合流
1936年 4月22日 22:15
ガルムたち一行が剣の魔女と遭遇した頃。
ティーゲル号は、セントール騎兵と自走砲を伴いながら街道を進んでいた。
街を離れ、6km近く進んだ。
ここまでくると銀雲の光も届かず、周囲は暗闇に包まれている。
ヘッドライトで前方を照らすが、足元をみるのがせいぜいだ。
とても周りを確認することはできない。
皮肉なことに、帝国が置いたエーテルビーコンが頼りになった。足元すら見えない暗闇の中でも、方角さえ分かればなんとかなる。
「……見えてきたぞ。メース川鉄橋だ」
ペリスコープを覗いていたカリウスの視界に、台形にいくつもの斜線が入ったトラス構造が目に入る。
地面から突き出すようなシルエットのそれは、メース川鉄橋を支える鋼鉄の桁だ。箱状の枠に斜めの鉄骨が走り、鋼鉄からなる床を支えている。
橋の長さは30メートル。床の幅は6メートルほどあるだろうか。
大型トラックが行き交うには十分過ぎる幅だが、重戦車のティーゲル号にとってはかなり窮屈だ。
ティーゲル号の幅はおよそ3.8メートル。橋を渡っている間は、他の車両を通せなくなってしまう。
カリウスはティーゲル号のキューポラから顔を出し、周囲を見渡す。
対岸には激しく揺れ動くライトの明かりが見える。
帝国軍の攻撃に備え、何かの作業をしているようだ。
(現時刻は……22:15分。なんとか到着できたな)
フランクの50余騎のセントールと、ベリエの2両の対戦車自走砲、そしてティーゲル号は深夜にメース川鉄橋に到達した。
カリウスはヘッドライトを点滅させ、通過の許可を求める合図を送る。
すると対岸でも、チカチカとライトの光が瞬きだした。
「兄ちゃん、向こうはなんて言ってるの?」
「渡っていいってさ」
カリウスは無線機のチャンネルを変え、僚車に通信をつなげた。
「橋の通行許可が出た。まずティーゲル号が渡る。ウィラーは待機してくれ」
『了解しました。お気をつけて』
ティーゲル号が鉄橋へと足を踏み入れる。
50トンを超える巨体が橋の床に乗った瞬間、足元が嫌な音を立てた。
< ギギ、ギギギィ……ッ! >
「わっ、わっ、ちょっとカリウス……!」
「兄ちゃん、これ……大丈夫?!」
「ティーゲルはベリエの全ての鉄橋を通れるように設計した。大丈夫のはずだ」
「信じていいのよね……?」
「……あ、そういえばアデーレがちょくちょく独自仕様で改造してたな。……ちょっと設計より重量が増えてるかも」
「ちょっとぉ?!」
「アデーレなら設計の意図を理解して重量の制限を守ってるはず。たぶん……」
「多分じゃ困るんだけど!!!」
無数の鋲が打たれた鋼鉄の床を分厚い履帯が歪ませ、削り取る。
リベットの丸い先端が履帯に触れた時に鳴る、カチカチという規則的な音。
それが妙にカリウスの印象に残った。
対岸の光の粒がキューポラから身を乗り出したカリウスの視界に映る。じわじわと距離を縮めていくと、それが照らし出す周囲の状況が明らかになってきた。
橋の根本の左右は護岸され、分厚いコンクリートで覆われている。
その垂直に切り立った灰色の壁の上部には、小さな四角い窓が開いており、奥に向かって屋根が設けられていた。
(アレはトーチカ? ベリエも抜け目ないな。平時の時から要塞化を進めてたのか)
コンクリートの護岸の縁では、兵士たちが砂袋を積み上げて石垣のように表面をならしているが、彼らが被っているものがカリウスの目を引いた。
「あのヘルメット、ベリエのと形が違う……」
「あ、ほんとだ。なんかお鍋みたいね」
ベリエのヘルメットは大きめの卵型で、左右のフチが耳を覆うようになっている。
一方の砂袋を担ぎ上げている兵士が被っているヘルメットは、耳の上までの長さで小鍋のような庇がある。中世のケトルヘルメットによく似た格好だ。
このタイプのヘルメットは、ブローディヘルメットという。連盟が加盟国に生産設備ごと提供している、共通生産装備だ。
「あれは連盟のヘルメットだ。もうフランク歩兵が来てたのか」
「例の援軍ってやつ?」
「詳しいことはアデーレに聞いてみよう。あと一時間もしないうちにベリエの増援も到着するはずだ」
そうこうしているうちに、ティーゲル号は橋を無事に渡りきった。
「よし、あとは対岸のセントールと自走砲だけど、こちらは問題ないだろう」
「そうね。ティーゲルのせいで橋にガタがきちゃってみんな落っこちました。なんて冗談でも笑えないわ」
「フリン、戦車を反転させてくれ。エンジンはかけたままで点検を頼む」
「うん、わかった!」
「カリウスはアデーレちゃんを探すの?」
「あぁ。ちょっと周りの人に聞いてくる……必要はなさそうだな」
キューポラから這い出て砲塔の上に立ったカリウスは、道路の向こうから爆走してくる自動車を見つけて息を吐いた。
