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騎兵襲撃

 角笛(ホルン)の音色を聞き、最初に手を打ったのは、セントールの騎兵砲チームだった。


「合図だ。即応(そくおう)弾から使う」


「はっ!」


 騎兵砲チームは、1門当たり6名の要員が割り当てられる。


 チームで最も体格の優れた1名が騎兵砲を牽引し、3名が砲弾と予備部品を運ぶ。

下士官は、チームのリーダーとして砲の指揮を取り、横に伝令兵が1名ついた。


 大砲に据えられた波状の防楯の裏で配置についていたセントールたちが、砲の背後に積まれた弾薬筒のひとつを開けていく。


 輸送中の砲弾は安全のために信管を取り外しておく規則になっているが、筒から取り出された砲弾はすでに信管が装着されていた。


 配置についてから信管をつけ始めるのでは、攻撃までに時間がかかりすぎる。

 それゆえ、少数の「即応弾」に限って、信管をつけた状態で輸送した。


安全帽(キャップ)よし、安全状態です」


「はずせ。設定は瞬発(しゅんぱつ)だ」


「はい」


 装填手と装填助手が二重チェックした後、砲弾先端の安全キャップを取り外し、専用レンチで信管リングを、着弾と同時に破裂する「瞬発」まで回す。


 装填手が砲尾を開き、助手の手によって砲弾が押し込まれた後、金属音とともに砲尾が閉じられた。


 時間にして10秒足らずの操作。

 砲のみならず、操作員にまで油が引かれていそうな(なめ)らかさだった。


「装填完了!」


「よし。目標を指示するまで待機だ」


「はい」


・・・


 ベアトリス大佐がギゼラに預けた騎兵砲は、合計42門。

 そのどれもが75mmという中口径で、射程は3km、弾頭重量は6kgだった。


 帝国の105mm両用砲と比較すると、その差は歴然。


 105mm砲の有効射程は12kmで、比較するのも馬鹿らしい。

 弾頭重量も、75mmの倍以上となる14から17kgだった。


 射程は4分の1。威力は半分以下。

 砲のスペックだけ見れば、非常に心もとない。


 が、重要な比較事項が抜けている。


 ――重量だ。


 セントールが使用している騎兵砲――正式名称、QF-13pdr MKII。

 砲弾を抜いた状態での重量は、およそ380kg。


 帝国の105mm両用砲はおよそ3トン。

 それに比べると、QF-13は圧倒的な軽さで運用が容易だった。


 しかし、ここでひとつ疑問が生まれる。

 なぜ騎兵部隊である彼らが、直接大砲を引っ張っているのか?


 元来、大砲の運用は砲兵隊の仕事だ。

 しかしセントール騎兵にとって砲兵隊は、「無いに等しい」ものであった。


 理由は単純。足の速さが違いすぎる。


 半人半馬のセントールが誇る進軍速度に、人力や馬匹で鈍重な火砲を牽引する砲兵が追いつけるはずもなかった。


 また、移動だけではなく通信も問題だった。1930年代は無線の信頼性が低く、命令の伝達は、有線電話や伝令に頼らざるを得ない。


 軍隊の通信技術が未熟だと何が起こるのか?


