巣穴道の戦い
ガルムたちは「もしや」と思って、これまで来た道を戻った。
そして思った通り――
「だめだ。ループしてやがる……どうしてもハシゴの場所まで行けねぇ」
「こっちもだ。横穴も繰り返しになってる。参ったねこりゃ」
「軍曹、鼻も役に立ちません。たしかに臭いを追いかけてるのに、元いた場所に戻っちまうんです」
ハザールがうなる。隣のスカーもお手上げの様子だった。
「あぁ、こっちもだよ。まるで折られた紙の上をたどってるみたいだね」
「チックショー! どうすりゃいいってんだ」
苛立ちを隠せないガルムは、巣穴道の漆喰壁に拳を叩きつけた。
ところが、土の壁はヒビ一つはいらない。
まるで絵に描かれたように、その表面を保ち続ける。
「このクソ壁も何なんだ。スコップの刃がまるで通りゃしねぇ」
「ヤケになるんじゃないよ。ここでの指揮官はアンタなんだからね」
「……そうだったな。クソッ、頭を冷やして情報を整理するか」
ガルムは腕を組み、その場にどかっと腰を下ろすと、ちょうど反対側の通路から、偵察に出ていたフユとウララが戻ってきた。
「ガルム軍曹、棚に包み紙がありました。これを使って地図を書いてきました」
「お、あんがとな」
受け取った包み紙を地面に広げると、なるほど。
彼らがいるバロウスは、単なる直線の通路ではなかったようだ。
フロレンヌの地下に広がる地下道は、網目状になっている。
さらに蛇行するトンネルを貫くように規則的な十字の空間が走っていた。
「フユ、これはなんだ?」
「下水道のようですが、様式はかなり古いです。歴史には詳しくないんですが、おそらく中世よりも古い時代の物ですね」
「たしかこの地方って、昔はフランクが支配してたんだっけか?」
「そうですね。壁に刻まれていた文字はフランク語でした」
「こっちの情報も書き込んでみようか。ここが現在位置でいいんだよね?」
「えぇ、そうです」
スカーがフユの地図の南半分を書き進める。フユの探索部分と合わせると、地下の様子がかなり具体的になってきた。
「一見複雑だけど、ループする場所は南北と西の全部で3箇所かい。……妙だね」
「ん、何がだ?」
「ガルムさん、見てください。なんか広がり方が均一じゃないです?」
そういってウララが地図のフチをなぞると、ガルムは、はたと手を叩いた。
「おぉ、言われてみりゃたしかにそうだな。……で?」
「ニブいやつだねぇ……ループに囲まれた地図の真ん中が、例の下水道だろ? ここに何かがあるんじゃないか? 魔法だか、呪いだか、何かそういうもんがさ」
「おっ、なるほどな。でもよぉ、これってメッシーナで起きたようなエーテル災害だろ? 何で急に起きたんだ?」
「そりゃぁ……なんだろうね?」
「うーむ……」
考えにつまり、スカーとガルムは口ごもる。
すると、二人の間にいたフユが口を開いた。
「――急じゃなかったのかも知れませんよ」
「へ?」
「フロレンヌはエーテル災害が起きる寸前の状態にあった。そこでカリウス中隊長が魔法を使ったことで、均衡が破れ、エーテル災害が発生した……という仮説です」
「なるほどな。たしかにメッシーナじゃ要塞をまるまる吹っ飛ばすほどの大量のエーテルを使った。今回の戦いで使ったのはそこまでの量じゃねぇもんな」
「えぇ。それでなんですが――」
フユが言いかけて、全員の動きが止まる。
「――銃声?」
「何だぁ? こんどこそ帝国兵が入り込んだか?」
「かなり近いよ。全員構えな!」
ウララがライフル銃を立射で構え、フユが短機関銃を腰だめに構える。
スカーは牙剣を抜き、ガルムも2連ピストルを構え、何者かとの遭遇に備えた。
ドタドタと混乱した様子の足音が近づいてくる。
「旦那! で、出た! 出ましたよッ!!」
「アビー? 何が出たってんだ」
「ば、ばば、バケモンです! あれ!」
「ん~……?」
洞穴の闇を押し開くように何かの影が躍り出た。
大きく曲がった背中は山のように大きく持ち上がり、病的な細さで伸びる手足は蜘蛛に似て異様に長い。
先端に生えた黒い棘のような爪が、ガリッとバロウズの床を削り取った。
「……おい、こりゃ何の冗談だ」
アイアンペルトの肩の前に提げたライトがそれの顔を明らかにすると、ガルムは思わず喉を上下させた。