助手席からハンドルを掴んでいる金髪の少女の姿に見覚えがあったからだ。
自動車はティーゲルの前でドリフトして止まると、助手席の少女が座席から立ち上がって手を振った。
「兄さん、無事で良かった!」
「アデーレも無事そうで良かった。すみません、妹が……」
兄は目を丸くしている運転手に謝った。
ハンドル操作だけでどうやってドリフトしたのか、疑問は尽きないが、それよりも先に聞くべきことがあった。
「アデーレ、現在の状況の説明を頼む」
「はい。まずメース川対岸の配備状況から。現在フランクの75mm騎兵砲が22門、100m幅で展開中です。間はフランクの国境警備旅団が調達した3個中隊が埋めています。セントール騎兵は2個中隊が戦略予備として後方に居ます」
「なかなかの火力の密度だけど、中砲と重砲が無いね」
「そうですね。調達のあては、こちらに向かっているベリエの師団が装備している師団砲くらいです。それでも90mmと120mmですから……帝国と本格的な砲戦が始まれば、かなり厳しいです」
「帝国の師団が装備しているのは105mmだけど、今回の攻勢は上級司令部から軍団砲兵が貸し出されている可能性が高い。150mmが展開すると不味いな」
「はい。そのクラスになると、ティーゲル号でさえ至近弾で撃破されます」
「場合によっては、ティーゲルはさらに後退すべきか……?」
「私はすべきだと思います。ティーゲル号を失うわけにはいきません」
「ランスの戦車隊がくるまで、防衛は可能そうかい?」
「難しいですね。一晩くらいならまだしも……全体の戦力がまるで足りません。帝国軍が投射している規模からすれば、私たちの戦力は薄紙一枚です」
「だよなぁ……」
「ですが、手はあります。むしろこれしかない、という一手が」
「というと?」
「ティーゲル号の機能を使って、エーテル災害を引き起こすんです」
「――なっ!?」
「フロレンヌでメッシーナと同じようなことが起きれば、帝国軍は進軍どころではありません。防衛体制を整える時間が生まれる。カレーで日和見を決めているブリトンだって動くかもしれません」
「駄目だ。それは駄目だよアデーレ。父さんたちはエーテル災害を止めるためにティーゲルを作ったんだ。それを、父さんたちの願いを兵器として使うなんて……!」
「じゃあ兄さんは……今の状況をどうにかできますか?」
「それは――」
「兄さんもわかっているはずです。ここで私たちが死んで、ティーゲルが壊されれば……父さんの願いだって失われる。ゲオルグさんの想いも」
「………………」
カリウスは何も言い返せなかった。
静まり返った彼の心の中で、誰かがさざなみを起こす。
彼ではない。もう一人の彼がそれを掘り起こした。
『忘れないで』
「……っ!」
カリウスの脳裏に、シャルロッテ教授の最後の授業の光景がよみがえった。
まるで彼女がそばにいるかのように、その声が耳を打つ。
『お前は何か勘違いしている。私が戦場に立てば勝てる? 違う。私が戦場に立てば――世界は〝私の勝ち方で終る〟んだ』
(教授の勝ち方。それはメッシーナでの……)
エーテル災害による焦土化。
前大戦でシャルロッテ教授――すなわち銀魔女は、メッシーナ要塞を破壊したが、その後に発生したエーテル災害によって戦線は完全に膠着した。
たしかに実績のある方法だ。
しかし、それをシャルロッテ自身は望んでいなかった。
望んでいたなら、同じことを続けたはずだ。
だが、しなかった。
その功績を誇ることなく、多大な努力を払って真実とともに埋め隠した。
(エーテル災害は、あの不遜で自信に溢れた彼女でさえ、否定して、消さなければならないと判断したものなんだ。教授と同じ方法でいいはずがない。)
銀魔女の表情が弟子の脳裏に浮かぶ。いまここに彼女がいたなら、その銀の義手の指先でティーゲルを叩きながらなんというだろうか。
『――カリウス。私はアレコレとお前に手を尽くしてきたが……それは私の真似をしてほしいからではない。私の過ちを正してくれる者を遺したいからだ』
(そうだ。シャルロッテが僕に何を託したのか、それを考えるんだ……)
カリウスは拳を白くなるまで握り込む。
すると彼は突然、ハッとした様子になった。彼の視線の先には、ティーゲルの青く輝く排気炎――エーテルの静謐な輝きがあった。
(そうだ。教授がなぜ、彼ではない僕にも魔法の統制方法を教えたのか。それは僕が――知っているからだ。この世界でただ一人、それが無かった世界を)
「アデーレ、それは違う。逆だよ。エーテル災害は封じ込めないといけない。ティーゲルの役目は何一つ変わることがないんだ」
「兄さん?!」
「大丈夫だ。僕を信じて、任せてくれ。」
ようやく兄妹が合流できた……長かった(
とはいえ、二人の間に明らかな亀裂が。問題も山積みだぁ…




