小さなプランジャーポンプをつくったんです。これはエンジン内部に金属の筒と、それに隙間なくぴったりハマる金属の棒を用意したもので……この筒の中に燃料が入りスターターでエンジンが回ると、連動してポンプが押され、逃げ場を失ったエーテルは、一瞬で超高圧になり……爆燃!!!」
アデーレが爆燃と叫んだ瞬間にかっこいいポーズ(?)を取る。
キュッキュと腕を振っているのは、ピストンのつもりだろうか。
兄の贔屓目か、それがカリウスにはとっても可愛らしく見えた。
ポーズの勢いでズレたメガネを正し、アデーレは続ける。
「空気圧縮機をなくす代わりに、博士は髪の毛一本の隙間も許されない超精密な金属加工技術と超高圧に耐える特殊鋼を考案しました。この技術が他国による複製の障害となり、ベリエの漁船用エーテル機関のシェアは、1925年に30%を突破し……」
「シェア30%って……じゃあ、街を走ってる車も博士のエンジンなのかい?」
カリウスの言葉に、アデーレは「ちっちっち」と人差し指を左右に振った。
「兄さん、もっと勉強しましょう。自動車のエンジンは回転数の変化に対応しなきゃいけません。博士が発明したエーテル機関は、漁船のように一定の速度で巡航する乗り物には向いていても、自動車は不得手なんです」
(アデーレの話についていけるほど勉強してる人って、それこそクンラート博士くらいだと思うんだけど……まぁいっか)
「それに大型客船やタンカーのような大型船用の巨大なエンジンだと、まだ古い空気圧縮式のほうが馬力が出るんですよ」
「へぇ……じゃあ、ベリエは漁船特化で覇者になったわけだ」
「そのとおりです! あぁ、早くティーゲルの軸流式エーテル機関をクンラート博士にお見せしたいですね!!! きっと博士は私と同じ課題を抱えているはず。お互いの課題と成果を交換すれば、必ずや新たな知見が……」
「……話、続けても良い?」
・・・
――兄妹の家族会議が始まって、二十分。
「……よし。これで方針は決まったな。次は具体策だ」
「はい。遅滞と進軍、どちらが早いか……スピード勝負ですね」
「アデーレ、さしあたって隊の戦力を把握したい。先の砲撃による被害の報告を」
「中隊の被害報告は、先の砲撃で戦死が8名。戦闘不能者が4名。内訳は第2小隊から戦死4。第3、第4からそれぞれ2。戦闘不能者は第1小隊のシャッフェン4名です」
「前衛の第二と第一の被害が大きいな。とくにシャッフェンは狙撃のために木の上にいたからな……」
「これについて要請があるのですが、後にします?」
「いや、続けて。」
「…………シャッフェンたちから、『治療』のために戦死者の体を使いたいと」
「ぶっ?!」
無気式機関が発明されたのは1927年ドイツ。年代的にはそこまで齟齬はないけど、一人でエーテル工学、生産・機械工学、材料工学を網羅して開発した実績はジッサイスゴイ。クンラート博士。おそらくニンジャに違いない…