 それは「戦闘の停止」だ。


 映画やニュースなどで現代人は軍隊がずっと移動し続け、どこかで戦っているように錯覚するが、それは現代になってようやく実現できたことだ。


 太古より、軍隊はなかなか戦うことができなかった。

 せっかく部隊を集めても、しばしば行動を取りやめ、完全に停止する。


 これは当時の軍隊が、〝命令ベース〟で動いていた為だ。


 命令ベースとは、指揮官が『いつ、どこで、誰に、何をするか』という具体的なプロセスを細かく指定し、前線の兵はそれを忠実に実行する方式を指す。


 この方式なら、前線の部隊は上官の指示通りに動けば良い。

 徴兵されたばかりの兵士でも、戦力になるというメリットがある。


 しかし、部隊が不意に強力な敵と遭遇するといった「想定外の事態」が起きた瞬間、命令ベースのシステムは機能不全に陥る。


 現場の判断で勝手に予定を変更することが許されないため、次の具体的な『命令』が上層部から届くまで、部隊は戦場で文字通り立ち往生するしかなかったのである。


 他方、近現代から現代の軍隊は〝目的ベース〟で動いている。


 目的ベースでは、司令部は『この丘を確保せよ』『敵の補給路を遮断せよ』といった最終的な目的や意図のみを現場の指揮官に提示する。


 提示された目的をどうやって達成するかという具体的なプロセスは、現場の指揮官の裁量に完全に委ねる。


 これならば、予期せぬ敵に遭遇しても、現場の判断で即座に迂回したり、独自の判断で連携を取り合ったりと、戦闘を有機的かつ連続的に実行できる。


 では、なぜ1930年代の軍隊は〝目的ベース〟に移行できなかったのか?


 試みた。

 だが、なかなかうまく行かなかった。


 その理由のひとつに、通信技術の限界がある。


 目的ベースの戦術を成立させるには、前線の部隊が「今、自分たちがどこにいて、隣の味方がどう動いているか」という正確な戦況をリアルタイムで共有していなければならない。


 さもなければ、現場指揮官の判断は容易に孤立や同士討ちを招き、軍隊は統制を失ったただの烏合の衆と化してしまう。


 しかし、当時の無線はあまりにも脆弱だった。


 雨が降るだけで音声はノイズにまみれ、電波は山や建物に阻まれる。


 無線機の電波増幅には真空管を使っていたが、これはガラス製だったので、移動や戦闘の衝撃で簡単に破損した。


 結果、確実につなげられる有線電話の届く範囲や、伝令が往復できる距離を限界として、全部隊を縛り付けておかざるを得なかった。


 セントール騎兵が圧倒的な機動力をもっていたとしても、貧弱な通信網という見えない鎖によって、常に引き留められる運命にあったのだ。


 素早く移動したとしても、後続の砲兵隊の到着を待たなければならないのであれば、速さの意味がない。


 砲兵隊の火力支援は遅すぎる。通信もあてにならない。

 ――ならば、自分たちで大砲を運んでぶっ放そう。


 発想と言うにはあまりにも乱暴だが、かくして生まれたのが連盟独自の「騎兵砲」というカテゴリーであり、このQF-13pdr MKIIだった。


 この砲は380kgと、驚異的に軽い。セントールの膂力(りょりょく)ならば、単騎で牽引・展開が可能となる重量であった。


 近代戦における大口径・長射程化のトレンドをあえて逆行し、威力と射程を犠牲にしてまで「セントールの機動力と同調すること」だけに特化した異作。


 それこそが、ベアトリス大佐が託した42門の正体だった。


 帝国軍の105mm砲がその大重量ゆえに「据え付けられた陣地」からしか撃てないのに対し、この砲はセントールと共に戦場を駆け巡る。


 射程が正規の野砲の4分の1でも、威力が半分でも、敵の目前にあり、騎兵の友として火線を作るという価値は、何者にも換えがたかった。


 ・・・


 下士官は双眼鏡を手に、先んじて展開した煙幕の様子を観察する。

 が、白煙の塊に異常は見えない。ただもくもくと立ち昇っているだけだった。


(帝国の戦車が煙幕から出る様子はない。突破を中止して、襲撃を待ち構える気か? 守りに入るってことは……まだ砲撃支援があるか、迂回中の別働隊がいるな。どれも事前想定の範囲内だ。なら――)


