鬨の声(1)
もしかして4ヶ月ぶりの更新…?
掩体にうずくまるティーゲル号に駆け寄ったカリウスは、穴の横、土を積み上げた土手の上から、車体に飛び乗った。
ティーゲルの上面は、まるで何日も雪が降った後のように、すっかり土で覆われてしまっていた。砲塔と車体の継ぎ目もわからない有り様だ。
「アデーレ……無事でいてくれ」
カリウスはハッチを隠していた土を手で払いのけ、中に向かって声をかける。
すると、内側からロックを外す音がして、丸い蓋がゆっくりと持ち上がってきた。
「……兄さん!」
砲塔の上に膝をついたカリウスは、火傷ひとつ無いアデーレの姿に安堵の息を吐いた。砲撃の間、ずっとハッチを封鎖して息を潜めていたのだろう。
「よかった、アデーレ……っ」
「兄さん、どこも怪我はないですか? 今は無事でも後から――」
「僕は大丈夫だよ。フリンもメリナさんも?」
「あ、はいっ! クルーは全員無事です。ただ、対戦車砲チームが……」
「……ひどいのか?」
「1号車のウィラーさんとは連絡が取れましたが、他2両と交信が取れません。無線が壊れてるのか、それとも……」
「そうか、わかった」
(2両が失われたとすると、先の損失と合わせて3両。残り5両で乗り切れるか?)
「第2小隊も手ひどくやられた。歩兵の戦力は、おそらく半減に近いな」
「周り、すごいことになってますけど、これ……全部さっきの砲撃で?」
「うん。帝国の新型砲弾みたいだ。身を隠す場所を無くした後、仕上げをするつもりに違いない。すぐに移動しよう」
「仕上げって……また攻撃が?」
「間違いなく来る。戦車は予備陣地に避難させよう。このままじゃ良い的だ」
運転席側に回ったカリウスは、ハッチの上に積もった土を退ける。葉っぱや根っこの残骸に混じって、土ネズミの死体がでてきて、悲鳴を上げそうになった。
戦争に巻き込まれているのは、どうやら自分たちだけではないらしい。
手に当たった、ぶよぶよとした動きのない肉の塊。
カリウスは湿った黒土を寄せて、土と一緒に車体の下へ押し流した。
装甲の上を転がり落ちたネズミの死骸は、続いてなだれ落ちてきた土によって、あっという間に姿を消した。
まるで、いつもそこにあるはずのものを、覆い隠すかのように。
(……)
それは、彼が先ほどから必死に意識の底へ押し隠そうとしていた、どろりとした「死」そのものの具現だった。
鋼鉄の獣の中に閉じ込められ、逃げ場もなく、ただ上から降り注ぐ暴力によって土中に埋め殺される。そんな救いのない結末を、土ネズミの末路に重ねてしまう。
指先に残る、かすかな死の弾力。
(大丈夫だ。僕は生きてる。アデーレも、クルーも無事だ。思考を止めるな)
カリウスは不吉な予感を振り払うように操縦席に滑り込み、エーテル機関の始動にかかった。
まず、ドライバー席の右側面の鉄の板――エーテル機関の操作パネルにさしっぱなしのカギが、ONに回っているかを確認する。
これはティーゲルの主バッテリーの電源がONということを意味した。
ティーゲル号の無線やインターコムは、このカギが回っていないと使えなかった。
すなわち、鍵を持っている人がいないと動かせない。
誰が動かすかわからない軍用車には、あまりそぐわない機構だ。
(これも一応、欠陥のうちに入るのかな? そのうち改修したいな)
カリウスは操作パネル中央の赤色のイグニッションスイッチを押し込んだ。
電気式スターターが駆動し、軸流式機関の無数のフィンが独特の風切音を立てて回転を始めた。
カリウスは、操作パネルの計器――タービンの回転数を示すタコメーターの針の動きを目で追う。針の先は、ゆっくりと白に塗られた領域に傾いていく。
(――よし、ここらでいいか)
エーテル機関の内部に強烈な吸気流が生まれた頃合いを見計らって、カリウスは燃料を注入するコックを回した。これは燃料を送ると同時に、火花を飛ばし点火する機構になっている。軸流式エーテル機関は燃料の注入と点火のタイミングがズレると、燃焼不良、あるいは暴発が発生するためだ。
<ガコン!>
あとは見守るだけ。
一連の操作で、バッテリーで無理やり回転させられていたフィンが燃料を燃やして自律回転を始め、規定の回転数まで上がるはずだった。
(…………?)
