うさんくせー…提案
「妙だね。確かに圧倒されてみえたけど、撤退までの判断が早すぎる」
「えぇ。向かって右手はすごい煙が上がってますけど、反対側はほぼ無事です」
出動待機状態になったティーゲル号の車上で、カリウスとアデーレは帝国軍が後退していく様子を見届けていた。
兄は砲塔の上に腰掛け、妹は、キューポラから上体を出して砲隊鏡を覗いていた。
「アデーレ、偽装撤退の可能性はありそうかい?」
「煙幕で様子が見づらいですけど、確実に後退しています」
「うーん……」
アルデナの森の中に、キャタピラの音が吸い込まれていく。
次第にその音は小さくなり、そして消えた。
ベリエ軍が参加する前に戦いは終わってしまった。
しかし、二人の表情はどこか引っかかるものを感じている様子だった。
「希少な砲弾を使っておきながら、成果もなしに引き上げるなんておかしいですよ。間違いなく二次攻撃があります」
「僕もそう思う。まずは砲撃の被害の確認だけど……いきなり現れた連盟の意図も確かめないとだな」
「兄さんは連盟の指揮官に会われてはどうでしょう? 被害の確認なら、私でも取りまとめできます」
「ん、それは――」
被害の確認と聞いて、カリウスは言葉につまった。
カリウスの脳裏に、木に引っかかった無惨な遺体の姿がよぎったのだろう。
「戦闘が終わったとはいえ、不意の砲撃があるかもしれない。アデーレはティーゲルの車内で、無線を通して損害を確認してくれ」
「わかりました。兄さんは連盟の指揮官を探しますか?」
「うん。あー……向こうもこっちを探してるだろうな。よし。もし入れ違いになったら、ティーゲルで待っててもらって。すぐ戻るから」
「了解です。兄さん、気をつけてくださいね」
「うん。あ、そうだ! フリン、どこにいる!?」
砲塔から降りて車体の上から下を覗くと、フリンはちょうどティーゲルの足回りを点検しているところだった。
「なんだい兄ちゃん?」
「ティーゲルの足回りと武装に不調がないか確認してくれ。万全を期したい」
「わかった! やっぱりドンパチする?」
「たぶんね」
「まかせといて! 空飛べるくらい調子よくしてみせるから!」
「そこまでしなくていいけど……まぁ、任せたよ」
カリウスは車体を降りると、あたりを見回してセントールの軍旗を探した。
(槍と甲冑をもった彼らの様子は、ほとんど中世のそれと変わりない。だとすると、目立つ軍旗の下に指揮官がいるんじゃないかな?)
カリウスはティーゲルのうずくまる壕を出ると、川べりの崖を目指した、崖の縁の上からなら、見つけやすいだろうという算段だ。
「うーん……」
当然と言えば当然だが、カリウスの目論見は大いに外れた。
外国の、それも見ず知らずの家の紋章だ。
幾何学模様でカラフルに染め抜かれた旗の意匠は、どれも似たように見える。
小さく唸りながら細目になり、目を凝らすカリウス。
すると彼の赤色の眉が、何かに気づいたかのように動いた。
「あ! あれだけ旗竿の先端にリボンがついてる。指揮官の印じゃないか?」
並ぶ旗の一つ、黄色い旗が揺れる竿の先端で、細長い布が揺れていた。
他の旗にはそうしたリボンがついてないことから、何やら意味がありそうだ。
カリウスは回り込んで崖を降りると、旗の方に向かった。
すると、剣山のように槍を並べる物騒な1団がそこにいた。
セントール騎兵だ。彼らはへこみを作った分厚い甲冑に身を包んで、何かが焦げたような臭いをさせている。
佇んでいるだけでも、その体格の大きさと重量感にはとんでもない威圧感がある。それに、手にした鈎矛や斧槍の迫力も大したものだった。
カリウスは前世に遊んだRPGでそれらの武器のシルエットには見慣れている。だが、それら鋼の武器を実物として間近で目にすると、ライフル銃や大砲とは異なる、もっと根源的な危険を感じた。
中隊の面々もライフルや軽機関銃と言った武器を持っているが、彼らが握っている近代兵器とは迫力の質が違う。
剥き出しの敵意でも言うべきか。それを手にした彼らセントールは、骨の髄まで戦いの臭いが染み付いている印象を見るものに与えた。
(うわぁ……なんか話かけづらいなぁ)
セントールの側もカリウスを訝しげに見つめている。
お互い口には出さないが(何だこいつ……)という空気が漂っていた。
「えっと」
彼は意を決して踏み出し、声を上げた。
「そちらの指揮官はおられるか?」
「止まられよ。ベリエの方とお見受けするが、誰可?」
「失礼した。こちらは特務戦術中隊ファフニール隊、隊長のカリウス中尉である。連盟の指揮官はそちらにおられるか?」
「少々お待ちを」
カリウスを誰何したセントールは、槍を担って敬礼した。
それにカリウスは少し驚いた表情を見せた。被差別民のナイトメアに向かって、きちんと将校に対する態度を取るのは、彼にとって少々意外だったようだ。
(あら。見た目に反して、って言ったら失礼だけど、思ったより紳士的だ……)
間もなく1団を左右に割って、一騎の人馬が歩み出る。
胸甲の脇に黄色に塗られた小盾を掲げた女性。ギゼラ中尉だった。
「こちらは大西洋連盟所属、国境分遣旅団、特務挺身隊を指揮するギゼラ中尉です」
(……中尉? この規模の部隊を率いているのが中尉だって?)
