肩透かし
連盟側の当初の目論見――砲撃により随伴歩兵を後退させるという計画は、砲の威力不足と、帝国兵の意志がそれほど軟弱でなかったことにより防がれた。
むしろ帝国兵は、ギゼラの想像よりもずっと頑強に抵抗した。
しかし、先駆けが犠牲的な突撃を果たしたことで統率は失われ、随伴歩兵は戦車の側面援護という役目を果たせなくなっていた。
セントールの突撃が、歩兵を戦車まで押し込んでしまったからだ。
歩兵は護衛の役目を果たすどころか、戦車の近くで白兵戦を始めたことで、味方や負傷兵を轢くことを恐れた戦車が動きを止めてしまう。
結果的に、戦車を助けるはずの歩兵部隊は、戦車隊の邪魔になっていた。
「A班は偶数車両へ、B班は奇数車両へ突入せよ!」
ギゼラ中尉の号令を受け、短機関銃を装備したセントールが、左右に発砲しながら帝国の戦車に向かって駆け抜ける。
狙いは、左翼の先端をになっていたワスプだ。
「投擲!」
スラロームで走っていたセントール騎兵はワスプの背後で立ち止まると、キャンバス生地のバッグから何かの紐を引き抜き、えいやとバッグを戦車に投げつけた。
狙うは戦車のエンジン上部、リアパネルだ。
ここは戦車の装甲のうち、最も薄い部分となる。エーテル機関の放熱のために、リアパネルは大抵ブラインド状か金網状になっているからだ。
擦過式のヒューズで点火された爆薬が、ゴトリと重々しい音を立てて戦車の背中に横たわる。
「退避!」
セントールか、帝国兵か、誰かが叫んだ。
時限信管の長さはおよそ7秒。
セントールの足なら、安全圏まで余裕で逃げ切れる。
第二次世界大戦において、歩兵は対戦車手榴弾や地雷、爆薬を使って戦車に肉薄攻撃を仕掛けたが、運よく戦車に取り付いて爆薬を仕掛けたとしても、爆風の範囲から逃げ切れず、そのまま巻き込まれることが多々あった。
足の早いセントールならば、その心配はない。が、セントールの着込む甲冑は前部に集中している。振り返って逃げるときが、一番無防備な瞬間だった。
「逃がすな! 撃て!」
白兵戦から離脱した帝国兵が対戦車班の背中を狙う。ライフルの引き金に指をかけたまさにその瞬間、彼らの背後に巨大なオレンジ色の火球が生まれた。
<ズガァァァッ!!!!>
左翼の先頭にいた車両が炎に包まれ、続いて2両目、3両目と爆発がおきる。
土手になった道路を挟んで左翼に展開していた帝国戦車は6両。その半分が背中から青色の炎を吹き上げていた。
炎は森の木にも負けない高さに上がる。
戦車のハッチが開け放たれ、煙とともに中の乗員が飛び出してきた。
「急げ、外に出るんだ!!」
戦車兵は手を振り回して枯れた声で叫ぶ。
彼はこの後戦車に何が起こるか、よく知っていた。
火災が車内の弾薬に引火し、バチバチと音を立てて火花が空に向かって飛ぶ。
開け放たれた砲塔のハッチからボッと炎が吹き出したかと思うと、ガスバーナーのような轟音をあげて、炎の柱となって立った。
熱はたちまちに戦車の塗装を焦がし、得も言われぬ異臭を周囲に放つ。
緑味のある灰色に塗られていたワスプは、たちまち表面の塗料が水ぶくれとなって剥がれ落ち、その奥からレンガ色の錆止め用の下地塗装があらわとなった。
だが、その赤茶色も猛烈な熱で白い粉を吹き始め、すぐに煤に覆われて、黒ずんだ塊となって焼き尽くされる。
乗員が車内に残っていたら、骨も残らなかったろう。
2番目、3番目に爆発した車両は、このワスプほど派手には燃えなかった。
しかし、被害を受けたエーテル機関が再始動で暴発するのを恐れ、乗員は車両を放棄して、随伴歩兵と合流してしまった。
「おいあんた、こっちだ!」
歩兵が手招きすると、戦車兵は這うようにして彼らの元に向かった。
土煙と煙幕の中、歩兵は円陣を組んでセントールの突撃に備える。
一人の歩兵がセントールの影を見つけて、その背中に銃弾を撃ち込む。
銃弾は馬体に吸い込まれ、血しぶきが上がる。だが、人馬は身じろぎして尻尾を振っただけで、そのまま白い煙の中に消えてしまった。
「嘘だろ。絶対当たったのに……」
「まったく冗談じゃねぇ。連盟はあんな化け物を飼ってるのか」
「〝尻尾付き〟の中でも最悪だ。あれに比べりゃライカンなんか可愛いもんだ」
戦友の血溜まりの中で帝国兵は身を寄せ合う。
すると、ひょうと音を鳴らして、信号弾が空に上がった。
破裂音と共に赤色の煙が青空に漂う。
1発、そして2発。
「えぇっと、連星ってことは……撤退命令?」
「ようやくかよ!」
攻撃を指揮していたバッススは、左翼の被害を見て後退を決断した。
この素早い判断がなければ、戦車中隊はセントール騎兵隊の二波目の攻撃と、その後の騎兵砲の〝仕上げ〟を受けて壊滅していただろう。
随伴の歩兵小隊は半壊。戦車3両を喪失。甚大な被害を受けたにも関わらず、帝国の先鋒はなんの成果も上げられずに撤退していった。
状況を傍観していたベリエ軍からすれば、帝国の攻撃は肩透かしに終わった。
連盟の援軍が来て、帝国軍をさんざに打ち払った。
待ち望んでやまなかった光景に、中隊の面々は快哉を叫んだ。
しかし、カリウスとアデーレの二人は、この状況に薄ら寒いものを感じていた。




