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中将閣下への提言

 帝国軍は、フロレンヌ市の郊外にある小高い丘の上に観測所を設けていた。


 観測所と言っても、たいしたものではない。穴を掘って丸太の屋根をつけただけで、原始人が作る掘っ立て小屋よりも荒々しく粗末な作りだ。


 シュプラッハ・プラオダラー中将は、掩体に置かれたカニの眼のようなシルエットをした砲隊鏡を覗き込み、フロレンヌの戦闘状況を遠巻きにみていた。


 しかし、遠方の観測からわかることは少ない。


 目に入るのは、街の方角や牧草地の方で何かが光ったくらいであり、得られたのは何かが起きたという気配だけだ。


 中将は喉の奥でうなる。


 将としての常。自らの目で見るよりも、無線や伝令の報告を待たねばならぬことに腹を立てたのだろう。


「何が起きてるか、まるでわからんな」


 中将が無責任なことをいうと、隣で同じように眼鏡を覗いていたエルフが、被っていた白い魔女帽子を傾けた。


「大将がそれだと兵隊は困っちまうんだがね」


「何かあれば情報が飛び込んでくるものだ。そんな事を言ってたら、ほら来たぞ」


「……んん?」


 剣の魔女が丘の下を見ると、誰かが登ってくる。銀髪の整った顔立ちだが、今にも飛びかかってきそうな、ものすごい表情をしていた。


「伝令って言うより、借金取りか鉄砲玉に見えるんだけどね」


「わりと似たようなものだ。彼女は愛国連隊のノイン少将だが……またお小言かな」


 やれやれといって、中将が身の回りを片付け始める。

 するとまもなく、壕の中に怒号が飛び込んできた。


「プラオダラー、いるか! お前の部下は話にならん! 今すぐ進撃を止めろ!」


「ここにいるぞ。不味いか」


「不味いなんてもんじゃない。さっきフロレンヌ市の中に入ったが、歩兵も戦車もボッコボコにされてるぞ。せっかくの二方向なのに、まるで連携がとれてない」


「つまり、北の迂回組への抵抗が弱体化してないということだな?」


「そうだ。フロレンヌ市の中央で、戦車の無線を借りて情報を集めているところだが――北から迂回進撃した戦車隊は、どうやら壊滅した臭いぞ」


「ん!? 待て、待ってくれ、北の迂回襲撃は、中央に送る予定の分も足して3個中隊で突破をかけたはずだぞ。なぜベリエがそんな対戦車火力を持っているんだ」


「報告にあった重戦車があるだろう。あいつがやったらしい」


「だから軽戦車になけなしのベグライターを混ぜた……やられたのか?」


「あぁ、やられた。我々が持つ戦車では太刀打ちできない。ベリエの重戦車の性能は予想以上だ。やれるとしたら、マムートの改修型くらいじゃないか」


「……マムートが来るのは明日の夕方になる。今夜中の打通は無理だな」


「わかってくれて助かる。だから作戦の停止を提言しに来た」


「停止は無理だ。私の権限で作戦を無かったことにはできん。だが――満たすべき要件が変われば修正せざるを得ない」


「なるほど。アルデナ打通作戦の概要は、『アルデナの森を突破し、メース川鉄橋を確保し、フランク国境に至る』だったな?」


「いかにも。鉄橋を含め、幹線道路を確保するのが師団の補給を支えるのに不可欠。それが鉄橋を確保する理由なわけだ。もしも《《鉄橋が爆破でもされたら》》……」


「作戦全体の見直しをせざるを得ない。取引成立だな」


「私としても派閥の部下が傷つくのは困る。そちらとしても借りを作れるだろう」


「流石のゲス野郎だな。助かるよ」


「これって、部外者のアタシが聞いてていい感じ?」


 剣の魔女が問うと、プラオダラーはもちろん、と首肯した。


「いい感じだ。これから部外者ではなくなるからな」


「さっさと出ていけばよかった。これだから軍隊から仕事を受けるのは嫌なんだ」


「引き止めてすまんな」


 そういってプラオダラーは、魔女に肩をすくめてみせた。

 申し訳ない風を装っているが、心の底からそう思っていないのは明らかだ。


「ノイン、彼女は剣の魔女という冒険者だ。魔法と怪物に対する見識はかなりのものだ。連れていけばきっと役立つだろう」


「枕元で絵本を読んでもらわなくていいのか?」


「もちろんだ。夜ひとりでトイレに行けないお前のためを思えば、これくらい」


「勝手に話を進めないでほしいんだけどね? 受けるかどうかはこっち次第だよ」


「――だそうだが、ノイン?」