カリウスは注意深く表情を変えないようにしていたが、ギゼラはそれを見透かしたような仕草で唇に指をやった。
「少々込み入った理由がありまして。今の私は旅団長の決定で動いております」
「なるほど。特使というわけですね? 先の砲声の規模から察するに……一個連隊はありそうな勢いでしたので、失礼ながら面食らいました」
「いえ、現在展開しているのは2個大隊です」
「は? 2個大隊であの火力を……?」
「はい。挺身にあたって火力の増強をしていますが、2個大隊ですね」
「し、失礼ですが……そちらは何門の砲をお持ちで?」
「42門です。今回の戦闘に参加したのは、その半分にも満たないですが」
「よ、よんじゅうに……?」
(ちょっと待って? 普通、大隊が持ってる砲って、歩兵砲と榴弾砲を合わせて10門くらいだぞ? 通常の倍以上って連盟の編成、どうなってんだよっ?!)
「……なるほど。帝国の戦車部隊がさっさと逃げるわけですね」
「惜しいことをしました。騎兵砲が戦車を直射できる位置につけていれば、そちらと協力して半数以上を仕留められたと思うのですが」
「ソウデスネ」
「……カリウス中尉。話の腰を折ってすみませんが、時間がありません。自分はアデーレ・スタインドルフと面会を求めます」
「アデーレと? アデーレは僕の妹ですが、何か?」
「妹……? あの、失礼かと存じあげますが――」
「あぁ、僕はスタインドルフ家の養子なんです。彼女は義理の妹でして」
「そうでしたか。それは重ねて失礼を」
「お気になさらず。それで要件とは?」
「……ふむ。ご家族となれば、この際お伝えしたほうがよろしいか。我々の指揮官はアデーレ・スタインドルフに亡命の希望があれば、それを受け入れる意向です」
「なっ――?!」
「これについて、お兄様からも私どもに口添えいただけたら幸いです」
「それはまた、ずいぶん急な……」
(う、うさん臭すぎる……。国境でベリエの抵抗力を値踏みしていたはずの連盟がなんで急にそんな話を持ってくるんだ? 亡命……いや、拉致が目的か?)
「困惑なさるのも尤もです。ですが、フランクの名に誓って、害意はありません」
「む……」
(フランクの名に誓って、か。確かセントールって、氏族や祖先の名誉を大事にする文化があるって大学で習ったな。詐術ではなく、本気で心配しての行為か?)
「ところで、さっきあなたは――〝我々の指揮官〟と言いましたね? つまりこれは……政治のレベルから出された正式なものではないと?」
「私の口からは何とも」
「なるほど」
(きなくせーー!!! ちょーきなくせーー!!!)
「……後になってえらい人に『知らぬ存ぜぬ』されても困るのですが」
「連盟が貴国に取ってきたこれまでの態度からすれば、私どもを信用できないのも当然です。ですが、我々セントールは元よりフランクの旗のもとにあり、連盟は我々の意志、そのすべてを代表するものではありません」
(フランクの旗のもとにあり、か。連盟は、あくまで独立した国や氏族が「お互いに協力しよう」と約束して集まっている機構。人工的にひとつの国になった連邦とは違う。そりゃ頭ではわかるよ? といってもな~……)
「あなたたちも、連盟に対して、思うところがあると?」
「アデーレ・スタインドルフは、我々フランクにとって、名誉を回復する切り札なのです。ベリエ失陥という政治的失敗が、フランクの怠惰によって引き起こされたものでないと証明するための」
(……凄まじく嫌な予感がしてきた。王族を伴ったベリエの予備兵団5個師団7万の移動。連盟上層部ではなく、ベリエを監視していた一指揮官が、独断で今動かねばと判断した理由って――)
「ところで、ベリエの森にはイノシシの群れが多いのですが、見ましたか?」
カリウスは手のひらに人差し指を伸ばした拳を乗せた。まるで「戦車」の砲塔のようなシルエットだ。その拳の指先を左右に振ると、ギゼラは小さく頷いた。
「えぇ。私も驚きました。群れは6頭並んで歩いていましたね」
「……ろ、6頭。はは、重さはどれくらいありそうでした?」
「そうですね。見たところ、3500は」
(6個装甲師団、3500両ォォォ?! 勝てるかそんなもん!!!!)
「は、はは……アルデナの森は倒木が多いでしょう? あれがどんぐりを地面に散らばらせて、イノシシの餌になるんです。だから数が多いんですよ」
さらに小さく、ほとんど唇だけを動かして彼は付け加える。
「……どーんってね」
ギゼラは一瞬、目を細めた。
すぐに理解した様子で、わずかに間を置いて答える。
「なるほど、倒木ですか。聞くところによると、アルデナの森は年に6000もの木々が倒れるとか」
「……………そうなんですよ。よくご存知で」
後方のセントールから「おお、ギゼラ中尉は博識だな」と、感心したような声が漏れたが、カリウスはそれどころではない。枷の背中は冷や汗を吹いていた。
(火砲は6000門かぁ……無理無理無理!!! ぜーったい無理! 助けてシャルロッテ教授!!!)
カリウスは眉間にしわを寄せ、腕を組んだ。
もはやそれしかできることが無い、という風に。
「カリウス中尉」
「はい。家族と前向きに相談させていただきます。」
「――よろしくお願いいたします」
カリウス――いや、狩生に前世の記憶がよぎる。
1940年5月。アルデンヌの森。
その時、その場所に現れたものが、この世界でも現れるのでは?
その不安が、ついに確信となった。