これを顔と言っていいのか。粘土で作られた人の顔をいたずら小僧がこね回したかのような、正視に耐えない醜悪さだった。
どこを見ているかも分からぬ潰れた眼孔が、暗闇の中でこちらを捉える。
異形が肘を曲げ、地面に爪を立てる。
ガルムが声を発したのは、それとほぼ同時だった。
「撃て、撃ちまくれ!」
バロウズの暗がりに銃炎の閃光が奔る。
激しい断続的な光が巣穴道を照らし出すと、異形が一体でないことがわかった。
その数、3から4。激しく動くので、正確な数はよくわからない。
ガルムは右手に握った2連ピストルの引き金を引く。
ピストルといっても、パワーアーマー用の拳銃だ。使用弾薬はライフル銃と同じフルサイズの7.7mm弾。威力は拳銃弾の比ではない。
弾丸は怪物が前に突き出した細い腕に命中し、歩へを破砕して前腕をもぎ取った。
「ジャァァ!!!」
水音の混じったような奇妙な叫び声を上げ、怪物は背を向ける。
追い打ちにガルムが引き金を引くと、次の2発は背中にあたった。
貫通した弾頭が地面を血しぶきで汚す。
ライフルの銃声がして、別の怪物が巣穴道の地面に転がる。
ウララが狙撃銃で顔面を貫いたのだ。
「リロードします!」
「援護する!」
ウララがボルトを引く間、フユが彼女の前に出て牽制の弾幕を張る。
フユが使用しているのは、帝国製の短機関銃――MP18だ。
前大戦に使われ、現在でも2線級の警備部隊で使われているものだが、接近戦での実力は折り紙付きだ。
「フユのそれ、帝国のじゃねぇか。どこでそんなもん拾ったんだ?」
「ここの棚にありましたよ。せっかく何で借りました」
「なんでベリエの街に帝国の兵器があんだよ……。そういや、アルデナの森のジャッカスも帝国の鉄砲持ってたっけ。ここから来たのかぁ?」
「フロレンヌは密輸拠点だったようですね。今となってはどうでもいいですが」
「全然よくねぇよ!」
「ガルム、次のが来るよ」
「おぉっと」
ガルムが即応射撃で迫ってきた怪物を撃ち落とす。
スカーは相棒のリロードの隙を守るため、突出してガルムの横合いから迫ってきていた別の怪物の攻撃をいなした。
彼女が握る牙剣は、巣穴道のような閉所で活きる。
普段使いの鉈や山刀より都合がよかった。
怪物が爪を振りかぶると、スカーは後ろに避けるのではなく、逆に前進した。
「そらっ!」
左手に握った牙剣をしゃくりあげるように突き上げた。
牙のように湾曲した鋭い先が怪物の脇腹に深く侵入し、筋肉の繊維を断ち切る。
「掻っ捌きだ!」
スカーが力任せに押し上げると、怪物の腹から肋骨まで切り上がった。
バケモノの右腕が力なく垂れ下がり、悲鳴をあげてひっくり返る。
彼女がパワーアーマーの膂力で怪物を蹴飛ばし間合いを取ると、怪物は腕を引きずりながら闇に消えていった。
「普通の生き物ならあれで死んでるんだけどね……なんだいありゃ?」
「クソッ、さすがにまずいな」
腹を掻き捌かれた怪物は、フユが牽制でばらまいた拳銃弾も浴びているはず。
それなのに、闇の奥へと消えていった。
足跡代わりに残された黒い血溜まりが、ジクジクと不気味な泡を立てている。
尋常ならざる生命力だ。
「追いますか?」
「いや、待て……何か来る」
異変を察知したガルムが静止をかける。
< カシャッ…… カシャッ…… >
暗がりの中から今度は鉄靴が土を踏む硬質な金属音が響いてくる。
血と硝煙の香りがくすぶるバロウズの奥から歩み出てきたのは、ライトの光をこちらに向ける、大きくつばの広がった真っ白な魔女帽子だった。
魔女帽の下にあるのは、年季の入った半甲冑。首元には真鍮色のゴルゲット。そして白いとんがり帽の隙間から覗く美しい銀髪と、長く尖った耳。――エルフだ。
こんな地下に現れるには、あまりにも浮世離れした美貌をしている。
だが、その瞳には、ぞくっとするほどの冷たい光が宿っていた。
それは長命種のなかでも、長い年月を生き抜いてきた者に特有のもの。
生きる意味を守るのに疲れ、世界に興味を失い始めた者の目だ。
「怪物の次は……魔女かい?」
「オイオイ、マジで魔女の婆さんがでてきちまったぞ」
ガルムが冗談めかして騒ぎ立てる。
すると、エルフは音もなく背中の長剣を抜き放ち、その鋭い切っ先を目の前の無礼なライカンに向けた。
「だーれがババァだ。この与太郎が!」
剣の魔女キター!




