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断章 ギゼラのルーツ

 カリウスはふと、ギゼラ中尉の甲冑の肩の前面に飾られている小盾が、供回りの掲げている旗と同じ色なのに気づいた。


 風に揺れる旗は、黄色地に白の太陽と月が描かれている。


 周囲の旗はだいたい青、赤、緑、それと白の組み合わせ。

 黄色はギゼラのそれしか見当たらない。


(あれ? この色の組み合わせって確か……)


 西洋の紋章はグリフォンやユニコーンといった幻獣から始まり、獅子や雄牛といった動物、城や塔などの建築物などがモチーフとして多い。


 天体、それも月と太陽の両方を描いたものは珍しかった。


「ところで、黄色の旗はギゼラ中尉のものだけですね。意匠も独特だ」


「今はフランク族とともにありますが、我々のルーツはクマンですので」


「クマン……というと、中央アジアの遊牧民の?」


「おや。よくご存知ですね」


「自分はベリエの大学で歴史を学んでいたので」


(よくよく彼女の顔を見てみれば……なるほど。)


 セントールであるギゼラ中尉の馬体は栗毛だが、上体の人間部分は金髪碧眼だ。


 その顔には、西洋人の顔立ちとはどこか違うエキゾチックさがある。


 コーカソイドは額が広く立ち、高い鼻梁と眼窩の深さを持つのが特徴だ。

 だが彼女の額は狭く、丸みを帯びている。

 印象としてはかなり日本人に近く、可愛らしい童顔だ。


 肌の色も白人と言うよりアジア人のトーンをしている。一見すると髪色に引っ張られて西ヨーロッパ人に見えるが、注意すると違いが見て取れた。


 意外なことに、現実の中央アジアでもギゼラのような金髪碧眼は少なくない。

 東西の人種が交わる地だったからだ。


「西ヨーロッパの紋章において、太陽と月が同時に書かれるのは珍しい。ですが、この紋章のルーツがクマンなら納得です」


「恥ずかしながら……カリウス中尉にお聞きしたい。紋章はどう言う意味なのです?」


(……ん、もしかして、ギゼラ中尉も紋章の意味を知らない? 口伝か何かのせいで意味が残らず、失伝しているのかな? むむ、他国の士官相手に不用意にタメ口を聞くわけにもいかないし……ここは一つ、シャルロッテ教授仕込みの『歴史の授業』といきますか——)


 カリウスは単なる余談から意識を切り替えたようだ。

 咳払いを一つして、姿勢を正した。


(よし。できるだけ教養ある士官が使いそうな言葉遣いを意識してみよう。えーっと……シャルロッテ教授じゃだめだな。あの人は途中で相手に喧嘩を売り始めるし。エーリッヒ大佐っぽくいったほうが良いかな?)


「私見も含まれますが、お許し願えますか?」


「えぇ」


「では。太陽と月が同時にある場合、紋章学はそれを永遠と訳します。例えば、塔と同時に描かれれば永遠の守り、支配。ですが――」


「なるほど。この紋章には月と太陽以外の図案が無い」


「はい。この図案は例外なのです。これだけで意味を示している」


「というと?」


「旗に描かれた月と太陽は恐らく天上神(テングリ)を示しています。大草原に満ちる青空そのものを神格とする、草原の民の信仰です」


「面白い推測ですが、それだけでクマンのものとは……」


「あとは色ですね。黄色地に白を重ねるのは、金と銀、金属色の重複となり紋章学のルールに違反します。よって、異国の意匠をそのまま書き写した可能性が考えられます。紋章のルーツがクマンなら、フランクのルールを逸脱しても不思議ではない」


「……そこまでわかるのですか」


「まだまだありますよ。遊牧民の信仰には、農耕民族には見られない特徴があります。それは大地を掘り起こしてはならないという禁忌です」


「大地を掘り起こしてはならない? なんとも奇妙な教えですね」


「いえ。推測ですが、迷信というわけではなさそうです。遊牧民の世界観では、地下世界に悪や災害が潜むとされているのですが……」


「地の底……そうか――農耕、そしてエーテル地脈?」


「えぇ、とてもよい視点です。確かに農耕は人類にとって恵みとなりましたが、遊牧民が暮らす場所は乾燥地。農耕は人々を痩せた土地に縛り付けることになる」


「なるほど。さらに大地のエーテル地脈を掘り当てれば、土地は汚染される。昔はエーテルの安定方法なんて存在していないし、利用できるのは魔術師だけでしたね」


「そのとおりです。信仰という物語の形をした教訓ですね。また、遊牧民の信仰では、尊き人は天上神の子とされています。ですので、この紋章の意味は――」


「神の子であると?」


「そうなります。その裏付けとなるのが黄色地です。これは東方ではとても高貴な色とされ、王家を示すものです。しかし――」


「しかし?」


「黄色は土を意味する色なのです。本来ならば空を意味する青地のはずです」


「……たしかに。これまでのカリウス中尉の説明を聞いてみると奇妙に思えます。すると、私たち一族の歴史に何かあったのではないでしょうか?」


「そうですね。クマン人の歴史を一旦整理してみましょう」


「フフ、まるで歴史の授業ですね。続けてください」


「さて、1200年頃のセントール諸部族による西方大侵略の後、多くの遊牧民がハン国家を設立した。クマンもハン国家を興し、黒海周辺に定住していましたよね」


「えぇ。今では帝国の領域になっていますが。」


「帝国の前身――ゲルマニア騎士団の東方植民戦争ですね。14世紀末、クマンのハン国家は断続的な戦争で次第に解体され。西へ追われることになった」


「そのとおりです。私たちの祖先はその時期にフランクに渡り、定住したと聞いております。」


「ゲルマニアの東方植民。あれは無人の野を開拓していったのではなく、そこに住む人々の生活を、人生を破壞していった明確な侵略です。まつろわぬ民には剣を。かしづく者にはパンを。帝国は今も昔も、何も変わっていない」


