鬨の声(2)
帝国軍の砲兵隊による、一連の準備砲撃。
森林を形づくっていた木々は、その身にまとっていた梢を閃光に剥ぎ取られ、丸裸となってその袂の様子を明かした。
足元の灌木もその一切が焼かれ、木の根を逆さにしたような風体になっている。
葉を焼かれ、灰が地面に薄く広がり、粉砂糖のように地面をめかされていた。
異質な光景となった一帯には、妙な静けさが沈み込んでいた。
そこに轟く、鬨の声。
ベリエの陣地、その対岸に展開していた帝国兵も、すぐに異常に気づいた。
その中でも最も早かったのは、縦に一列となって進んでいる戦車の車列。そのうち、無線機のアンテナに指揮車を示す赤い旗をつけた軽戦車――ラスプの中だった。
「バッスス中隊長、聞きました? いまのってセントールの……」
ドライバー席でハンドルを握っていた若い兵士が背後を振り返り、座席で無精ひげをいじっていた士官を不安そうに見上げる。
部下の視線を受けたバッスス中隊長は、キューポラに設けられた小さな監視孔から、ベリエ軍が守る陣地の方をじっとにらみつけていた。
監視孔から入る光で、右目のあたりに縫合された傷が見える。
歴戦の指揮官を思わせる見た目だが、その瞳は柔和そのものだった。
「連盟だわな。こん当たりでセントールといえば、国境に張り付いとった連盟の部隊しかおりゃぁせん」
方言まじりで答えたバッススの声色は、特に緊張を帯びたものではない。
まるで、「おや。車の前に見慣れない動物が出たぞ」といった様子だった。
「連盟ですか? 連中、国境から動かないはずじゃ……!」
「んなこた知らんわ。こっちに来んだら、相手するしかねぇ。砲手!」
「はい! 同軸機銃のベルトを曳光弾から重弾頭に換えます!」
砲手は照準器の座席から離れ、指揮車両が装備している37mm砲の砲尾を回り込んむと、砲の横に懸架されていた機銃にとりついた。
ある一点を除き、ワスプの同軸機銃は歩兵の使用する機関銃と全く同じものだ。
違うのは、肩につけるストックの部分が取り外されて、代わりに予備弾薬のドラム弾倉を入れた雑嚢を引っ掛ける金具として使われていることだった。
砲手は機銃のレシーバー上部のフィードカバーを開くと、手慣れた様子でドラム型の弾倉を交換した。
「慌てて尻ぃ浮かせんでええ。セントールっちゅうても、機銃で何とでもならぁ」
「本当ですか?」
「おう。バケモンじみた連中だに、穴ぁ開けば血ぃ出るもんよ」
セントールは人間が着込んだら動けなくなるような厚みの甲冑を着込んでいる。
それこそ真正面から銃弾を弾くような強度のものを。
しかし、それはあくまでも人間が扱う銃器の話。
ペッカードの20mm機関砲、ラスプの37mm砲ならセントールを確実に葬れる。
とはいえ、20mmは5発マガジン。37mmは単発で連射が効かない。
それにベリエの対戦車自走砲にも対処する必要がある。となると、セントール歩兵の相手は必然的に、車体と主砲横に搭載されている機銃の役目となった。
戦車の機関銃に装填されているのは、帝国のライフル兵や機関銃兵が使うものと同じ、7.92mm×57mm重尖頭弾。
このグレードの銃弾は、距離300メートルなら、10ミリ厚の鉄板を貫通する。
セントールが着込んでいる甲冑で10ミリを超す厚さの部分は、胸と頭部、そして馬体の前面を覆うエプロン部分。
装甲は前面をほぼを覆うが、脚、そして馬体側面は無防備だ。
複数の車両が連携すれば、機銃で対処可能。
少なくとも帝国軍の教範はそのように述べていた。
帝国の中隊長はキューポラのハッチを開けて身を乗り出すと、戦車の背――エンジングリルに跨乗していた軽歩兵に向かって「そこのお前」と指を指した。
「伝令。えー…これより横隊に展開し、V字陣形でセントールを迎え撃つ」
「了解です!」
「待った、もういっちょ。セントールは鎧のない側面を狙え。正面の敵は僚車に任せて、左右の敵を狙うように、連携を心がける」
「繰り返します。V字横隊に展開、セントール騎兵は側面を狙い、正面の敵は……戦友に任せて連携を心がける」
「よろしい。行った行った!」
「ハッ!!」
追い払うように手を振って、バッスス中隊長は戦車のキューポラを閉じた。
戦車の砲塔を回すのには意外と時間がかかる。
ワスプ、ペッカード共に、砲塔の旋回は完全手動。人力でクランクを回して、およそ600kg――馬一頭程度の重量がある砲塔を動かす。
その速度は毎秒14度。全周旋回には、およそ25秒かかる。
例えば右に向いている時、反対側の左の敵を狙いたいと思ったら、12秒かけて砲塔を回さなければならない。
12秒。歩兵はもとより、戦車でも身を隠すのに十分な時間。
戦車は火力があるが、それを敵に向けるには連携が必要になる。
第一波の襲撃に参加した帝国の戦車は、37mm砲搭載のワスプが7両。20mm機関砲を搭載したペッカードが5両の構成だ。