「動かないってんなら、やらせてもらうか」


 装填完了から十数秒。射撃標定表と方眼紙を手にしていた下士官が、撃発ハンドルにかじりつくようにしていた砲手に指示を飛ばした。


「目標、方位1740。(むかえ)角78.5。3発撃ったら移動だ」


「はっ!」


 砲手がハンドルを回すと、ギアと油圧によってゆっくりと砲の先が持ち上げる。


「ファイア!」


 号令と同時に撃発され、短砲身独特の丸まった発砲音と共に砲弾が発射される。


 ――――弾着。

 漏斗(ろうと)状に持ち上がった土にまじり、何かが飛ぶのが見えた。


「弾着! 効果不明!」


「よし、続けて撃て! 弾種榴弾(HE)、瞬発!」


「装填よし!」


「諸元そのまま、ファイア!」


 2発、3発、と白煙の向こうに砲弾を打ち込む。

 友軍の騎兵砲も続き、ごく短い射撃を加えていった。


 だが、不気味なほどに煙の向こうに動きはなかった。


「移動だ! 目標を直射できる位置まで前進する!」


「了解です!」


 移動の号令で砲兵が砲尾を閉め、駐退機をリリースして砲を後座させる。


 それを見て、砲の後ろについていた装填手と助手が、二人がかりで駐鋤(ちゅうじょ)を蹴って砲架を自由にすると、大柄なセントールが自身の馬体に通るU字ハーネスに騎兵砲の牽引フックを掛けた。


 QF-13自体が軽量なこともあって、移動準備は十数秒で終わった。


 騎兵砲チームが陣地転換を行っているまさにその時。

 帝国軍の戦車中隊に随伴する歩兵の状況は、まったく芳しくないものだった。


 土を被り、裾が白くなった服を払い、帝国の小隊長らしき士官が怒鳴る。


「砲撃の被害を報告しろ!!」


「戦死6、負傷12! 2分隊が至近弾を受け、戦闘継続が困難です!」


「クソ! ※軽機は無事か!?」


※軽機:軽機関銃、マシンガンのこと。


「二丁分の操作員がやられましたが、下士官が使えます!」


「もっと散開させろ! 馬鹿みたいに戦車の周りに集まるやつがあるか!」


「みんな怖いんです。戦車から離れたがらないんですよ」


 見ると、兵士たちは這うように戦車の後ろに群がり、ぴったりと張り付く者や、車体の下に身を潜めようとする者までいた。


「すぐに止めさせろ! 味方に()かれるぞ!」


 周囲の地形も状況を悪化させていた。


 帝国の戦車中隊は森を切り開いた林道を通って戦場まで来ている。


 この林道は伐採場から重い木材を運ぶために、通常の道路と違ってかなり補強されていた。地面に木材を並べ、その上からダートを重ねて土台を作っていたために、周囲より少し高くなっていたのだ。


 この土手のような形状が悪かった。


 土手を降りて左右に展開し始めた兵士は、この土手の高さにどこか守られている感覚を覚えたのか、その場に伏せていなかった。


 しゃがんだ程度の者もいたが、ひどいものだと、土手を挟んだ分隊の様子を見るため、無防備に立っているものさえいたのだ。


 開戦からまだ日が浅く、ほとんどの兵が砲撃を経験したことのないこの時期、土手の陰に守られているという錯覚は簡単に彼らを油断させた。


「何と無様な状況だ! おい、そこのお前ら!」


 帝国の小隊長は、兵士たちの後ろ襟を引っ掴んで地面に叩き伏せると、ホルスターから拳銃を引き抜いた。


「逃げるな! いいか、逃げるんじゃないぞ! 逃げたら俺はお前らを撃たんといかん! 俺にそんなことさせんでくれ!」


 その剣幕に、戦車から引き剥がされた兵士は、青ざめた顔でこくこくと頷いた。

 まだ雨の湿気が残る地面に兵士を伏せさせ、銃兵を並べる。


 一応の体裁は整ったが、銃の先は左右に揺れ、まるで定まっていない。


 その時――

 猿叫のような鬨の声とともに、地面を蹴る重い蹄の音が一斉に響き渡った。

 