「大丈夫だ。何も戦争をしろというわけじゃない。冒険者なら偵察は得意だろう」


「そりゃそうだけど、夜の川に潜ってこいっていうんじゃないだろうね」


「いや、フロレンヌ市を見回ってくれればそれでいい。どうやら兵士の遺体を狙って野生の獣が入ってきたみたいなんだ」


「ふぅん? このあたりの狼か、野良イノシシってところかね?」


「そうだと思いたいが……妙なところがある」


「妙なところ?」


「兵士が見た獣は、背は山なりでイノシシに似ていたが、手足がやたらに長かったと言うんだ。心当たりはあるか?」


「ぱっと思いつくのは、エンプーサか、屍肉喰らい(グラニット)かね?」


「エンプーサ……たしか吸血鬼だったか?」


「おや、アンタはそこの与太郎(シュメルツ)と違って詳しいね」


「仕事柄、そういうものと付き合うことがあってね」


「ならわかるだろう。エンプーサは吸血鬼だけど血と同じくらい肉を好む。グラニットは墓を暴いて肉を食み、骨髄をすする獣だ。こっちは一応生きてるから剣や銃でも殺れる。エンプーサだったら、あんたらはお手上げだね」


「君はどっちだと思う?」


「グラニットだね。エンプーサは変身能力がある。目撃者はまず生きて帰れない」


「私もそう思う。討伐を頼めるか?」


「いいよ。見回ってみよう。おっさんの話し相手よりはずっと気が楽だ」


「一頭あたりいくら出せばいい?」


「相場としちゃ、6か8だけど――10出しな。戦場で夜なんだよ。それくらいの手当があってもいいだろう?」


「わかった。それで手を打とう」


「負傷者をみつけたらどうすればいい? 救助したら、ボーナスがでるかい?」


「負傷者を救出できたら10出そう。その場合は近くの衛生兵を呼んでくれ。いなかった場合は街の入口に救護所がある」


「契約を確認するよ。兵士の遺体を狙う害獣の駆除。一頭あたり10フロリン。救助の場合は10フロリン。これでいいね?」


「おっと、戦場を出歩くなら、袖に赤い布を巻いておいたほうがいい。軍服を着ていればもっといいんだが……まぁそれでも通じる」


「軍服は御免被るね」


「まぁ、その魔女帽子を被っていれば、万にひとつも間違えられることはなかろう」


「言えてるな。それじゃあ私は帰る。後のことはコイツに聞いてくれ」


 そういってノイン少将は親指を自分に向けた(・・・・・・)

 剣の魔女が片眉をあげて訝しんでいると、突然少将が体勢を崩す。


 あっと驚いた魔女が彼女の体を支える。

 すると少将は、その銀の瞳をぱちくりさせて剣の魔女の顔を覗き込んだ。


「あの……終わりました?」


「へ? 終わったって?」


「あ、はい。貴方が剣の魔女さん、ですよね? いまご案内します」


 そういってノインだった少女は、腰のベルトに下げていたヘルメットを被った。

 バイザーのついたヘルメットの側面には22番とある。


 剣の魔女は目を細め、しげしげと彼女の姿を見つめた。

 いや、姿と言うよりもその向こうにあるエーテルの影を。


「……なるほど。エーテルの色が変わってる。面白いことを考えるもんだ」


「色、ですか?」


「いや、こっちの話さ。仕事場に案内してもらえるかい?」


「はい。こちらです!」


 丘を下り、姿を消す二人を見送った中将は、顎に手をやって何やら思案する。


「……ふむ。こうなってしまっては、機甲戦力よりも火力だな。戦車と歩兵を優先していたが、弾薬の集積を前倒しにするか。火力で優勢にならねばどうにもならん」


 中将は電話を手に取ると、ダイヤルを回してどこかにつなげた。


「私だ。重砲はどこにいる? 位置を知りたい。――そうか、ありがとう。210mmの大旦那はさすがに無理か。フランク国境の要塞に使う予定の150mmがあったろう。そいつを――そうだな、4門だけでいい。特急で前に出してくれ」


 受話器を戻すと、その重みでリン、とベルが鳴る。

 丸太によりかかり、中将は赤色の鉛筆で数式を書いて計算を始めた。


「4門なら200mの範囲を粉微塵にできる。重戦車一両相手には過大だが、おかわりが来るとも限らんからな。念には念を入れておこう。」





ノイン少将、便利なチート能力もってるなぁ…


帝国軍の先鋒はズタボロにやられてるけど、砲火力はほとんど損害らしい損害を受けてないので、後続が揃ってきたらヤバそう(こなみ

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