歩兵と戦車の両方に対抗できるバランス型の編成。対応力に不足はない。
だが、好々爺然とした指揮官の表情に余裕の色はなかった。
(奴らは砲無しに来んだら。……戦車、半分残るかねぇ)
バッススが毒づくと、それに答えるように砲声がした。
雷のような、それでいてどこか丸みのある砲声。
ボゥンという、乾いた重低音が川面を叩いて響き渡り、背後の森に抜けていく。
独特の砲声に座席に身を沈めながら、彼は白髪交じりの眉を寄せた。
帝国の野砲が怒鳴った時の、鋭く怒ったような音とは違う。
空気を裂かず、鈍い。どこか空にもたれかかるような響きだった。
「近いですね。流石セントール。もう対岸に砲を据え付けたか」
砲手がつぶやくと、バッススは「そりゃぁ違うな」と笑った。
「奴さんらは置いただけよ」
「置いただけ……ですか?」
「そうよ。それがセントールの怖いとこでなぁ」
「どういうことです?」
「人間ならクソ重い大砲をいちど陣地に置いたら、こんなもん、もう動かさんぞって思うもんよ。けんど、セントールは違う。ずんずん前に渡してきよるのよ」
ポン、ポン、と小気味よい音とともに空中に火花が散り、白煙が戦車隊の前方に降り立った。煙幕だ。
濃密なミルク色の煙が、黄土がむき出しになった地面の上を這い、満たしていく。
流された蜜のように白煙が広がっていくなか、連盟の十数騎のセントールたちが両岸を崖に挟まれた小川に踊り込んでいた。
彼らは下流側から川の流れに沿って侵入してきた一隊だ。
川を伝って移動すれば、崖が邪魔になって視認されることはないが、流水と砂利だらけの足場は、兵の展開を手間取らせる。
が、馬としての踏破能力を持つセントールならば、浮石に足を滑らせることも無く先を急げた。
「2列縦隊、早足、進め!」
号令に従い、二拍子で小走りする人馬たち。
甲冑を着込んだ彼らの手には短機関銃、もう一方にはカンバス生地の簡素な布バッグが握られていた。
その一方、バッグを持っていない者たちは、これまた20世紀には似つかわしくない時代錯誤な武器――鈎槍や剣槍を携えている。
銃がなければ、もはや中世の騎士となんら変わらない格好だ。
「分隊、止まれ」!
指揮槍を手に分隊を率いていたセントールが崖の下で膝を折る。
分厚いサーメットヘルムを目深に被ったセントールの胸甲には、緩やかな膨らみがある。女性のようだ。
黄色の紋章を肩の前に提げた彼女は、鹿毛色の腹が水で濡れるのもためらわず、じっとして崖の前で頭頂部の長耳を欹てた。
「……キャタピラの音と振動が横に広がってる。やはり横隊で対応するか」
「ギゼラ中尉、ベリエ軍は砲撃からまだ立ち直ってませんが、彼らの支援がなくても、我々だけでもいけます!」
「待て、蹄を鳴らすのはまだ早い」
彼女は兵を制止すると、近場の崖に前足を掛け、馬体に乗った上体を押し出す。
草木を失った一帯は、細かい起伏が明らかとなり、波間のような地形が見て取れた。視界明瞭。戦車の姿を見つけるのは楽だが、発見されるのも容易だ。
(相手は中隊規模。突貫すれば大半の戦車を討ち取れよう。しかし、軽く見積もっても20騎から30騎は死ぬな。この後も続く戦を考えると、どうしたものか……)
「中尉?」
「諸君、国境より※挺身した我々の目的は、遅滞戦闘を行っているベリエ軍と合流し、連絡を確立することだ。帝国軍との戦闘が目的ではない」
※挺身:自ら進み出て、難しい仕事や厳しい状況に立ち向かうこと。
「ですが、このままでは……」
「論ずるまでもなく、帝国軍の戦車隊を止めねばベリエ軍が危うい。そして私は、諸君らが帝国のブリキを相手に遅れを取るとも考えてはいない」
ギゼラの言葉にセントールたちがうなずき、兜の庇を傾ける。
「前もって打ち合わせた通り、敵戦車隊を両翼から襲撃する。騎兵砲による支援で随伴歩兵を後退させた後、南翼から仕掛ける」
そこまで言って、彼女は供回りが抱えるバッグを指さした。
「そのTNT爆薬は3キロある。戦車のエンジングリル、車体と砲塔の隙間、履帯の上、それらの場所に置けば、確実に戦車の足を止められる。」
「足を止めるだけですか?」
「そうだ。仕上げは騎兵砲やベリエの対戦車自走砲に任せればいい。足を止めた僚車がやられ始めれば、帝国兵は自ずから戦車を放棄し始めるだろう」
彼女は腰にさげていた戦笛を手に取り、空に向けると一気に息を吹き込んだ。時を同じくして、森の奥、川のあちこちで鬨の声が上がった。
それに興奮した分隊員が蹄を踏み鳴らす。「戦いは目的ではない」。そう言って、極めて現実的に状況を観察していたギゼラでさえも、その脚が動いていた。
柄にいくつもの古い傷が残る指揮槍を掲げ、彼女は号令する。
「征くぞ兄弟姉妹たち! 剣林弾雨を父祖の誉とともに歩み、我らに仇なす者らを屍山血河となるまで踏みしだく――我らこそが武だ!」