「セントールだぁっ!!」


 雷鳴が近づき、うねる煙幕を左右に押しのけ、それは現れた。

 鈍色の甲冑に身を包んだ人ならざる人馬。


 セントールの襲撃騎兵(マローダー)だ。


 中世の騎士のような姿をしたセントールたちが、自動車を軽々と追い抜く速度で迫ってくる。


 先頭の数頭は、時代錯誤の長大なハルバードやビルフックを脇に抱えるように構えていた。12世紀の騎士が行っていたランスチャージと全く同じだ。


 鋼鉄に身を包んだ巨体が、地鳴りとともに突進してくる。


 純粋な暴威。それが、数十頭単位で一気に距離を詰めてくる光景に、帝国兵たちは言葉を失った。


「……とにかく撃ちまくれファイア・アト・ウィル!」


 指揮官の指揮で火力を集中させようにも、指示が間に合わない。

 帝国の歩兵は、やみくもに撃つしか無かった。


 並べられたライフルが次々に発砲を始め、機関銃がうなる。


 しかしセントールの甲冑に当たった銃弾は火花と甲高い音を上げるばかりで、足を止める様子が全く見えない。


 ここでようやく、戦車の砲塔の旋回が間に合った。


 パッと閃光が奔り、土が巻き上がる。しかし、砲撃は疾走していたセントール騎兵を捉えるに至らず、散開を促しただけだった。


 セントールの襲撃騎兵は、Sの字を描くように移動する。

 敵の射撃線を避けながら、目標を選定するためだ。


 いくら重装甲でも、射撃を受けて無事なはずがない。彼らの鎧の下はアザだらけで、(あばら)を折っている者も少なくなかった。


「フラーーー!!!」


 先駆けの一騎が突撃に成功し、ハルバードの穂先が横を向いていた歩兵を捉えた。

 刺突の衝撃で押し飛ばされた彼は、機関銃のベルトを交換中だった友人たちを巻き込んで地面にごろごろと転がった。


 突き飛ばされた兵士のそばにいた伍長はライフルを捨て、逆手に持った銃剣をセントールの馬体に突き立てる。


 伍長の銃剣がセントールの馬体に深々と突き刺さった瞬間、獣のような咆哮が上がった。


 しかしセントールは止まらない。


 逆に上半身を捻り、ハルバードの柄で伍長の頭部を薙ぎ払う。

 兜がバイザーごとへこみ、血が飛び散った。


 それが合図だった。

 銃声がまばらになり、叫び声と金属音が一気に辺りを支配する。


 小銃と機関銃で戦うはずだった帝国兵たちは、たちまち中世に時代が巻き戻ったかのような白兵戦に引きずり込まれた。


 一人の兵が銃を捨て、シャベルを両手で振り上げてセントールの前脚に叩きつける。別の兵は人馬の上体にしがみつき、ナイフで喉元を掻き切ろうとする。


 またある者は、ライフルの先端を掴み、棍棒代わりにすると具合が良いことに気がついた。


 誰かが叫んだ。


「人の部分じゃなくて馬の部分を狙え! 馬体を殺せば奴らは死ぬ!」


 煙幕に取り囲まれたほんの数ヘクタールの舞台は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。ハルバードが振り下ろされるたび、血飛沫と断末魔が上がる。


 セントールの蹄が、胸甲の上から兵士の胸を踏み潰し、肋骨が折れる音が乾いた木の枝が折れるように響いた。


 膝を折ったセントールに、ライフルを逆さに持って棍棒にした兵が殺到する。

 それはまるで、数百年前の農民反乱――ジャックリーの乱を思わせる光景だった。


 銃を持つはずの「近代兵」が、シャベルや銃剣、果ては素手で、巨体に挑みかかっている。


 それは古から続く、命と命のぶつかり合い。

 飽きなく繰り返されてきた、原始的な殺し合いだった。


 拳銃を撃ち尽くした小隊長は、空になった弾倉を血でぬかるむ手で必死に交換しながら吠える。


「立て! 散開するな、固まれ! 固まって戦え!」


 しかしその声を聞くものはとうになく、戦場の喧騒にかき消されていた。






ここまでお読みいただきありがとうございます。

命令ベースと目的ベースの説明は、1930年代の戦闘の空気感を理解する上で役に立つかなと思い、長げぇよとツッコミしつつ入れてしまいました。


とはいえ、上記の文章も単純化しており、実際は連続したハイブリッド運用がなされています。目的ベースだったナチスドイツも、チョビ髭に介入によって実際には命令ベースの運用になってたりします。


※方位1740の補足。

学校で使う分度器は最大で360度ですが、軍事では一周を6400に分割しています。北が0となり、1600が東。3200が南。4800が西となります。作中の場合、大砲はほとんど東の方を向いていることになり、仰角78.5は、最大射程3kmから逆算すると、おおよそ1kmくらいでしょうか。かなり近いですね。

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