「まるで見てきたように話しますね」


「教授の受け売りです。僕のゼミの教授、ポラーニェ・リトヴァ同君連合側で参戦してたんですよ」


「そんなバカな。何百年も前の戦争ですよ? いや……そうか」


「はい。僕のゼミの教授は、シャルロッテ教授――銀魔女ですから」


「銀魔女が言うなら間違いはないでしょう。それなら、諦めもつくというものです」


「諦め……ですか?」


「クマンが国を失ったのは、必然だった。どんな怪物でも覆せない、洪水の如き時勢が織りなす必定の出来事だった。そんな感じです」


「……続けましょう。ギゼラ中尉の祖先が東方植民戦争から逃れ、フランクと合流した証拠は、ギゼラ中尉自身に求められます。そして、より詳細なルーツも」


「私自身に?」


「もしかすると、ギゼラ中尉のご家族に、同じ名の方がいるのでは?」


「はい。祖母と、それ以前にも同じ名がありますね」


「ここから先は非常に不躾(ぶしつけ)な内容になるのですが、よろしいですか?」


「今さらでしょう。どうぞ考えをお述べになってください」


「では――あなたのギゼラという名は、古ゲルマニア語で人質、誓約を意味するGisal(ジザール)が語源です。つまりギゼラ中尉、あなたの一族は……」


「フランク族に輿入(こしい)りしたクマン王族の末裔、ということになりますね」


「はい。この仮説が真実だとすると、旗の色に説明がつきます。遥か昔、あなた方のご先祖が帝国の侵略から逃れ西方に辿り着いた時。ご先祖はフランク族と『誓約』を交わし、天空から大地に降り、地上の民と槍を並べることを誓った。その時の誇り高き記憶がこの旗の色に記されているのではないかと」


「…………」


 ギゼラは言葉を失ったように、ただ頭上の旗を見上げた。

 カリウスもまた、彼女の横顔から視線を外し、同じ旗へと目を向ける。


 風にはためく。ほんの数十センチの黄色い布切れ。

 これが自分たちの祖先の歴史を証明するというのは、にわかには信じがたい。


「大地の色を宿したこの旗は、何百年もの時を超えてなお、ギゼラ中尉、あなたの一族の〝誓約〟を今に伝えるために佇んでいるわけです」


 ふと、ギゼラが小さく息を吐き、旗から視線を外した。


「……少し話をしすぎましたね。異邦の人にしては変わった質問をするもので、つい長話を許してしまいました」


「あ、すみません。中尉もお忙しいのに」


「いえ、いいんです。最初はただの物好きな男かと思いましたが、その知識といい、洞察といい、驚きました。……銀魔女が弟子に取るはずです」


「弟子に取るというか取られたというか……」


「カリウス中尉、あなたと話ができてよかった。心の底からそう思います」


「はい。僕もギゼラ中尉と話せてよかった。それと――」


「?」


「連盟はともかく、貴方は間違いなく信頼に足る相手だ。そう理解しました」


「――えぇ、そうでしょうとも。とうに忘れた何百年も前の約束を守り続けるような愚鈍な一族は、私たちを置いて他にいませんから」


「いえ、それは違いますよ、中尉。」


「え?」


「紋章学のルールが体系的に定まった時期は14世紀で、紋章はその後に作られているんです。ルール違反の紋章がそのまま通用し、何百年も受け継がれたのは、単なるミスではなく、当時のフランク族がクマンを特別視し、歓迎していた証拠です」


「――あ」


「クマンがフランクの社会に加わる時、服属した難民や、ただの騎士扱いであった場合、フランクの一般的な紋章のルールに作り直されていたはずです。あえて異国のモチーフを残したのは、尊重すべき例外として認めたからでしょう」


「……かもしれませんね。カリウス中尉」


「はい」


「昔から気がかりだったんです。クマンは、本当にフランクに受け入れられたのか。体の良い傭兵として組み込まれたのではないかと」


「今のフランクの方々は、貴方がたを軽んじて扱っていますか?」


「いえ、今も昔も。何ら変わるところはありません」


「でしたら、何の問題もありませんね」


「えぇ。勝手にこちらが引け目を感じていただけでした。滑稽なくらいに」


「昔の人がちゃんと書き残してくれたら、僕らも苦労しないんですけどね……」


「そうですね。でも、意味を書き残さなかった理由も、今ならわかる気がします」


「と、いいますと?」


「自分たちが大事にしたものが本当に価値あるものならば、忘れ去られた後も、きっと、必ず、誰かが見つけ出すはずだと」


「……ちがいありません」


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