しかし、タービンの回転音が伸びない。
それどころか、エーテル機関の温度を示す排気温度計の針がみるみるうちにレッドゾーンへ突き進んでいく。
(……不味い、異常加熱だ。砲撃でエンジンが損傷したか?)
「――あっ、いけね!」
カリウスは叫ぶなり、コックを戻して燃料の噴出を止め、潜り込んだばかりの操縦手ハッチから弾かれたように外へ飛び出した。
「兄ちゃん、どうしたんだよ! ティーゲルのエンジンがおかしいのか?」
「フリン、手を貸せ! 土をどかさないと、機関が燃え尽きるぞ!!」
異変を察して砲塔ハッチから顔を出した装填手のフリンに、カリウスは鋭く指示を飛ばす。状況を飲み込んだフリンは、車体側面に固定されていた予備のスコップをひったくるように外すと、カリウスに続いて車外へ躍り出た。
二人は車体後部へ駆け寄り、愕然とする。エンジンの吸気パネルは厚い土に覆われ、二本の太いマフラーに至っては、崩れた土手の下に完全に埋没していた。
「あっちゃー……兄ちゃん、完璧に埋まってるよ」
「急いで掘り起こそう! アデーレ、僕らがコレをやってる間、対戦車砲チームへの呼びかけを頼む!」
「わかりました! 予備陣地への移動を呼びかけます」
「よし。とりかかるぞ、フリン!」
「うん!」
フリンがスコップを土手に突き立て、カリウスは素手でマフラーの周囲を掻き出し始めた。
排気管の熱気が、湿った土を通じて掌に伝わってくる。爪の間に泥が食い込み、鉄板に指先が擦れて血が滲むが、痛みを感じる余裕すらない。
「すっごい土の量だね」
「毎回これだと大変だな。今度からカバーをかけるようにしよう」
泥まみれになりながら、二人は必死に土を跳ね除ける。
スコップが何度も振られ、カリウスの指が泥を掴み出すたびに、ようやく重厚なマフラーの先端がその姿を現し始めた。
「よし、後もう少しで――」
カリウスが泥まみれの手で最後の土塊を掻き出した、その時だった。
空気を震わせ、地を這うような咆哮が耳を打った。
「――ウオオオォォォォォ!!」
勇壮な、それでいてどこか野性味を帯びた鬨の声。
カリウスの指先が、恐怖で凍りついた。
(間に合わなかったか……!?)
敵歩兵の突撃。動けない戦車は、肉薄する兵士たちにとって格好の餌食だ。
カリウスは絶望に喉を鳴らし、顔を上げた。
「……あれ?」
カリウスは首を傾げた。叫びは敵のいる前方からではなく、自陣側である「背後」から押し寄せていたからだ。
巨大な地鳴りがティーゲルの重装甲すら震わせ、装甲の上に残った土を剥がす。
音の聞こえてくる方向が変ならば、また、その「種類」も奇妙なものだった。
「兄ちゃん、この音、なんか変じゃない?」
「あぁ。この音、自動車やキャタピラじゃないぞ?」
それは、戦車という鋼鉄の怪物が戦場の主役となったこの時代には、あまりに場違いな「蹄」の音だった。
大地そのものが脈打つような重低音が迫り、土煙の奥から無数の蹄が地面を叩き割る音が押し寄せてきた。
波のようなリズムを持つ蹄の音に、装具の金具が触れ合う鋭い響きが混じる。
音。しかし、ただの音ではない。
その音の奥には、明確な意思が感じられた。
まるで、それ全体がひとつの巨大な生き物のようにうねっているかのような。
「兄ちゃん、あれって……何?」
「…………今って、1936年だよな」
フリンの指差す先、砂塵を巻き上げて現れたのは、
幻としか思えないような一団だった。
しなやかな人間の上半身と、力強い馬の胴体。陽光を跳ね返す重厚な紋章つき胸甲に身を包んでいるのは――
身の丈を越える巨大な軍旗を掲げた、セントールの重装騎兵隊だった。
時代に逆行するかのようなその姿は、しかし圧倒的な質量と速度を持って、カリウスたちの横をつむじ風のごとく、颯爽と駆け抜けていった。
今回、かなり具体的にエンジンの作動手順をしましたね…(やりすぎ
ティーゲル号はドイツ戦車のレイアウトを元にしているのでカギがついてますが、他の国の戦車には、ほとんどカギがついてないです。
(誰が動かすかわからない軍用車なので)
ドイツ戦車が特例なんですけど、戦車といえばドイツみたいなところがあるから、特例になっていないという…




